2 黒の刻板
和馬は、手の中に残った、『黒い板』を見つめた。学校で使っていた電子機器ではない。指先で触れれば、表面は磨き上げられた黒曜石のように冷たく、その奥底では銀色の液体が、意思を持つ生き物のように
どろどろとのたうっている。
(……これ、何なんだよ。重い。冷たい。……それに何だこれ?変なザラザラ……)
和馬は無意識に、板の側面にある「くぼみ」を指でなぞった。
すると、板は和馬の体温に反応したのか、不気味な脈動を始めた。
「__接続。魂の波長を確認__」
脳内に直接響く、無機質な声。
和馬は「うわああ!」と叫びその板を投げ捨てようとした。しかし、板は磁石のように掌に吸い付いて離れない。それどころか、和馬の指先から微かな「何か」__気力か寿命かあるいは精神力か__をずるずると吸い取り始めたのだ。
(……あ、あ、力が抜ける……。誰か、これ、外してくれ……!)
和馬は膝をつき、泣きながら必死に板を石床に叩きつけようとした。
その様子を見ていたあの老人・ジルはあまりの神々しさに思わず絶叫する。
「ああ……見ろ!看守長が、自らの尊き魂を『刻板』に注ぎ込んでおられる!監獄を維持するために、自らを贄とするその覚悟……。何と慈悲深くそして凶器に満ちた統治だっ!」
(違うっ!勝手にこの板に吸われているんだよっ!爺さん、助けてくれよっ!)
和馬の叫びは、『刻板』の変換によって、ジルは全く違う事をみんなに告げる。
「聞いたか!『皆を救って』だと!あの方は、この監獄に囚われた我ら全ての罪を、あの板に吸い取って肩代わりして下さると仰っておられるのだ!__おい、皆の者!跪け!新しい看守長様がわれらの汚れを飲み込んで下さるぞ!」
「「「「おおお……看守長……!!」」」」
壁の向こう側から、祈りと懺悔の慟哭が沸き上がる。
和馬は、自便のエネルギーが板に吸い取られる感覚に耐えきれず、白目をむいてその場に倒れ込んだ。
その際、偶然にも板の表面を掌で強く撫でまわしてしまった。
ウィィィィィン!
監獄の鉄格子の入り口が一斉に開かれた。
「……え?えっ?」
和馬は、力が抜けたまま床に伏し、大きく開かれた無数の扉を見上げた。
静寂。
囚人たちは、一歩踏み出せば自由になれるはずのその状況で、はじめは恐怖のあまり、誰一人として動こうとしなかった。
「……成程。あの方は、扉を開けてこう仰っているのだ」
ジルが、震える声でその「沈黙の真意」を翻訳する。
「『逃げたければ逃げろ。その瞬間に、お前たちの魂の残り香すら、この板で全て食らいつくしてやろう。』……とな。……ああ、恐ろしい。これほどまでに残酷な『自由』を、私は見たことがない……!」
和馬は、ただ床にへばりついたまま、泣きながら呟いた。
(……帰りたい……。もう、本当に……やだよう……おかあさーん)
ジルは皆に言葉を伝える。
「あの方は『何処へも行かせない』と仰っている。我らは永遠に、この方の支配という名の地獄に繋がれたという事だ」
「……それでも、こんなところで朽ち果てるのは嫌だっ!」
「そうだそうだ!……ダメもとで外に出ることが出来れば……」
囚人たちは、やがてバラバラに、外へ向かって逃げ出し始めた。
自分のモチベが心配になってきた。頑張ろう(笑)




