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38話 少し、歩きましょうか

 世界樹ユグドラシルが切断され、女神セイレスを助け出してから一ヶ月が経過しようとしていた。先代魔王の軍は、あれから鳴りを潜めている。


 時間だけが過ぎていく。

 クレイヴが私にかけた最後の言葉が頭の中で反芻し、私は心に大きな穴が空いたままだった。


『力がなければ守りたいものは守れない。

 だから俺はお前の仇になる。

 俺を殺せるくらいに強くなれ』


 母が先代魔王に唆され、操り人形のようになり、中央国家という人類で一番の安全地帯である国を滅ぼす手前まで追い詰めていたこと。


 自分の女以外の命など、何人死のうと突き進むことを選んだクレイヴという魔王。

 そして、それに味方する三女神とメイドという、少人数で打ち破ったという事実。


 勇者という役割を完全に放棄していた私を抜きにして。

 もう私という勇者はいらないのでは……?

 クレイヴと三女神たちが頑張れば、私は必要ないのではないだろうか……?


 大切な肉親と、自らに与えられた役割すら奪われた。私は今、どっちつかずの中途半端な状態で、クレイヴという魔王に甘えている。


 それでも、この体たらくが続く私をクレイヴは一度も責めなかった。もちろん三女神も、メイドでさえ。


 むしろ責めて欲しかった。


「お前は勇者失格だ。

 母親が先代魔王に堕ちたのは、お前に力がないからだ」と。


 ただ見守られるだけの、その居心地の悪さが、私を蝕み続けていた。


 ここには、居たくない。

 ……私は、もう。


「クレイヴ」


「なに?」


「私、ユグドラシルにある実家に一度戻ろうと思う。その……セレスっていうハウスメイドが今どうしているか心配になっちゃって」


「……わかった」


 何も言ってこない。

 もう、本当に見捨てられているのかもしれない。



 ◇◇◇◇



 世界樹がクレイヴに切り倒されてから、国の復興はまだ始まったばかり。


 あちこちに戦闘の爪痕が残り、家や広場は瓦礫が多く残っている。

 復興を進めている男たちの表情は暗い。

 私に向けられる視線は、軽蔑の眼差しのようにも感じられた。


 だが、ここでも民は何も言わない。

 石を投げられる覚悟で、ここに戻ってきた。

 むしろ……何の役にも立たなかった自分を罰して欲しかった。


 今の勇者邸は、恐らく戦闘の爆心地とも言える場所だ。まず残っていないだろう。

 その証拠に、認識阻害の魔法は既に効力を失っていた。


「ただいま……」


 バラバラに崩れている実家を見て、誰に挨拶するわけでもなく言葉を零す。

 返事が返ってくるはずもなかったが、現実は違った。


「おかえりなさいませ。スズハお嬢様」


「……っ! た、ただいまセレス」


「お変わりないようで、安心いたしました」


「うん。セレスも」


「お嬢様がお帰りになるのを待っておりました。

 以前のようなおもてなしはできませんが、まだ無事だった椅子が二つございます。


 私も瓦礫を片付けて、少々疲れてしまったので、休憩にしましょうか」


「うん」


 庭にある、壊れかけの吸水ポンプから水を汲み取って顔と手を洗い、椅子に座る。

 しばらく、言葉はなかった。

 セレスもクレイヴたちと同じで私を責めてくれなかった。


「ねぇセレス。なんで怒ってないの?」


「……? どういうことでしょうか?」


「だ、だから……。

 魔王軍が来ていたのに、勇者としての責任を__」


「スズハお嬢様」


 セレスを見ると、少し困った顔をして私を見てくる。だが、怒る素振りはなかった。


「確かに勇者というあなたは、周りから見ても失格と言っていいでしょう。

 ですが、あなたは勇者である前に、母であるテルー・センクレットの一人娘。


 親が目の前で殺されれば、冷静でいられるはずがありません。

 ……それを責める者は、ここにはおりません。


 ですが、勇者という役割を持つ限りはそうはいかない。

 魔王を討ち滅ぼすその時まで、他の全てを犠牲にしても成し遂げなくてはならない『責務』がある。


 それが、代々勇者の家系として生まれた、センクレット家としての誇りです」


「セレス……やっぱり私は、もう……勇者は!」


 堪えきれずに、母親代わりに自分を導いてくれたセレスというハウスメイドに、全てぶちまけてしまいたかった。

 勇者の肩書きは、自分には重すぎると。


「……少し、歩きましょうか」

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