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第97話 魔法科一年Sクラス

 席次戦翌日――


 ヘロス王立学校の広大な講堂は、新入生たちの熱気と緊張で満ちていた。

 石造りの天井にざわめきが反響し、期待と不安が入り混じった空気が漂う。


 壇上ではルナリアが、新入生代表として誓いの言葉を述べている。

 凛とした声が、堂内を響く。

 最前列でそれを見守っていると、右隣の席次二位――ステラが小声で囁いた。

 

「こんなにいっぱい人がいるんだね。全部新入生だよね?」


「たぶんね。千五百人くらいいるらしいから……」


 見渡す限り、人、人、人。

 ここにいるのは全員が新入生だ。


 日本のように在校生や来賓が入学を祝ってくれるわけでもない。

 その代わり式は簡潔。

 長々とした祝辞がないのは、正直ありがたい。


 ――そして。

 左隣から、刺すような視線。席次三位、ユージオ。


 実は講堂に入る前に挑まれてボコったばかり。

 なのになぜ俺がこんな圧を感じねばならないのか。

 ……少しだけ、自分よりも弱い勇者に怯える魔王の気持ちが分かった気がする。


 ちなみにセラは席次四位。

 昨日、魔力を使い果たしていた彼女に、ステラはエーテルポーションを差し出し、ちゃんと席次戦をやろうと言ったのだが、セラは首を振った。

 万が一にも、ユージオより上に立つことは許されないようなのだ。


 ルナリアのスピーチが終わると、俺たちは魔法科棟へと移動した。

 ヘロス王立学校はとにかく広い。

 生徒数も多く、科ごとに分かれている棟がある。


 その中でも――人数は少ないにもかかわらず、最も大きな棟を占有しているのが魔法科だ。

 一年生から三年生まで、各学年百名。

 計三百名の魔法師候補が、この棟で凌ぎを削る。


 魔法科棟へ足を踏み入れ、俺たちは一年Sクラスの教室へ向かった。

 中は想像していた教室とは少し違う。

 とんでもなく広いのだ。日本の教室の五倍~六倍くらいの広さ。

 そこに十人だから余計広く感じる。

 ちなみに他のクラスも日本のクラスの倍くらいの大きさはあるようだ。


 いくつかの丸テーブルが等間隔に並び、生徒が自由に座る形式。

 序列はあっても、席順までは固定されないらしい。

 俺が腰を下ろすと、何も言わずともステラとルナリアが両隣に収まる。

 ……もはや定位置だな。


 一方、ユージオは俺たちのすぐ近くのテーブルに陣取った。

 その背後にセラと、見知らぬ男子が一人。


 残る四人は、どの派閥にも属さぬ様子で距離を取っている。

 孤高を気取るか、様子見か――いずれにせよ、今はまだ静観だ。


 やがて、教室の扉が開くと、一人の男が入ってきた。


「諸君、入学――いや、Sクラス合格おめでとう」


 穏やかな声音。

 年は三十代半ばほどか。


「私はSクラス担任のフィリップスだ。紋章師ではないが、魔法文字リテラ・マジカルは相当数習得している。学校のことだけでなく、魔法文字や詠唱で悩んだら私に相談してくれ。では早速だが、それぞれ自己紹介をしてもらおう。まずは――主席のメナトから頼む」


 こういう場には、もう慣れた。

 論功行賞の式典で何度も壇上に立たされたおかげだ。

 とはいえ、気の利いた演説ができるわけでもない。

 立ち上がり、軽く一礼。


「初めまして。アクィラ魔境伯爵家のメナト・アクィラです。よろしくお願いします」


 だが、席次一位という肩書きのせいか、教室のあちこちから拍手が起こる。

 ユージオと同席の男だけは腕を組んだままだったが、セラは小さく、それでも確かに手を叩いてくれていた。


 腰を下ろすと、次はステラ。

 ぴょん、と軽やかに立ち上がる。


「初めまして! ステラ・オーロラと申します! 友達をいっぱい作りたいので、気軽に話しかけてください!」


 明るい声に、太陽みたいな笑顔。

 正直言おう、めっちゃ愛おしい。


 だからなのか、俺の時よりも大きな拍手が送られた。

 まぁ当然と言えば当然かもしれない。

 だが、セラが戸惑い混じりに手を挙げる。


「あ、あれ? ステラってメナトの妹だよね? なんで家名が違うの?」


 ステラは少しだけ照れたように笑った。


「あ、そうなの。実はね、私とお兄ちゃん、血が繋がっていないって分かって……でもお父さんが、どっちの家名を名乗ってもいいって言ってくれたから、都合のいい方を使おうってことになったの」


 その内容は決して軽くない。


「う、嘘――!? あんなに仲のいい兄妹、どこにもいないと思ってたのに……」


「本当だよ。最初はすごく悲しかった。でも今は……この関係の方がいいって思ってるんだ」


 ちなみにステラは、婚約の件には触れない。

 ステラ・オーロラと名乗る以上、オーロラ王国との関係を勘繰られるからだ。


「そ、そうなんだ……」


 小さく呟き、セラが視線を落とす。

 その隣で、ユージオが立ち上がった。


「ブロッサム侯爵家のユージオだ。近いうちに主席になる。覚えておけ」


 言い終えると、俺を睨みつける。


「メナト! この後、勝負だ!」


 ……とはいえ、こいつは先ほど魔力を使い切っている。

 まともな勝負になるとは思えないが、一体何を考えているのか。


 続いてセラが、どこか元気のない様子で自己紹介を済ませると、フィリップスが視線を巡らせた。


「次はルナリアだ。紋章の説明も頼む」


 なぜルナリアだけ紋章のことを紹介しなければならないのだ?

 その疑問は、すぐに解けた。


「ヘロス王国第三王女、ルナリア・ヘロスです。皆に紹介したい子がいるの。ライト、入りなさい」


 すると、教室の外で待機していたライトが入ってくる。

 教室の空気が凍りついた。

 これほど大きな狼を間近で見るのは初めてなのだろう。

 誰もが息を呑み、思わず身を引く。


「この子は、私の【月の紋章】で使役している月狼のライト。後で順番に匂いを覚えさせるから、少し時間をちょうだい」


 言い終わるより早く、ステラが叫んだ。


「ライトぉぉぉおおお!!!」


 ライトを信頼し、躊躇のないダイブを見せるステラ。

 それに対し、ライトは腹を見せ、受け止める。

 巨狼と少女が床でじゃれ合う光景に、張り詰めていた空気が一気にほどけた。


「……これで、ライトが安全だって分かってもらえたでしょ?」


 ルナリアが苦笑すると、教室に小さな笑いが広がる。

 先ほどまでの緊張は、もうない。


 なるほど。

 使役獣を持つ紋章師は、その存在も含めて紹介が必要というわけか。

 この広い教室も、大型の獣と共に学ぶための設計なのだろう。


 動物を使役するのは、ルナリアだけではなかった。

 席次五位、六位が紋章に触れず自己紹介を終えると、シルクハットを思わせる帽子を被った少女が立ち上がり、魔法手袋を外した。

 

「席次七位、ビアンカです。アタシの紋章は【蜂の紋章】。使役している蜂にも、後で皆さんを覚えさせます。ルナリア様と同じタイミングで時間をください」


「うん! 分かったよ! 後で蜂を紹介してね!」


 まだライトと戯れているステラが元気よく応じる。

 ビアンカは、ほっとしたように微笑んだ。

 さらに席次九位の男も、動物系の紋章持ちらしい。


「オレは第九位のシェロ。【亀の紋章】だ。カメッコ、来い」


 教室の外に呼びかけること一分後。

 のっそりと大型の亀が入ってくる。


「これは俺が使役しているカメッコ。のんびりに見えて、かなり凶暴。迂闊に近づくと噛まれるから、オレにも時間をくれ」


 だが、言い終えるより早く、ステラはカメッコへ手を差し出していた。

 亀は一瞬ステラを見据え――次の瞬間、鼻先をステラの手にすり寄せる。


「なっ……!? オレ以外に懐く人間がいるのか!?」


 シェロが目を見開く。

 まぁステラの懐に入る能力はピカイチだからな。

 動物たちもステラの可愛さにメロメロなのだろう。


「よし! 明日から本格的な授業を始める。今日は使役獣との顔合わせだ! 校内に入れたということは、事前テストを受かったということ。しかし、ここで問題を起こせば、最悪の場合は殺処分になる。主である君たちの責任だ。しっかり慣らしておけ……もちろん先生も例外ではない。私にも紹介してくれ」


 こうして、即席の交流会が始まった。

 前に並ぶのは――

 ルナリア、ビアンカ、シェロ。


 その前に、それぞれの使役獣が座る。

 白銀の巨狼ライト。

 いつの間にか天井近くに群れていた拳大の蜂たち。

 岩のような甲羅を持つカメッコ。


 そして当然のように、ライトの首元にはステラがぶら下がっている。


「お、王女殿下……本当に噛まないのだろうな?」


 ユージオが恐る恐る訊ねる。


「もちろんよ……ただ、私に変なことをしたら頭をガブリ、なんてこともあるかもしれないけど。気をつけてね?」


 ルナリアがにこやかに微笑む。


「そ、そうか……ではセラフィ、先に触れてみてくれ」


 どこまでレディーファーストを貫く気だ。


 そのとき――

 ぺろり。

 ライトがユージオの手をひと舐めした。


「ひぃぃぃっっっ!!!」


 ユージオは飛び退き、必死に手を振る。

 どうやら動物への耐性は皆無らしい。

 ……なるほど。


 ライトのそばにいれば、無闇に喧嘩を吹っかけられずに済むかもしれない。

 そう思った帰り道。


「メナト! 逃げるな!」


 本日二度目、ユージオをあっさり張り倒してから男子寮に戻るのであった。

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