29話 狂気の結婚式
「大きくなったわね、スズハ。ねぇ、あなた?」
どこを見てるの?
あなた……ってどういうこと?
薄々気づいてはいるが、どうにも頭が理解を拒んでいる。指先が冷たい。
母の視線の先は、本棚へと向かっている。
まるでそこに私の知らない、でも母には見えている人がいるかのようだ。
「お母さん……? どこ見てるの?」
「何言ってるのよスズハ。お父さんでしょ?
忘れちゃったの?」
「何を、言って……。
セレス! セレスッ!! すぐに来てッ!!!」
思わず叫ぶ。
慌てたように足音をバタバタと響かせながらも、セレスが大汗を掻いてやって来る。
「どうされましたかお嬢様ッ!!?」
いつも通りのセレスを見て、私は安心からか涙が溢れ出て来てしまう。
「お母さんが……! お母さんが……!!
うっ、うあぁぁぁぁぁああああ!!!!」
母親の目の前で泣きじゃくる私を見て、セレスが痛いほど力を込めて抱きしめてくれる。
「大丈夫、大丈夫ですよお嬢様。
私が、セレスがこちらにおりますから」
セレスが母を見ると、目を見開いて驚いた表情をする。大声で泣いている私の傍らでは、全く気にする様子はなく、母は見えない誰かを向いて薄く微笑んでいた。
「奥様……。どうして……大切な娘様が頑張ってくれるのが誇りだと、つい先日仰っていたではないですか!」
「セレス、そこの娘を下がらせなさい?
ライトの声が聞こえないわ」
「……ッ!!」
その言葉を聞いて、セレスは私を抱いて母親の私室を後にする。
「どうして……。
スズハお嬢様……? 私は大丈夫でございます。
きっと奥様はお疲れなのと、急にお嬢様がお帰りになられて混乱されているだけ。
少し時間をおいてもう一度……お会いすれば、きっと……! うっ」
セレスも口元を押さえ、必死に我慢するように嗚咽を漏らす。
私達はしばらくの間、一緒に我慢できない現実を受け入れられなかった。
母は会話が出来るだけで、どこにもいない父親の幻影を追いかけている。
回復など一切していないのは、医者を通さずとも明らかだった。私にはむしろ悪化すらしているようにも見えてしまい、ただ泣くことしかできなかった。
◇◇◇◇
「シェリア様。式の準備は滞りなく進んでおりますが、本当にこのお方とご結婚なされるのですか?」
教会の神父が正装で現れる。恐らく結婚式を挙げる夫婦を祝福するためのものだろうが、表情は崇めている女神が結婚するだけあって固い。
「ええ。それと、婚姻の儀はもう済ませておりますの。今日は名実ともにこの国の皆様に祝福をして頂こうと思いまして」
「それはそれは……。おめでとうございますシェリア様。新郎どのもこの度は祝福申し上げます」
形上は取り繕う神父を見て、本当は理解が追いついていないだろうに……俺はプロだなぁと思った。
「では早速とはなりますが、シェリア様。ドレスへお着替え頂きますので、案内の者について行って下さいませ」
神父が手で案内すると、裏手の方で手を挙げている女性が一人。シェリアに向けて手を振って合図をしている。
「感謝致しますわ。では主様? 私は一度失礼します」
スカートの裾を上品に摘んで俺に一礼し、シェリアがドレスに着替えるべくその場を後にする。
別室にシェリアが完全に消えた瞬間。神父が俺に向かって小声で囁く。
「本当に結婚するおつもりですか?」
「あなただって、あの子の無鉄砲さはわかるはずでしょう……?」
「……心中お察し致します」
うん。やっぱりシェリアって問題女神だってみんなわかってるんだね。はぁ……。
でも、やるからにはシェリアの望みを叶えてやりたい。
決して後が怖いからではなく、一緒に戦ってくれるんだ。
それで彼女が心置きなく協力してくれるなら、俺もまた彼女の期待に応えなきゃならない。
アリシャとセイレス、クラリスは何やら三人で教会の参列席に座って談笑している。
なんだか緊張してきたな……。
「さぁ、新郎どのもお召し物をお変えになられますので、どうぞこちらへ」
「わかりました。三人とも、俺はカッコいい服に着替えてくるから、ちょっと待っててくれ」
クラリスは目を輝かせて早めの拍手を返してくれたが、アリシャは早く行ってこいと言わんばかりに手を挙げるのみ。
セイレスはどこか複雑そうな表情で少しだけ笑い、こちらも快く思ってない様子だ。
俺をじっと見つめて、その視線を決して離すことはなかった。
そりゃそうだ。最後にやってきた女神と式を挙げようとしているんだから、あんな表情にもなる。
でもすまん! こればっかりは俺にもどうにもできない!!
そしてタキシードっぽい格好に着替えて三人の前に出ると、意外にもアリシャの反応がよかった。
「あら? 意外と似合ってるじゃない??」
「うるせ。二人から見てもおかしなところない?」
セイレスとクラリスに尋ねると、こちらも問題はないようで、割と好感触だった。
これならば問題ないだろう。
後はシェリアを待つのみ。
急な結婚式だから、参列者は女神二人とメイドのみ。街の人達はもちろんいない中で執り行われた。
「主様? お待たせ致しました」
「あぁ。俺も今終わったとこ……ろ?」
驚愕。女神だけあって容姿はめちゃくちゃ整っている三人だったが、純白のウエディングドレスに身を包んだシェリアの姿は、思わず息を飲んでしまうほどに美しかった。
あまりの衝撃に、数秒言葉を失う。
いたたまれなくなったシェリアは、恥ずかしそうに上目遣いで口を開いた。
「主様……? その……、よろしければご感想を頂きたいのですが……。どこか変でしょうか?」
「……あっ! ごめんごめん!!
あまりにも綺麗だったから、ちょっと見惚れてただけ」
瞬間三人の誰かから、殺気にも似た感情が一瞬伝わってきたが、振り返ると消えていた。
「まぁ……! 主様もとても様になっておりますわ!! さぁ神父、誓いの言葉を。
本当は扉から歩いて行きたかったですが、もう我慢なりませんの。
この場ですぐに主様と一つに……!」
「かしこまりました。さぁ、クレイヴ様、どうぞこちらへ」
「わかった」
そして神父が穏やかな陽光差し込む、ステンドグラスの光越しに誓いの言葉を唱え始める。
俺とシェリアは一度契約の指輪を外してから、もう一度、お互いの指に指輪をはめる。
転生前を入れても結婚式なんて初めてだ。
指輪を持つ手が震えて、シェリアに少し笑われた。
指輪の交換が終わった後に、大きな花束を持った花屋と思われる少女が、シェリアに直接手渡した。
「おめでとう! シェリアさま!!」
「ありがとう。……ひひひ。これで私は主様と永遠に……!! もう絶対に逃しません……。
素敵なお嬢さん、お名前は?」
「私はね! ルピナスっていうの!」
「そう。素敵なお名前ですわ。
これからも健やかに育って下さいまし」
「うん! ありがとう!」
これでよかったのか?
シェリアは満足しているが、俺は心のささくれがヒリヒリと痛みを伝えてきているのを、なぜか感じていた。
それから慎ましく行われた結婚式は、何も問題なく全て終了し、シェリアは終わった後もずっと幸せそうに俺にくっついていた。
夕方、スズハと落ち合う噴水前に全員で向かう。
すると、そこで待っていたのは、泣いたであろうスズハの表情が絶望に歪み、瞳からは生気が抜け落ちていた__。
俺達はすぐに途轍もない何かがあったと、言葉にせずとも理解した。




