9 竜舎見学1
「観察の仕事は、あらかた終わったよ」
竜の足跡を探していたら、別の場所を見ていたファビスが戻ってきた。
サザンラの丘陵での保護、観察の大体が完了したらしい。調査結果は良好、竜の季節移動も問題なく行われていた。
ファビスとアシャさんは第三飛竜部隊の正式な隊員で、この任務が終われば他の仕事につくだろう。この後はどうするのかな? このまま、何もなく解散……ってなったら、流石にちょっと寂しいかも。
落ち込む私に、ファビスがとある提案をしてくれた。
「そろそろ、竜舎の案内をしようと思ってるんだけど、興味ある?」
「……竜舎の?」
「そう。知っての通り、竜舎は保護した竜や、非番の隊員たちの相棒が暮らしている。竜と鎧の生活を見るのも、良い刺激になると思うんだ」
ファビスの言葉に、私は顔を上げる。
野生の竜だけでなく、鎧族と関わる竜の姿も見るべき――その考えは、単なる思いつきというわけでもなさそう。竜舎見学については、ファビスだけでなく、アシャさんも賛同しているらしいし。
「この時期でしたら、危険な竜も少ないです。それ故に、隊長の許可も取りやすいでしょう」
「それなら、行ってみたいかも。すごく勉強になりそうだし!」
興味深そうに言えば、二人は笑ってくれた。
私が竜に興味を持つことは、彼らにとって喜ばしいことなんだって。
「ロノザ様には、私から伝えておきます」
「お、助かるよアシャ」
「……ファビスが言ったところで、意味がないことは知れているからな」
「ぐふっ」
また虫に刺されていそうなファビスを横目に、私は竜舎へ思いをはせた。
飛竜部隊の相棒だから飛竜が多いのかな。
見たことのない、大きな竜もいるのかな。
「この近くにはいない、珍しい竜も見られたりする?」
「それは、当日のお楽しみだよ」
ファビスは持ち直したのか、片目をつぶってみせた。
その言葉にワクワクしながら、待つこと二週間。ようやく、竜舎見学の許可が下りた。
✶
青紫色の制服をまとった私は、駆け足で集合場所に向かう。
水門には、見慣れた銀の鎧をまとった二人がいる。いつも通りの光景……かと思えば、ファビスの後ろに知らない少年がいた。彼は誰だろう? 疑問に思いつつ、頭を下げる。
「ごめんなさい、少し遅れました」
「時間ぴったりだから大丈夫」
「メイカさんが気にすることではありません」
二人の言葉にホッとしつつ、おすまし顔の少年に目を向けた。燃えるような赤髪と、それよりも薄い赤目を持った少年。歳は、私より少し下に見える。服装は鎧じゃなくて、襟が詰められた翠色の制服。
「えっと、こちらの方は……?」
「彼はレット。竜舎所属の見習いでね」
「……」
「まーこの通り人見知りしているみたいだから、気にしなくていいよ」
「……フン」
鼻を鳴らした少年は、私のことを見向きもしない。私が名乗ったとしても、聞き入れてくれなさそうな感じの悪さ。嫌悪される理由が思い至らず、困惑する。そんな私を差し置いて、ファビスは「それじゃあ出発しよう!」と、明るい声を出した。
竜舎を目指す道中は、思っていたよりも長かった。
緩やかな道を、ひたすらに歩き続ける。
その間、ファビスは他愛もない竜の知識を披露してくれた。
「ウォロラに暮らしている竜たちは飛竜、水竜、地竜に分かれている。そこから、さらに大きさでも分類があってね――」
「……あの」
楽しげに語るファビスに対し、レット少年は眉を寄せた。
「なぜ、そんな当たり前の話をするんですか」
当たり前と言われ驚いたのは、私の方だった。そっか……ファビスはいつも『人間』の私に合わせて話を噛み砕いてくれているけど、それってウォロラの人からしたら常識レベルの話だったんだ。
「……分かりやすく話しただけだよ?」
「ファビス」
アシャさんに名前を呼ばれて、彼は口を閉ざした。
レット少年には悪いけど、人間がウォロラに降り立ったことは重要機密。もし、私が人間であると知れ渡ったら、ロノザ様はどんな反応をするか。
それはもう、はちゃめちゃに叱ってくるだろう。そんな恐ろしいことあってはならない! だから人間だということはバレてはいけないんだ。
「……変なやつらだ」
幸いにもレット少年が踏み込んでくることはなかった。気まずい空気は流れたけど、それから十分もしないうちに竜舎へ辿り着いた。
「メイカ見て。これが、シュランドのほこる竜舎だよ!」
ファビスに言われ、私は視線を持ち上げた。
そこに広がっていたのは、雄大な山岳。シュランドの竜舎が建てられているのは、この地を囲う山々の斜面だった。圧巻と言うべき光景に、私は空色の目をこれでもかと見開く。
「す、すごい! 崖に穴がいっぱいある!」
「あはは、シュランドの飛竜を保護するには、この形が最適だったんだ」
数々の穴には、竜たちが暮らしているとか。
巣穴の場所に決まりはなく……住みたい場所を見つけた竜は、勝手に居着くらしい。
「敵対しないの? 管理は大変じゃない?」
「そこは生態系に沿った作りをしているから無問題だね。管理は……竜にとって居心地の良い環境を作るのが最優先だから」
ぽりぽりと頬をかいたファビスは、最も近いという麓の地竜エリアに向かった。私も、周りの景色に圧倒されながら、背中を追いかける。
テュフォン竜は踊り、ガログ竜も草原を駆けている。この数週間で覚えた生態系が、目の前に広がっている。その事実に興奮した。同時に、ある大きな疑問が浮かび上がった。
「……ガログ竜って暑い場所で暮らせるの?」
「お、良い質問だね」
ファビスは落ちていた枝を拾って、太陽と竜の記号を書いてくれた。ファビスの手帳によく書かれている記号は、彼の考案したもので、第三飛竜部隊に浸透している。
「そもそも、ガログ竜が暑さを嫌うのは病気が理由。太陽の熱が、ガログ竜の病を引き起こすんだ。一方、ここの巣穴は太陽の熱を遮ることができるし、風通しもいい。だから、大抵のガログ竜は病を発症しない」
「病気になりたくないから、大移動をしていたの……!」
「これも種族繁栄のため、生存本能なんだろうね」
どしどし、歩いてやってきたのは、噂のガログ竜。頑丈そうな見た目をしているのに、意外と紫外線に弱いのかもしれない……日焼けって痛いもんね、と考えていたところ、アシャさんの目つきが鋭くなる。
「誰か来ます」
彼女の言葉通り、程なくして竜舎職員が飛び込んできた。
アシャさんが、警戒したように足を踏み出す。
「何事ですか」
「が、ガログ竜が、病に罹ってしまった!」
真っ青になった竜舎職員。
彼の言葉に、レット少年の顔つきが変わったような気がした。
少しずつ連載を再開します。




