34話 ターニングポイント
◇◇◇◇
「イヴ……! クレイヴ! 起きて!!」
「セイレス……行くな……」
「起きなさいっ!! このバカ魔王!」
バシン! と、俺の頭を叩いて起こしてくれたのは、アリシャだった。
「……。はっ! セイレスッ!!
アリシャ! セイレスは!?」
「それはこっちのセリフよ。
なんであなたが一人でこんな時に寝こけてるのよ?
こっちはシェリアが姿を消して大変だったっていうのに」
どれくらい寝ていた……!?
それよりもなんで俺はこんな大事な時に! クソッ!!
辺りを見回すと陽が昇っているにもかかわらず、紫色の空が一面に広がっている。
中央国家ユグドラシルに入った時から感じていた、薄い魔力の膜がいつの間にかなくなっている!
「アリシャ! ここにいたみんなはどこに行った!?」
「そんなのこっちが聞きたいわよバカ!
あぁもう! 本当に頭が痛い。
なんでここまで急に悪化しちゃうのよ!」
「悪化って……。まさかセイレスが関係しているのか……!?」
「そうよ。少なくともセイレスは今、あそこにいる」
指で示したのは国の中心である世界樹。
空を見た時には影になって気づかなかった。
紫色の雲から雨が降っていると思っていたが、違う。
巨大な枯葉だ。
萎れて乾燥し、黒茶に変色した葉が上空から絶え間なく降り注いでいる。
……まさか。
脳裏にこびりついた悪夢が、現実のものとなっている。
__もう、セイレスはいないのか。
俺の感情に引きずられるように、全身から黒い魔力が噴き上がり、屋敷の瓦礫が音を立てて震える。
取り返しのつかない状況に、そして絶望に。
身体より先に、感情が爆発しそうだった。
「アリシャ……。スズハとその母親はどこにいる」
「……っ!! ごめん__わからないわ。
私たちが来た時は既にあなたしかいなかったもの」
「そうか……。俺はこれからセイレスを助けに行く。例え本人が望んで世界樹を枯らしたとしても、俺はあいつを助ける」
「待って」
「……なんで止める」
思わずアリシャを必死の形相で睨んでしまう。
だが、一瞬驚いた表情をしてから真っ直ぐに俺の瞳を捉えて離さない。
意思のこもった目で、じっと見つめ返す。
「セイレスは幸せ者よ。でもね、本当にあの子を助けたいのなら、これからここに迫って来る先代魔王の軍勢を先に何とかしなきゃいけない」
「先代魔王が来ているからなんだってんだ。
セイレスは今も苦痛に耐えてる。
早く助け出さないと、俺はもう……自分で何をするか……!」
「……少しは冷静になれって言ってるのよ!!」
涙を浮かべながら、まるで自分の声が届かないことを悔いているかのように、アリシャは続けた。
「あの子を助けたいなら、この国の民を救わなきゃいけない。
世界樹が魂の保管場所になっているのはもう聞いているんでしょ……!?
今、民が大量に死ぬと、一斉に枯れかけの世界樹に集まっていく。
いくら女神とはいえ、何千、何万もの魂が一斉に流れ込んだら、きっと心が保たない!
あの子が選んだのは、あなたが先代魔王を倒すための道なの……!
だからお願いよクレイヴ__セイレスを助けたいのなら、この国の民を先代魔王から護って……!」
「……わかった。それがセイレスを助ける唯一の方法だって言うのなら、やってやる。
先代魔王の軍勢がなんだ。
全部まとめて叩き潰してやる。
あのデカい枯れ木をぶった斬るのは、その後だ」
俺が魔剣グラムを懐から取り出し、既にぼろぼろになっている勇者の屋敷から飛び出そうとした瞬間、一つの影が目の前に現れた。
「おうおう。随分と舐めたこと言ってくれてるじゃねぇか?
えぇ? 転生魔王のクレイヴさんよ」
「誰だ__お前は」
黒縁メガネに短い金髪。紫色のローブのような服を着ている。
フードを片手でかき上げ、その顔が見えた瞬間、紫色の膨大な魔力が湧き上がった。
「俺か? 俺の名前はノーランド!
魔王軍の側近、ガルニス様の一番槍!!
ここでテメェに引導を渡す者だ。
死に土産に覚えておきなッ!」
そうか、こいつは先代魔王の幹部か。
セイレスをここまで追い詰めたのはスズハの母親であって、先代魔王が関係していないわけじゃない。
セイレスは、俺が先代魔王を倒すために自ら犠牲になる道を選んだ。
であればこいつらは。
こいつは、今すぐに__。
「……死ね」
何か名乗っていたようだが、全く耳に入らなかった。
このよくわからない男が魔王軍の幹部なら、殺すのには十分すぎる理由だ。
魔剣グラムに黒い魔力が無意識のうちに集中し、敵の首元へ奔らせる。
槍のような長物で咄嗟に防御の体勢を作っていたが、武器ごと切断して首を刎ねた。
地面に転がった首が、声を上げる。
遅れて胴体が地面に倒れた。
「……はっ??」
魔王軍の幹部なら、これだけでも痛手になるはずだ。
もっと上の、それこそガルニスやギルバートを殺さなければ、俺の気が収まる気がしなかった。
もはや、俺の理性は完全に吹っ切れていた。自分が自分でないようだ。
今すぐに先代魔王の軍勢を皆殺しにしてやりたい。
魔王軍の幹部を一人殺し、まだいるであろう幹部を探そうと移動しようと背を向けた瞬間__。
レンガの残骸に腰掛けた、見知った顔が現れた。
「あぁ……私のノーランド。どうか安らかに。
もう少し張り合うと思ったけれど、早かったわね」
「ガルニス……!」
「あらあら、あなた随分と変わったわねぇ?
その目! その魔力! 何者にも邪魔されない孤高の心!!
だからこそイイッ! もうゾクゾクしちゃう!
魔王として覚悟を決めたあなたの力、ここで見せてちょうだい!!」
ガルニスが持ち前の大剣を肩に担ぎ、部下が死んだことなど、どうでも良さそうな笑顔を向けてくる。
この薄ら笑いを今すぐに叩き潰してやりたい。
噴き上がる怒りに身を任せようとした瞬間、クラリスが声をかけてくる。
「魔王クレイヴ様。ここは私も一緒に戦わせて下さい」
「……ダメだ。これは俺の戦いだ。
手出しすることは許さない。例え大切な君であっても」
「しかし、それではクレイヴ様が……!」
「大丈夫。今の俺なら負ける気がしないから」
「……かしこまりました。
私は残党を狩りに行って参ります。
アリシャ様も、ここはクレイヴ様に任せましょう」
「そんなこと言っても、絶対に三人で戦った方が……!」
「いいのです。愛するお方が見せる背中を、信じるのもまた私達の勤めですから」
「私は別に……。わかったわよもう! 残党は任せて。こんな所で死んだらセイレスに怒られるからね!!」
二人が俺の後ろを跳躍し、国中に蔓延る魔族を狩りにここを後にする。
あっさりと見逃したガルニスに、少しだけ疑問を感じた。
「なんで二人を見逃した?」
「あなたが行けって言ったのに、不思議なことを言うのね?
あそこで私が少しでも動いた瞬間、あなた__斬りかかる気だったでしょう?」
「なんだ、よくわかってるじゃねぇか」
「ほんと、戦いの美学ってものがわかってないわね。だけど、それ故にノーランドはやられちゃったのかしら」
「そんなことはどうでもいい。さっさと始めるとしよう」
「ええ、そうね。新たな魔王クレイヴ。
あなたは一体どこまで上って来れるのかしら?」
お互いに構えを取り、ガルニスが消えた瞬間__俺も合わせるように床の埃を舞い上げ、音を置き去りにした。
ガルニスが怪しく笑う。
「さぁ、踊りましょう?」




