19話 勇者、スズハ・センクレットの出発
「魔法の練習お疲れ様。調子はどう?」
お昼を回る頃、アリシャが交代でやってくる。
明らかに機嫌が良さそうだ。
「中級までは一通りかな。性質変化はまあまあできるようになったよ」
「ならクレイヴにとっていい話があるわ!」
もう強烈に嫌な予感がする。
聞きたくないけど、スルーしたら後が怖いし……。意を決して聞いてみる。
「どんな話?」
「勇者の動向について人間界に何度か行って調べてたんだけど、どうやら私達とは別の先代魔王軍と戦って、着実にこっちへ向かって来ているみたいよ。
いずれ仲間にするなら、これは都合がいいわ!」
「アホか! 全く都合よくねぇよ!
もし話を全く聞かないタイプの勇者だったら最悪だろ!」
「はぁ!? そんなの知らないわよ!
せっかく色々聞いてきてあげたのに、随分と偉くなったものね!」
げっ、完全に俺が悪いわこれ。早めに謝っておこう。
「それはマジでありがとう! 隙間時間で色々してくれたのは嬉しい!
言い方悪くてすまん!」
「最初からそう言いなさいよ、バカ。
剣術メニュー三倍で勘弁してあげるわ」
やっぱりそうきたか……!
今日はいつも以上に地獄が待っていそうだ。
セイレスに助けを求めようと視線を送ったが、苦笑いを浮かべて楽しんでいる。
まぁ、それはそうだよね! アーメン。
それにしても疑問が残る。先代魔王が俺を確実に殺すつもりなら、わざわざ勇者を使って殺させようとする必要はない。
自分の軍を減らしてまで、勇者が強くなる経験を積ませる必要もないのだ。
先代魔王の狙いは何だ?
俺を殺して、名実ともに真の魔王になることじゃないのか……?
◇◇◇◇
私は物心つく前から、勇者である父は魔王討伐に出ており、ほとんど知らない。顔だってよく覚えていない。
薄っすらと赤子の時の記憶はあるけれど、私に愛情を注いでくれたのは母親だけだった。
ある日、私が五歳の頃。父親が亡骸も残さずに殺されたと聞かされた。
父親がどんなに偉大だったとしても、私にはあまり興味がなかった。それでも、母親はその日を境に壊れてしまった。
そして数日が経ち、私は父方の叔父に連れられて一番大きな街にある教会にいた。
「なにするの?」
聞いても何も答えてくれない。
豪華な祭壇に乗せられている、私の身長と同じくらい大きな剣の前で止まり、一言だけ命令される。
「この剣に触れなさい」
理由を聞いてもきっと教えてくれないだろう。叔父はどちらかと言えばあまり話すのが得意ではない。
私は言われるままに剣に触れると、眩い光に包まれていく。その光景を見た神官達が一斉に声を上げた。
なぜ神官達が喜びの声をあげているのかは、全くわからなかったが、叔父の顔を見上げると薄く口角が上がっているのがわかった。
「今日からお前が聖剣の担い手だ。
父親の仇を討てるのはお前だけ。
とても名誉なことだ。生涯をかけて、お前は魔王を討ち、亡き父親の無念を晴らすのだ」
「私が聖剣の……、お父さんの仇を?」
何を言ってるんだこの叔父は。
どうしてほぼ知らない父親のために、一生を捧げなければならないというのか。ふざけるな。
「そうだ」
自然と唇を噛み、拳を強く握りしめてしまう。
私の人生は、五歳で幕を閉じた。
亡き勇者の父親のために、世界の歯車の一部として、勇者《奴隷》の人生が始まってしまった。
それでも、母に褒めてもらえるのなら__。
勇者という奴隷に成り下がってもいいかもしれない。
だが、待っていたのは罵倒の嵐。
「お前まで魔王に殺されに行くのか!
そうやっていなくなればいい!
どうせお前は勇者として魔王の下へ行かなければならない!! この親不孝者ぉおおお……!」
「なんで……? お母さんはお父さんが大事じゃなかったの??」
「この馬鹿娘! 大事だったからこそ、あの人は勝たなくちゃいけなかったのに!
私の下へ戻って来なければいけなかったのに!」
絶望した。
もう本当に何もかも、どうでもよくなってしまった。その日を境に、私の世界は色を失った。もう、何も期待しない。
「ははは」
乾いた笑い声が出てくる。
その声を聞いた母親は目を見開いてから、もう二度と私の声に耳を貸すことはなかった。
それから私は、まるで糸で吊るされた操り人形のように、鍛錬の日々を過ごしていた。
叔父の指導、もとい拷問に近い扱いにも必死に耐えた。
十五歳になった頃、三女神様が全員で魔王を封印したと知らされる。
叔父の鍛錬を始めた時から体格は大きくなり、日に日に痣だらけだった身体も回復してきた。
やがて完全に叔父より強くなった私は、怯えるような目で見てくる叔父を半殺しにして、仲間集めのために家を飛び出した。
勇者として聖剣を握ってから理解した。
この世界は恐らく循環している。
例え魔王を討ち取ったとしても、新たな魔王が誕生するように。仮に勇者が死んだとしても、新しい勇者が世界に選ばれるように。
魔王が封印されたということは、新たな魔王が世界に生まれ落ちても全く不思議はない。
もう奪われるものは何もない。
でも、私から母の愛情を取り上げた魔王だけは許さない。
それが父を殺した魔王ではなく、新たな魔王だとしても。ちゃんと殺して憂さ晴らしをしてやる。
そう考えるようになってから、私の中で何かがストンと落ちる音がした。
私の目的は、私の人生をめちゃくちゃにした魔王を殺すこと。腑に落ちたのだ。
人生をかけてやりたいことが、十五歳という短い人生で簡単に見つかってしまったから。
「スズハ、大丈夫? うなされているようだったけど」
「うん。少し昔を思い出しただけだから。
それよりも、聖剣が反応してる。
魔族と戦う準備をしておいて」
「ええ、わかったわ。
アレン! 前衛の仕事。きっちりやりなさいな」
「わかってるって。相変わらずミーナは真面目すぎるんだよ」
私、スズハ・センクレットは勇者として、魔王に復讐する。
馬車の荷台から降りて、ここまで送ってくれた行商人を遠くへ避難させ、一言決意を口にする。
「行こう」
私の人生を、終わらせるために。




