10 男の魔女 上
飛び込んできた竜舎職員は、ひどく慌てていた。
ただならぬ雰囲気に、私は固唾をのんだ。
「親子だったと思われるガログ竜たちが、熱におかされている! ここより上の巣穴だ!」
ちょうど話していた内容が、現実に起こってしまったらしい。ファビスは困ったように頬をかき、指示を飛ばした。
「そうだね……まずは巣穴の確認をする。アシャには麓まで降りてほしい。道中、見つけた職員には、治療部隊を呼ぶよう伝えて」
「麓の魔女に声をかければいいのだな」
「理解が早くて助かるよ。大丈夫、メイカのことは僕に任せて」
ファビスって、ここぞというとき、本当に頼りになるよね。彼がいるだけで、絶大な安心感を与えてもらえる。それが彼の素敵なところで、私を含め、みんながファビスを頼りにしているんじゃないかな。
ファビスがいるから大丈夫――そんな意味を込め、私も頷いたら、アシャさんはきびすを返して山をくだった。それを見送ると、私たちも現場に足を向ける。
「行くよ、レット」
「……」
騒動に呆けていたレット少年も、ファビスの言葉で歩き出した。
ガログ竜の親子がいる場所は、麓よりずっと上の方。この数週間で増えた体力が尽きそうなぐらい遠くて、息が切れる。
「報告にあった巣穴はもう少しだ」
その言葉通り、もうひと踏ん張りしたところで巣穴が見えた。岩肌を掘って作った、洞窟のような穴だ。入り口は広く、見通しが良い。
私たちは、岩陰から巣穴を覗き込むことにした。
穴の中にいたのは、二体の大きなガログ竜。
体の表面が赤くなり、ぼろぼろと皮膚が剥がれている。
ファビスは相棒であるテュフォン竜を呼び出し、個体の確認をした。
「彼らは、ずいぶんと前に保護したガログ竜だね。自立できなかった子供と一緒に、母竜も追い出された経緯を持っているんだったか。確か、今は群れに戻る練習中だったはず」
観察する中で、子供だった方のガログ竜が鳴き声を上げた。痛そうな声を聞いて、レット少年が顔をうつむかせる。
……彼も思うところがあるのかな。さっきから、様子がおかしい気がする。
「治療部隊、ただいま合流いたしました!」
「了解。あとは魔女を待つだけだね」
「……そ、そうですね」
報告に来た竜舎職員は、歯切れが悪そうに頷いた。
困ったような顔をする竜舎職員たち。まるで魔女の到着を望んでいないかのような態度に、私はファビスを見上げた。
「魔女が来ることは良くないの?」
「ん? そんなことはないよ? 魔女は鎧族にとって欠かせない存在だ。分かりやすく言い換えると、医者のようなものだね。ウォロラの鎧たちは、魔女のお陰で健康に過ごせると言ってもいい」
意気揚々と口にしたファビスは、続けて「竜治療は危険も伴う。だから魔女をつけることが義務付けられているんだよ」と教えてくれた。
魔女がついている方が鎧たちも安心なんだよね? それならば、不満をもらすこともないと思うんだけど……困惑する私の前で、竜舎職員は言う。
「でも、アシャさんが呼びに行った魔女って、噂に聞く男の魔女ですよね……」
「男として生まれたのに、魔女を目指した変わり者の鎧だったか。今じゃあ、立派な魔女なんだけどな」
「取った魔女資格は、偽物なんじゃないかって囁かれているんでしたっけ」
なるほど、男の魔女とやらに能力の保証がないから、あまり乗り気じゃないんだ。
でも、どうして男の魔女の能力を疑うんだろう? 立派な魔女なんだよね? そう疑問を浮かべた瞬間、レット少年が怒鳴り声を上げた。
「お前たちに、ニアーノを馬鹿にする資格はないだろ!?」
急に怒鳴られた竜舎職員たちは、驚き、不服そうな顔を浮かべた。
しかし、レット少年の髪色を見てハッと息を呑む。
「あんた、男の魔女の……」
「はいはい、喧嘩はそこまでね」
見守っていたファビスは、困ったような声で言った。彼が割って入ったことで、その場は何とか収まる。竜舎職員たちは、バツが悪そうな顔をうつむかせた。
「……くそっ」
「レットが気にすることじゃないよ。性別で能力を疑うものもいるけど、ニアーノさんが立派な魔女である事実は揺るがない」
「……慰めなんて、いらない」
手のひらを固く握りしめた彼に、ファビスは肩をすくめた。
ファビスの「立派な魔女」という言葉は慰めじゃなかった。少なくとも、私はそう思う。心の底から尊敬しているから出てきた言葉であることは、彼の目が物語っていたから。
ファビスが言うぐらいだから、そのニアーノさんって人は本当にすごいのだろう。そう考えていた私のもとに、穏やかな男性の声が届いた。
「ファビス・ガルコの言う通り。私の積み上げてきた輝かしい功績を前に、性別など障害にもならないさ」
「!!」
自信の満ちた声に振り向けば、そこには、赤髪の男性が立っていた。大きな三つ編みと、頭に被ったとんがり帽子。服は銀の散りばめられた白いローブ。
とても魔女らしい男性は、私たちを前に微笑んだ。
「私の義弟が、騒いですまないね?」
彼は、なんてことないように、少年の頭をワシワシと撫でた。仲の良さそうな雰囲気に私は察する。男の魔女の正体は、レットのお義兄さんだったんだ。それなら、怒鳴りだした理由も分かる気がする。
――私だって、両親がいないことを馬鹿にされるのは嫌だったから。
「ニアーノ!」
「はいはい、文句は後で聞くから」
彼は不満そうなレットに笑いかけ、そして穏やかな笑みで竜舎職員たちを見下ろした。
瞬間、その場の空気がピリッと引き締まる。
「男の魔女、ニアーノ。ただいま到着いたしました」




