31話 愛の告白
「あなたにもらった指輪。私もね、今は小指につけてるの」
「うん」
そう言ってセイレスは、付けている指輪をおもむろに外した。
じっと指輪を見つめてから、俺の顔を見た。
ふぅ……と大きく息を吐き出し、少しの逡巡。そして持っていた指輪を左手の薬指にゆっくりと通していく。
シェリアとの結婚式でつけた、同じ指に。
「__これが私の気持ち」
「……セイレス」
付け替えた位置が意味することを、知らないはずがない。それが、彼女の気持ちだとすぐに理解した。
「そうよ__。私はあなたが好き。女神として恩恵を授ける相手ではなく、一人の女として」
「俺の過去を知りたかったのは……」
「そうね……答え合わせがしたかっただけ」
「俺は、今日結婚式を挙げたばかりで、どうしてこのタイミングなんだ?」
「私、気づいたの。
初めて会った時から、あなたは魔族なのにそこまで嫌悪感がなかったことに。
クラリスを死地に送ったのも、ちゃんと信頼していたから。
そんなあなたが、シェリアと結婚式を挙げて満更でもなさそうな顔をしていて、どうしても許せなかった。
……あなたも、私自身も」
セイレスの告白が終わり、俺は迷った。
嬉しかった。誰もいなかったら飛び上がるくらいには。
だけど、それでもし気持ちを受け止めてしまったら、シェリアはどう思うだろう。
ほぼ強制されたとはいえ、俺も覚悟を少なからず決めていた。
だけど、俺の本当の気持ちは……。
「……セイレス。俺はすごく薄情な男だよ」
「いいえ、あなたはとても情に溢れているわ」
「…………自分勝手だし、何よりこれから君にたくさん迷惑だってかけると思う」
「夫婦って、そういうものだと聞いたことがあるわ」
もう、迷いはない。
この人なら__きっと全部受け止めてくれる。
俺も、この目の前にいる一人の女性を、支えてあげたい。守ってやりたい。
何より、彼女の望みを叶えたい。
最初はアリシャに誓った契約の約束。
でも今は__セイレスのために、俺はこの先を生きていきたい。
「俺で良ければ、ぜひ」
「……ええ。その言葉を待っていたわ」
その時、ただの契約用の簡素なものだと思っていた指輪が突如として光り始める。
「眩しい……!」
二人で顔を覆って指輪から目線を逸らす。
光が徐々に小さくなり、完全に輝きを失った後に指輪を見ると、俺とセイレスが付けていた指輪のみが青くなっている。
「これって……」
「きっとあなたが私の気持ちに応えてくれたから。その証明よ。
本当の理由なんて、別にどうでもいいの」
まさか指輪にこんな力が眠っていたとは、ステータスを確認したい気持ちはあったが、今のこの雰囲気だけは何者にも代え難い時間。
一秒たりとも無駄にしたくなかった。
少しだけ涙ぐんでいるセイレスの頭を優しく抱き締めて、俺達はしばらくの間、心臓の鼓動を交換していた。
三人が風呂から戻り、シェリアが俺を見た瞬間。部屋の空気が__冷えた。
突如、どす黒い魔力を放つ。
放たれた魔力圧で、掛け軸は部屋の外へ勢いよく吹き飛んでいった。
ふらふらと歩きながら、前にかかった髪の毛を噛み、一言。
「主様……。そこの女と、本物の契りを交わしましたわね」
「……すまない」
どこからともなくエクスタスを取り出して、俺の首元めがけて走り寄ってくる。
俺はこの子の気持ちを無下にした。
与えられる罰は、受けるしかない。
だが、寸前のところで、セイレスが俺達の間に割り込む。
「退きなさい、セイレス。……いえ、泥棒猫」
「退かないわ。彼は私の旦那様だもの」
「……っ!!! ぜっっっっったいに許しませんわ!!! その絡み合う縁、絶対に切って差し上げますわッ!!」
今度はセイレスに向けてエクスタスを向けて突っ込もうとした瞬間。アリシャとクラリスが二人がかりで羽交締めにして止めた。
「ちょっと!! 待ちなさいシェリア!!」
「クレイヴ様に刃を向けることは許しません!」
シェリアの抵抗はここで止まり、二人に取り押さえられてぐったりとする。
瞳には大粒の涙がぼろぼろと流れ落ちていた。
「……どうして。どうして私じゃいけませんの!! 主様!!
私はあなたを心から愛しているというのに!!」
「……すまない。シェリア」
「……うぅ、……あぁぁあああああ!!!」
しばらくシェリアは子供のように泣き叫ぶ。
「とりあえずちゃんと事情を話しなさい」
アリシャの目は、真っ直ぐに俺とセイレスを見つめていた。
◇◇◇◇
私がセイレス様から貴重な神聖水を頂いてから、再び屋敷に帰ると、そこにはセレスが玄関の前で待っていた。
「ごめんなさい。一人で勝手に出て行って」
「いいえ、こうしてスズハお嬢様は戻って来てくださいました。それだけで十分でございます」
「お母様は?」
「現在は落ち着いて、お話しされております」
「……そう」
屋敷へ入り、靴を脱ぐ。
早く神聖水をお母さんに飲んで欲しい。
「スズハお嬢様。その手に持っている瓶は何でしょうか?」
「これは神聖水。女神セイレスから受け取りました。
これからお母様にお飲み頂こうと思って」
「神聖水ッ!!? そんな貴重なもの、よく女神様が与えてくださいましたね。
……すぐに準備を致しますので、少々お待ちくださいませ」
一礼して、セレスが急いで支度する。
青いガラスのコップを一つ、銀色のトレーに乗せてやってくる。
他にも湯気の出ている温かいタオルもある。
これで少しは良くなってくれるといいけれど……。
階段を上がり、母の待つ部屋に到着する。
手がドアノブに触れる時、もしこれで良くならなかったらと考えて、開けるのが怖くなった。
迷っていると、セレスが私の手を握って、一緒に扉を開けてくれた。
「お、お母さん。私のこと、わかる?」
虚な瞳でこちらを見て、薄く笑いかけて名前を呼んでくれた。
「スズハ、久しぶりね。大きくなったわね」
二回目の帰還を始めからやり直す。
そう、これで私はもう一度、お母さんを取り戻すんだ。
「お母さん、今日はね? 特別な物を持って来たんだよ。お水なんだけど、飲める……?」
「えぇ、お水なら飲めるわ」
会話が成立している。
それだけでもう、私は胸がいっぱいだった。
「神聖水ってお水でね……?」
説明をしながら瓶を傾けようとした瞬間、母は驚いたように目を見開いて、狂気的な声色で問い詰めてきた。
「あなた今、神聖水って言ったわね?
水の女神セイレスに会ったんだねッ!?!?」
その瞬間、目の前にいるのが本当に母なのか、私にはわからなくなった。




