1 巨大監獄
目の前に広がるのは、大きな鉄格子に阻まれた囚人たち。すぐ目の前には黄ばんだ布を纏った首のない骸骨。
和馬は必死に弁明しようと両手を振り回した。
その時、手に持っていた黒い板(タブレットがいつの間にか変化していた)が不思議な火花を散らして、監獄の深層部を何か刺激したようだった。
ズゥゥゥゥゥン!と空間全体を揺るがす重低音が響き渡る。
「ひぃっ⁉ご、ごめんなさいっ!……許して!」
もう何が何だか分からない。和馬は泣きながら恐怖のあまり、その場にへたり込んでしまった。
だが、その「謝罪」は、黒い板を通して、囚人たちの耳にはこう聞こえた。
『お前たちが不甲斐ないからこんな場所へ来る羽目になったのだ。決して許さぬぞ』
という静かな激昂として翻訳されたのだ。
「ひぃぃぃぃ!な、何卒お許しを!収穫は必ず!明日までには」
「あ、新しい看守長様は、お怒りである。逆らえば、大変なことになるぞ」
和馬が泣きべそをかきながら「帰りたい……」と呟いている間に、鉄格子の向こうでは、凶悪そうな囚人たちがひれ伏し、おののいているのだ。
地獄のようなすれ違いが加速していく。
「……おい、そこの新入りの。あんまりあのお方をジロジロ見るな。魂まで削り取られたいのか?」
鉄格子の向こう側、最上階に近い独房で、一人の老人が震える声で隣の若者に囁く。老人はかつてこの王国の宰相」をを務めていたという、この監獄の『虚無の胃袋』の古株だ。
「じ、じいさん……。あのガキが、本当に新しい看守長なのか?ただの怯えた子供に見えるが……」
「馬鹿め、あれが『絶望の擬態』だということが分からんのか。見ろ、あの方の座る場所を」
老人は、和馬が転げ落ちた椅子を指差した。小さな声でぼそぼそと呟く。
「あれは『審判の止まり木』じゃ。この円形の地獄の、丁度中心に位置する唯一の浮島。四方の壁に穿たれた数万の独房。そこに繋がれた我ら罪人の視線が針のように突き刺さる晒し台……普通の人間ならば、あの場所で視線に晒されるだけで、三日と持たず発狂して奈落へ身を投げるだろう。だが、あの方はどうだ?先代の亡骸を無造作に蹴り飛ばしてあえて、床に伏せて我々の動揺を愉しんでおられるのだ……!」
老人の指先が微かに震えている。
「それに……足元を見ろ。あの石畳に刻まれた幾何学模様は、我ら囚人の精神エネルギーを吸い上げる魔方陣だ。あの方が少し動くだけで、監獄全体の魔力が逆流する。……先ほどから響く地鳴りを聞いただろう?あれは、あの方が『黒い板』を媒介にして、監獄の底に眠る古代の処刑兵器を起動させようとしている合図だ」
「えっ?……ま、まさか。あの黒い板、ただ光っているだけじゃあ……」
「甘いな!あの光の点滅は、死刑執行のカウントダウンにきまっておろう!いいか、この監獄は逃げ場のない垂直の迷宮。上を見れば無限の闇、下を見れば魂を食らう底なしの奈落。そして中央には、感情を押し殺した無慈悲なジョーカー……。……あの方が、次にあの『黒い板』をスワイプした瞬間、誰の首が飛ぶか……ああ、恐ろしい。これほどまでに静かな凶器を孕んだ看守長は、歴史上はじめてであろう」
老人は床に額を擦り付け、必死に祈り始めた。
「あの方は……われわれに『試練』を与えておられるのだ。沈黙という名の、最も過酷な拷問をな……」
一方うって変わって、涙目の和馬は心の中でこう叫んでいた。
(……なんだよ。静かすぎて逆に怖いんだよ!なんでみんなこっちを見て、黙っているんだよ!……誰か……先生っ……警察でも何でもいいから呼んでくれよっ!!)




