20話 襲撃
◇◇◇◇
再びアリシャに中庭の芝で剣術を教わる日が続く。
始めこそ組み手のような形で剣を打ち合ってはいたが、圧倒的に基礎が足りないのは一瞬でバレた。
始めはかなりぎこちないながらも素振りから始め、それから真剣による本気の打ち合い。
このメニューを淡々と繰り返す。
余計な力を抜いて、剣同士がぶつかる瞬間のインパクトに力を入れるのが本当に難しい……。
素振りでできるようになっても、止まっている木人形を斬るのも一苦労だ。
ではこの修行メニューを自分のものにしたらどうなるか?
アリシャは決まった型で振り切った時、力が正しく伝えられて威力が桁違いに上がるらしい。
ホントかぁ?
俺は疑問に思った。力を込めて剣を振った方が、硬い物とかよく斬れそうと思ったから。
だが結果はこの通り。
刃は途中で止まり、木人形に食い込んで抜けない。
アリシャに見本をお願いしたら一度だけ見せてくれたが、全く参考にならない。
まるで始めから二つになっていたと疑いたくなるほどに切断面が滑らかだったから。
力だけで比較したらアリシャより多分俺の方が腕力はある。魔力だってそうだ。
どちらも俺以下の力でこれが出来るんだから恐ろしい。もちろん、無機物をスパッと斬れる力は使っていない。
できなかったことで俺は少し焦る。
だが、それを見かねたアリシャが一言アドバイスをくれた。
「いい? 百発の素振りをただ数をこなす目的で振るより、本気の集中状態で一発の素振りをした方が何倍も効果があるの。
それだけは忘れないで」
修行が始まった時に言われたアドバイスは、一ヶ月経った今でも俺の中で生き続けている。
それにしても、手が血豆だらけになる魔王ってちょっとおかしいな。回復魔法は逆にダメージになるし治療もできない。
ともあれ、俺は愚直に剣を振り続けた。そのおかげもあってか、ようやく木人形を魔力を剣に込めず、そして身体強化魔法も最低限で、綺麗な断面を作ることができた。
「お? おぉおお!! やった……!!
ようやく斬れたぞ!!」
「お疲れ様。この一ヶ月、本当によく続けたものだわ。あなたの性格的に三日坊主で続かないと思ったのに。
あなたの努力の結晶は、そのボロボロの手が物語ってるし。
ま、まぁ? ちょっとくらいなら褒めてあげなくもないわよ?」
「ご馳走様。魔王っぽくないだろ?」
「ええ、本当に」
二人で軽く笑い合っていると、汗だくの俺の後ろにひょこっとクラリスが現れる。
銀色のトレイの上には水が入った白い瓶とガラスのコップ、冷たい水を含んだタオルだろうか? が乗せられていた。
本当に冷やされていたタオルで顔をゴシゴシと拭き、冷たい水を勢いよく流し込む。
「はぁー!! うまい!! ありがとう、クラリス」
するとクラリスは、ニコッと微笑みながら
「私もずっと、努力されている姿を見ておりました。魔王様は深い集中力を発揮されるタイプですね。私もその雰囲気に惹かれました」
お世辞だとわかっていても、悪くない気分だ。
俺もはははと笑みを返すと、アリシャが茶化してくる。
「その顔止めなさいよ。ちょっと気持ち悪いわ」
「うるせぇ」
大きなお世話だ。いいじゃんか少しくらい笑ったって。魔法だってまだ習得中だけど、必殺技になりそうなのだって形になりつつあるんだし。
緩みかけた空気を一変させたのは、戦闘や民と顔を合わせる時の姿で、駆け寄って来るセイレスだ。
「どうしたの?」
「勇者がやって来たの」
「はぁ!!?」
思わず声を上げて驚いてしまう
先代魔王の軍と戦いながら向かって来ているなら、行軍速度は緩やかなんじゃないのか!?
アリシャを見るが、首を横に振って理由はわからない様子。問い詰めても仕方ない。
ようやく光が見え始めたって時に、ここで勇者がもう到着してしまうのはあまりに予想外だった。
「以前クラリスに魔王城の仕組みについて聞いておいて正解でした。聖剣の反応がこちらへ真っ直ぐ向かって来ている」
「距離は?」
「それが……感知システムはそこまでで、もう……」
「魔王城に来ているのか!」
マズいマズいマズい!!
やり足りない準備なんて数え出したらキリがない!
女神二人は勇者を混乱させるから隠れてもらって、俺は……。あーもう!
来るなら来るって言ってくれよな!!
「クラリスは俺と玉座の間へ!
二人は見つからないように隠れてて!
勇者との対話は俺がやる!!」
二人とも頷き、クラリスは魔王のローブを取りに、一礼してから瞬間移動レベルの速さで先に向かった。
◇◇◇◇
私は一人で、母親を壊した憎き魔王の根城へ到着する。
警備の魔族は全くいない。そもそも、人間界から魔界の境界線を超えてからというもの、魔族の数が逆に減っていた。
好都合だけど、罠の可能性がある。慎重に進もう。
だが、魔王の玉座に通じているだろう、この巨大な扉の前に来ても、罠どころか魔族すら一人もいない。
仲間を二人とも殺した魔族の長が、この下品な輝きを放つ先にいる。
逸る心臓を片手で押さえつけてから、重く冷たい扉を押し込む。
金色の玉座に赤いシートが敷かれた、まるで威厳を示すかのように、巨大な椅子の上に腰掛けて肘をついている魔王が一人。
その姿を見た瞬間、私の脳裏には笑顔で微笑みかけてくれた母親の姿が浮かび、そしてバラバラに崩れた。
あの頃には戻ることはない!
私がこの魔王を殺したところで!!
お母さんはもう! 私には微笑んでくれない!!!
だから! お前は、魔王だけは!
手先と足先が冷える。腕が震える。
それでも、この瞬間だけは__。
「……殺してやる」
小さな声が勝手に漏れる。
魔王は玉座に座ったまま、私の気持ちを逆撫でするような声をかけてくる。
「よく来た、勇者。聖剣の担い手よ。
ここへは一人で来たのかね?
たった一人で挑もうとするその気概、歓迎するぞ」
先に仕掛けたのは、お前だからな!!
「ぁぁぁぁああああああ!!!!
殺してやるぞ!!! 魔王ぉぉぉおおお!!!」
◇◇◇◇
「えっ??」
まるで獣の咆哮だ。
なんでこんなに勇者ちゃんは殺る気なの!?
わかるけどさぁ!
先代魔王の軍に苦しめられたんだろう。
だけど、さすがにここまで感情が抑えきれない狂戦士みたいになってるのは、予想ができません!
瞬きする間に、聖剣をいつの間にか鞘から引き抜き、突っ込んでくる勇者に合わせるように魔剣グラムを合わせる。
__ギィイイインン!!!!
重いッ! これが勇者の力か!!
強烈な衝撃と轟音が響く。
横からクラリスが介入しようとしたが、それよりも速く、勇者の連撃が割って入る隙すら与えてくれない。
「随分なご挨拶じゃないか! 勇者よ……!」
「お前だけは……! お前だけはっ!!」
出会って五秒。
始まった死闘は、完全に予想外だった。




