37話 ユグドラシルの別れ、再会
「……いい加減にしろよ」
迫り来る幹ほどに太い枝を、黒い魔力と、言葉に乗せた圧だけで止める。
どこからともなく聞こえる声は、スズハの母親と同じ声だ。
「来ないで、私の幸せを奪わないで」
「それが本当に、アンタの望んだ世界なのか?
現実を見ろだなんて言わない。
けど、俺の女を犠牲にした偽物の世界なんて、誰が認めても俺は認めねぇ!!」
全身から黒い魔力が止めどなく溢れてくる。
俺の意思に応えるように、際限なく上がっていく感覚。
左手でしっかりと魔剣グラムを握り、手当てした白い布で巻かれた右手を添える。
腰を落とし、全魔力を剣に込めた刹那__。
魔剣グラムが突如として震え出す。
赤紫の輝きを強め、眩い光だけがどこまでも伸びている。
魔剣が俺に力を貸してくれるなら、細かいことはどうでもいい。
今はただ、セイレスを苦痛から解き放つことだけを考えればいい。
この国にいる民を全て切り捨て、たった一人の愛情を込めて育ててくれた、母親の夢を壊すとしても。
スズハはもう俺に声をかけることはなかった。
ただじっと、アリシャが抱き締めている腕の中で俯いている。
もう、言葉はいらない。
俺はセイレスを閉じ込めている檻を破壊するべく、中段に引き絞った瞬間、魔剣グラムの光が一層強くなる。
覚悟の重さに合わせて、力を増幅させる魔剣を携え、腰を落とす。
__光が弾ける。一閃。
光のみが幹を通過したように見えるが、間違いなく__断ち切った。
最後にスズハの母親の意識が散っていくような感覚が、俺の肌を撫でる。
根本から切断された世界樹が倒れようと少しずつ傾く。
もしこの倒れる世界樹を何とかしなければ、それこそ何千人という命が一瞬で失われる。
だが、その現実を前にしても、心はセイレスから動かなかった。
心まで完全に魔王に堕ちたのか。
それとも、ガルニスが去り際に言っていた力の結果なのかはわからない。
薬指にはめている青い指輪が、チカチカと明滅して反応している。
その光が指すのは、セイレスの生存。
俺の意識は、倒れゆく世界樹ではなく、セイレスへと傾いていた。
一歩を踏み出した時、上空から巨大なハサミが刃先を露出させて地面へと食い込んだ。
シェリアのエクスタス。
何の縁を切ったのかはわからないが、倒れかけた世界樹が外皮から徐々に魔力となって解けていく。
やがて泡へと消える、昔に読んだ御伽話のような現実感の無さが、押し潰されるはずだった民の命を、結果的に救った。
エクスタスの飛んで来た方向を見ると、上空に浮かんでいるシェリアの姿がそこにあった。
俺が手を挙げて感謝の意を伝えると、シェリアがゆっくりと降りて来て一言だけ言葉をかけてくる。
「先代魔王を倒すその時が終われば、セイレスとの縁は必ず切らせて頂きますわ」
言葉は返さない。
俺は滑らかな断面の先にいる、幹の中心に今だ絡みつかれているセイレスを見て、ゆっくりと歩み寄る。
枝を一瞬で切り落とし、前に力なく倒れ込んでくる水の女神を抱えるために魔剣を地面へ。
__トクン、トクン。
聞こえる。しっかりと生きた証が。
大きく息を吐き出す。
すると、セイレスの瞼が薄らと開いて意識が戻る。
「よぅ、まだ元気そうじゃねぇか」
「……困った人。どうして来ちゃったの?」
「うるせえ。言わせんなよ」
自然と抱きしめる腕に力がこもる。
セイレスもまた、弱々しくも首に手を回してくる。
もう、離さない。
指輪の光が二つ__優しく重なっていた。
「ちょっと、いつまで抱き合ってるのよ。旦那サマ?」
つい二人の世界に入っていたが、いいじゃないかこれくらい。
「本当ですわ。今すぐにその二人の縁、切ってしまってもよろしくて?」
それは困る。
慌てて離そうと肩に手を置いたが、セイレスは逆に俺の唇に口付けをした。
「……っ!!」
「わざとらしく、本当に憎たらしいですわね!」
ゆっくりと離れていく。
セイレスの頬が初めて朱に染まっている気がする。
「言葉にすると安っぽくなるけれど、あえて言うわ__愛してる。クレイヴ」
「あぁ、俺もだ」
◇◇◇◇
先代魔王の居城にて、テーブルの席が半分になった椅子に腰掛け、思わず不敵な笑みを浮かべる。
机の上には魔力結晶が色を失い、バラバラに砕けている残骸が三つ。
「魔王様。ガルニスとその配下の幹部が」
「あぁ。繋がりが消えた。
私にもはっきりと伝わっている。
魔力の残滓から、満足して逝ったようだな」
「今ならば転生魔王のクレイヴとその一派は戦闘で激しく消耗しております。
中央国家ユグドラシルを覆っているバリアは、今は既に効力を失い転移による暗殺が容易です。
ご命令があれば、すぐにでも」
「ギルバート。あまり私の興を削ぐことを申すな」
一歩下がるギルバートを見て、私は愉快でならなかった。
まさか契約の指輪にあんな隠れた力が備わっていたなど知らなかった。
それに、私ですらついぞ使いこなすことができなかった伝説級の武器。魔剣グラム__。
それを覚醒一歩手前まで力を引き出した、ただの元人間に俄然、興味が湧いてきた。
ふふふふふ……。
臣下がいる前で、思わず声を上げて笑ってしまう。
「魔王様、嬉しそうですね」
そう声を上げる銀髪のメイドに、ギルバートは怒りを露わにする。
「黙れ。お前はいつになったら言葉遣いを覚えるんだ。少しは自らの子供を見習ったらどうだ」
「聞き捨てならないわ。いくら階級が私より高くても、あなたは所詮新参者。黙らないと殺すわよ」
「なんだと……?」
大きなため息を一つ零す。
息から漏れ出る気配のみで、争いを始めようとする二人を制する。
「アルリスタ。ギルバート__。
そして、お前たち最後の幹部全員に命じる。
転生魔王のクレイヴに、今後一切の奇襲を禁じる。奴らは今回の一件で我らへ本格的に攻めに来るだろう。
ならば我らはここで座して待てばよい。
こうして席を囲み、ただ構えずに待てば良いのだ」
「「承知いたしました」」
さぁ、早くここへ攻めにやって来るがいい。
転生魔王クレイヴ__
いや、結城紡よ」




