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30話 伝えなきゃいけないことがあるの

「スズハ……? どうかしたのか?」


「……」


 普段どおりの服に着替え、待ち合わせの時間に噴水前に到着したが返事がない。

 やはり母親に会って、何かあったのだろう。

 スズハの両肩を掴んで揺するが、反応が返ってこない。


 俺にはどこか見覚えがあった。

 転生前のエンジニア時代。あまりの激務に声を上げることすらできず、精神が壊れる一歩手前の状態。


 こんな時、俺は自らの忙しさを理由にして、精神を病んだ同僚を見て見ぬふりをしていた。

 だが、転生した今、その後悔だけは二度としたくなかった。


「スズハ、話してくれ。君に何があったのか。母親と会ったんだろう?

 ゆっくりでいいから、俺達に話してくれ」


「クレイヴ……。ははは……。あなたって本当に魔王じゃないみたい。私にはあなたが眩しいよ」


 噴水がよく見えて腰掛けられる場所で、スズハの隣に静かに座る。

 三十分くらい経っただろうか。クラリスや三女神たちでさえ、スズハの言葉をじっと待つ。


 話したくない時だってある。でも今だけは、きっと話さない時間が続いたとしても誰かが傍にいなければならない。

 我慢比べに近い状態が続いたが、沈黙を最初に破ったのはスズハ本人だった。


「……お母さんがね。死んじゃったお父さんと話しているの」


 声が痛々しく震えている。


「お父さんと……?」


「うん……。そこには誰もいない。

 誰もいない本棚を見つめて、まるで本物の父がいるみたいに明るく話すの」


 幻覚が見えて、幻聴もはっきり聞こえて会話までしているならば、この世界では治療は難しいかもしれない。

 回復魔法に頼るあまり、医療技術が未発達だと感じたからだ。


 俺は精神を壊して離職していった同僚を何人も見てきたが、カウンセリング方法なんて全く知らない。

 思わず自分で聞いておきながら、予想以上の爆弾を抱えていたスズハを見て言葉が出なかった。


 幸せムードとは一変して、重苦しい空気が流れる。

 だが、再びの沈黙をシェリアが破る。


「主様? このスズハという勇者を救いたいですか?」


「出来るのか……? そんなことが」


「ええ、少し荒療治にはなりますが、複雑に絡み合った縁が彼女を縛っています。

 母親との縁を切れば、記憶ごと忘れて苦しむことは……」


「……シェリア」


「……はい。申し訳ございません。出過ぎた言葉を」


「いや、君なりに考えてくれたんだ。

 でも、親子の縁っていうのは、スズハの場合は簡単に切っていいものじゃないと思う。

 縁切りの話は、今は止めてくれ」


「承知致しましたわ。それが主様のいいところで、ダメなところですものね」


 シェリアが一歩引く代わりに、セイレスが手に光を集中して一本の瓶を出現させる。

 青く光る瓶の中には液体が入っていた。


「セイレス。これは?」


「これは神聖水。この国に生えている世界樹ユグドラシルを枯らさないように供給している、言わば、栄養の詰まった水です。


 これをスズハさんのお母様に飲ませてあげてください。症状が完治するかはわかりませんが、落ち着くかもしれません」


 瓶を手渡すと、スズハは浅く会釈してから再び家の方向に走って行き、すぐに雑踏の中に消えていった。


「優しいんだな」


「いいえ、女神として出来ることをしたまでよ。

 彼女にはいずれ、あなたと先代魔王に立ち向かうのだから。

 不安の芽は摘んでおきたいだけよ」


「素直じゃないんだから」


「合理的でしょ?」


「かもね。……さて、俺達もそろそろ宿探しでもしよう。

 スズハはまだ不安定だけど、俺達も少し休もう。

 今日はクラリスも、しっかり休んで」


「……? まさか、ま……クレイヴ様。気づいていらっしゃったのですか?」


「当たり前だろ。せっかくバリアがあるんだし、ここにいる時はしっかり休んで」


「はい。ありがとうございます」


 そうして女神特権を使って一番上等の宿へ行き、若干申し訳ない気持ちになる。

 部屋で一人、休んでいると、セイレスが部屋の中にやってくる。


「どうぞー、……ってセイレスか。ほかの皆と風呂に行ったんじゃないの?」


「私は後で頂くわ」


 ちゃっかり日本的な宿を希望して、部屋の中には窓そばには縁側が設けられている。


 俺の向かいの椅子に、セイレスが遠慮がちに座ってもいいかと、仕草で聞いてくる。

 手を差し出して、どうぞと促すと館内着に身を包んだ装いで上品に腰掛けた。


「今日は助かったよ。神聖水でスズハのお母さんがよくなるといいな」


「いいの。お礼は要らない」


 しばらく無言の時間が流れるが、セイレスが口を開く。


「ねぇ、前から気になっていたことがあるんだけど、聞いていい?」


「なんでもどうぞ」


「あなたは、自分が生き残るように、今を頑張っているのよね?」


 いきなり核心を突いてくる。


「そうだ。俺は魔王なんて役割で死ぬ運命なんて耐えられない。

 折角強く転生できたんだし、安全になって三女神のみんなの求心力が元に戻ったら、契約も解除するつもり」


「そう」


 あれ、あんまり嬉しそうじゃない……?


「まぁ、まずは先代魔王を何とかすることが先だし、まだまだ長い契約になりそうだけどな」


「そうね。あなたはそうやって、いつも口では自分が生き残るために頑張るって言ってたけど、いつの間にか私達三女神や勇者スズハのために動くようになっている。


 私、あなたのことをもっと知りたいの。

 教えてくれるかしら」


「転生前の話?」


「そう。あなたが魔王として生を受ける前の話。

 ちゃんと聞いておきたい」


「って言ってもあんまり面白い話じゃないぞ?

 普通に学生して、友達も出来て。

 就職先はかなりミスったけど、それでもよくいる一般人だと思う」


「それでもいいわ。話して」


 それから俺は転生前の話をかいつまんで話した。

 子供時代はザリガニ釣りで遊んで、友達と喧嘩して殴り合っただとか。


 就職してから数年はずっと責任だけに振り回されて辛かっただとか、とにかく当たり障りのない話をしたつもりだった。


 でもセイレスは真面目に聞いてくれた。

 笑ってくれた。俺の代わりにパワハラ上司に怒ってくれた。


 それだけで、胸の内に巣食っていたわだかまりが、いつの間にかストンと落ちていった。

 俺は今、この女神に自分という存在を、認めてもらえた気がした。


「ありがとうセイレス。色々話せてスッキリしたよ」


「いいえ、私もあなたのことが気になっていたから。人間性っていうのかしらね__。

 とにかく聞けてよかった」


「それはいいけど、なんで急に聞きたくなったんだ?」


 背筋を正し、膝に乗せられた両手に力がこもっているのがわかる。何か、大事なことを言おうとしている緊張感が、俺にもわかった。


 部屋に飾られている掛け軸が、少しだけ音を立てる。

 他の音は、何も聞こえない。


「__私ね、あなたに伝えなきゃいけないことがあるの」


 セイレスの目は、俺を逃さないように、はっきりと正面から見つめていた。

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