11 男の魔女 下
「お、男の魔女って言ったよな」
「女みたいな顔だ」
「本当に大丈夫なのか?」
「思っていたより綺麗な顔してんな……」
職員たちの間で、戸惑いの声が広まる。
そんな中、アシャさんが一歩前に出た。ニアーノさんを連れてくるため、山を往復したというのに涼しい顔をしている。さすがアシャさんだ。
「彼は腕利きの魔女です。それを疑うというのなら、ついてこなくて結構」
「言うね、アシャ」
片腕を腰に当てたファビスは、ニッと笑った。
茶化すような言葉だけど、彼の目は真剣そのもの。飛竜部隊の二人がニアーノさんを信頼していることは、私でも分かった。
竜舎職員たちも、遠慮がちではあるがそれぞれ頷き合う。
「今回の指揮はアシャに任せようかな」
「……その方がよさそうだな」
今回、集まってくれた竜舎職員は二十名ぐらい。それぞれの配置を決める中、伸びをしたファビスが言った。
確かに、あれだけ強いファビスがいたら竜舎職員の出番がなさそうだよね? ファビスは竜の生態系にも詳しいし、治療もスムーズに終わりそう。今回のことが勉強も兼ねているなら、ファビスが出ないのは納得だ。
「んで、レットとメイカはこっち」
彼に連れて行かれた先には、二脚の折りたたみ椅子が置いてあった。
曰く、竜舎職員に持ってこさせたらしい。
「メイカもレットも疲れてるだろうし、観覧には椅子が必要でしょ?」
「観覧って……」
そう言いつつも、私は椅子に腰掛ける。この距離を歩いてきた上で立ち続けるのは、さすがに厳しいものがあった。散々歩いた後だからなのか、座り心地は最高。
ここなら邪魔にならないし、ファビスの言うとおり観覧にはもってこいだね。
「俺は座りませんから」
腕を組んだレットは、立ったまま巣穴を見る。
……お義兄さんのことが心配なのかもしれない。私も、竜治療の様子を見るため、身を乗り出した。
「治療自体は一瞬で終わるはずだから」
竜治療は、何名もの竜舎職員が竜を取り押さえた上で行われる。熱に侵された竜は、暴れるだけでなく、自傷をしてしまうこともあるから、手早く行わなければいけない。そう、ファビスが解説してくれた。
「今回の全体指揮は、たまたま居合わせた僕とアシャが引き受けたけど、本来は竜舎職員たちだけでやるものなんだよね。でもまあ、今年は新人も多いし……」
後半は愚痴っぽくなっていたが、要は安全のために介入したということだろう。そうこうしているうちに、竜舎職員が注射らしきものを打つ。瞬間、目をグワリと開いたガログ竜は、竜舎職員を吹き飛ばした。
「うわあっ!」
「陣形を崩すな!」
アシャさんが怒鳴り、竜舎職員たちの顔色は変わる。それまでガログ竜を恐れていた職員たちの動きが変わった。指示通り、的確に動く姿は、アシャさんに怒られたくなくて必死になっているようにも見える。それは私の考えすぎだといいな……。
一方で、後方にいたニアーノさんは地面に手をついている。よく見れば口元も動いているのだけど、本当によく見ないと分からない。
「ニアーノさんのあれは?」
「全体強化と治癒力上昇をしているんだと思う。ここは範囲外だから、分かりづらいけどね」
「……すごいことなの?」
ファビスを見上げれば、彼は遠い目をしながら「とってもすごいことだよ」と言った。強化や能力上昇は、普通の鎧にはできない芸当なんだって。映画で見た『魔法』みたいなものなのだろうか?
「ガアアア!!」
突如、聞こえてきたガログ竜の鳴き声に、私はビクリと肩を揺らす。心配になったのか、レットが足を踏み出したところ、ファビスが制した。
「大丈夫、ニアーノさんがついているからね」
本当に大丈夫なのか。巣穴は荒れ果て、鎧の欠片が散らばっている。こんな惨劇を見るのは路地裏以来で、この世界の竜が『生き物』であることを実感する。
ある職員が、ガログ竜に持ち上げられた。そのまま、叩きつけられるかと思われた瞬間――その職員は、不自然に地面へ降ろされた。
何が起こったのか分からず、私は目を点にする。これも魔法なのかな? とニアーノさんを見たけど、彼は地面からゆっくり手を離しただけ。
ほどなくして、竜舎職員たちの歓声が聞こえてきた。ガログ竜の親子は、どちらも穏やかに寝息を立てている。
職員たちも、お互いを称え合い、怪我がなかったことを喜んでいるみたいだ。途中、不思議なことも起きたけど、騒動も一段落かな。
「……だから駄目なんだよ」
ホッとしたのも束の間。お祝いムードの中、下を向いたレットが吐き捨てる。強く握りしめられた拳の意味は、すぐに分かった。
「やっぱり、男の魔女ってのは見掛け倒しだな」
「危険な場面もあったが……」
「いやでも、頑張ったのは俺たちだけじゃん」
その言葉には、さすがの私も頬を膨らませた。確かに、私の目から見ても何をしているか分からなかった。
でも、だからといって『何もしていない』と決めつける理由にはならない。
私も、ファビスに言われたから、ニアーノさんがすごい人であると認識できた。アシャさんが信頼しているから、彼の能力を疑わなかった。
ここの職員たちは、根本的に魔女や第三飛竜部隊を信じていないのかも。
「……ニアーノ!」
レットは、こちらにやってきたニアーノさんを呼び止めた。
竜舎職員たちの声が届いているのに、ニアーノさんは気にした素振りも見せない。それが、かえってレットの神経を逆撫でしていることは、出会ったばかりの私でも分かるのに。
「なんでずっとそんなんなんだよ」
「……」
「話がある、早く家に帰ってこい」
「レット」
「俺は……先に帰ってるから」
彼はそれだけ言って、集団を抜け出した。困ったように、ニアーノさんが肩をすくめる。
「私の義弟は意固地なものでね、迷惑をかけていたらすまない」
ゆったりとした口調の彼は、いつのまにか隣に立っていた。浮き島の人たちはみんな背が高いけど、ニアーノさんは中でも低い方。首が痛くなりにくいから助かるなぁと思っていたら、彼は囁くように言った。
「さて、人間について聞きたいところではあるが、可愛い義弟が待っているみたいでね、先にお暇させてもらいますよ」
「!!」
彼には、私の正体がお見通しだったらしい。ファビスが「深入りされると困るなあ」と言っているのを聞きながら、胸の辺りをぎゅっと押さえる。
見透かされたのに、怖いとは思わなかった。
ロノザ様は怒るかもしれないけど、ほんの少しだけ、ひょうひょうとしたニアーノさんなら事を丸め込んでくれる気がしたからだ。
男の魔女ってのは、本当に、すごい人なのかもしれない。




