第96話 勇者とは
「まさか、お前の方から連戦を申し出てくるとはな!」
吐き捨てるように笑うユージオ。
その右手には木剣。
左手には金属製の盾。
魔法手袋は外され、露わになった紋章が眩い光を放っている。
ルナリアの言っていた通りだ。
【勇者の紋章】はすでに反応を示している。
一部の試験官たちも初めて目にするのだろう。
その光に目を見開いている。
「セラが控えているなら休憩も取ったさ。ただ、相手がユージオなら話は別だ。多少消耗していようと勝てる」
安い挑発だが、ユージオには効果覿面。
「貴様ァ! プラエス叔父上の仇ッ!!!」
怒号と共に、ユージオは地を蹴る。
開始の合図を待つことすらしない。
踏み込みは鋭く、迷いがない。
どうやら煽り耐性『0』のようだ。
まぁ立場的に煽られることもないだろうからな。
そんなユージオは木剣を盾へと滑り込ませ、右手を前へ翳すと、疾走しながらそのまま詠唱を開始した。
『雲を割り、空を焦がす雷よ、その刹那の光を我が掌へ。雷光を束ね、万物を穿て――』
青白い魔法文字が宙に刻まれ、【勇者の紋章】も青白く脈動。紫電が右手に絡みつき――
『【雷迅槍】!!」
放たれた雷槍が一直線に奔る――が。
狙いはわずかに逸れ、俺の足元、その一歩手前の地面へと突き刺さった。炸裂する雷光、床片が弾け飛ぶ。
体を動かしながらの詠唱は想像以上に精度を要求される。
普通はその歳でできる技ではない。
ユージオよりも精度の得点が高いステラでさえ【雷迅槍】よりも威力の落ちる【雷槍】を走りながら的に当てるのに苦心しているのだ。
しかし、ユージオの顔には勝ち誇った笑みが浮かんでいた。
なんだ? 中てなくとも唱えられることで満足なのか?
だったら――
俺も左手に木剣を持ちかえ、ユージオから距離を取るように、駆けながら詠唱を開始。
『我に埋みし黒き涙よ、光を飲みこむ槍となりて、敵を穿て――【盲魔ノ毒槍】』
漆黒の槍が静かに生まれ、一直線に奔る。
狙いは頭でも心臓でもない。
左腕――盾だ。
ユージオも盾を構えて衝撃に構え――直撃。
「くっ――!?」
威力に押されながらも、ユージオは膝を折ることなく、歯を食いしばり、その場で耐え切った。やがて、漆黒の槍は盾を貫くことなく霧散する。
普通であれば、盾ごと貫通し、腕に刺さるくらいには十分な威力。
さすが、【勇者の紋章】の加護……と、言ったところか。
「魔法だけは精度が高いようだな。だが……逃げるとは噂通りか? アクィラ魔境伯爵家は、退くことに特化した一族だと聞くが?」
挑発して接近戦に引きずり込みたいのだろう。
距離を詰め、紋章の真価を出すために。
別に俺としては接近戦をしてもいい。
いや、むしろ接近戦の方が得意。
ただ、遠距離でもユージオより長けている自信がある。
だからここは敢えての挑発。
「ここは魔法科だぞ? 接近戦をやりたいんであれば騎士科にでも行けよ」
「な、なんだとッ――!!!」
正論パンチを喰らって何も言い返せなくなるユージオ。
ただ、遠距離のまま削り切ったところで、こいつは何度でも挑んでくるだろう。
敗北を認めぬ目だ。誇りを拗らせた厄介な光。
ならば、今折る。
そう決意し、俺は地を蹴った。
魔力を巡らせ、一直線にユージオとの間合いを潰す。
予想外の踏み込みに、ユージオが一瞬だけ目を見開く。
だがすぐに口角を吊り上げた。
「馬鹿め! この【勇者の紋章】は【剣の紋章】、【盾の紋章】、【雷の紋章】の力を継ぐ至高の紋章! 接近戦こそ、真価を発揮するのだ!」
紋章の力を誇示したいのか、丁寧に効果まで教えてくれるとはな。
だが、それは誇張ということを俺は知っている。
実際は三つの紋章を五割ずつ継承した複合紋章。
万能に見えて、どれも純血には及ばない。
遠距離では、出力の落ちる【雷の紋章】しか活かせない。
だからこそ、純粋な紋章師と渡り合うには、間合いを潰すしかない。
【剣の紋章】と【盾の紋章】――
その二つを同時に活かせる接近戦こそ、ユージオに残された唯一の活路。
だが、この一年でユージオは剣技に魔法文字、さらには魔力制御まで叩き込まれたはずだ。
しかもこの世界で主流は槍。剣を本格的に握り始めたのは最近だろう。
一方で俺は、剣技を六年弱ヨーダに鍛え上げられてきた。
加えて、100%の【盾の紋章】を内包し、今も法衣につけている黄金大盾勲章に反応している。
結果は火を見るよりも明らかだった。
「くっ!? き、貴様!? なぜそんなに太刀筋が鋭い!?」
ユージオの顔に焦燥が走る。
俺の剣を受けるたびに体勢が崩れ、踏み込みが浅くなっていく。
「俺が鋭いんじゃない。お前が鈍いだけだ! 俺の仲間にはな、お前以上に剣を扱える奴が二人いる!」
双子の姿が脳裏をよぎる。
力、技、速度――いずれも現時点ではユージオを上回る。
最近ではその二人を同時に相手取っても引けを取らないのだ。
ユージオ相手に苦戦するわけがない。
力で押し、技で崩し、速度で翻弄する。
ユージオの呼吸が乱れ、足運びが鈍る。
「く、くそっ――! だったら俺の奥義をお見舞いしてやる! 死んでも責任は取らないからな!」
そう言うと、剣戟を繰り広げながらもユージオが詠唱を紡ぐ。
『天を裂く稲光よ、我が刃に宿れ。一閃にて肉を断ち、雷鳴にて魂を震わせよ――』
【勇者の紋章】が灼けるように輝き、紫電を帯びた魔法文字が木剣へと絡みつく。
かなりの魔力を込めている。
まともに喰らったらヤバいかもしれない――
即座にバックステップを踏み、俺も詠唱を重ねる。
『一陣の風よ、刃となりて敵を斬り裂け――』
魔法文字が宙に描かれる。
だが俺には紋章の加護が乗らない。
『【雷ノ斬撃】!!』
『【風斬】!』
紫電を纏う一閃と、疾風を宿す一閃が交差する。
俺の【風斬】は雷刃の威力を減衰させるに留まり、霧散。
削ぎきれなかった紫電が、牙を剥いたまま迫る。
が、予想はできていたこと。
即座に全身へ魔力を巡らせる。
足裏に力を集中させ、紙一重で軌道から身を外す。
雷刃は俺の背後を裂き、アリーナの壁に深く刻まれた。
その光景に、ユージオの口元が吊り上がる。
「どうだ! 見たか!? この【勇者の紋章】の力を!」
確かに威力は高い。
ただ、【雷ノ斬撃】さえ撃たせなければ、光る木剣に過ぎない。
本気で止めるなら簡単だ。詠唱を始めた瞬間、木剣の腹で顔面を打ち据えればいい。だがこういう手合いは、しっかり分からせるべきだ。
「なるほどな。じゃあ次はまともに受けてやる。もう一発こい!」
俺の言葉に、見守っていたセラが思わず口を挟む。
「め、メナト! ユージオ様の【雷ノ斬撃】は、私の【樹ノ槍】よりも威力が上! いくらメナトの魔法でも――」
派閥の敵であるはずの俺を案じるような発言だった。
そんなセラに、俺の背後から元気な声が飛ぶ。
「セラ、大丈夫! お兄ちゃんはそんなちっぽけな魔法、余裕なんだから!」
ルナリアも安心している模様。
だったら期待に応えないとな。
距離を取り、ユージオに詠唱の時間を与える。
同時に、俺も静かに言葉を紡いだ。
『集え、守りの光。我が背に立つ者を抱き護れ。万物も通さぬ壁となれ――
【護界ノ盾】!!』
「「「――っ!?!?!?」」」
その場にいた全員――試験官までもが、目を見開いた。
詠唱を続けていたユージオですら、思わず言葉を止める。
「な、なぜ……お前が【盾の紋章】の専用魔法を……俺ですらまだ唱えられないのに……い、いや……それはただの張りぼてだ! 俺の【雷ノ斬撃】なら――!」
半ば叫びながら詠唱を完遂。
雷光が刃となって奔る。
轟音とともに、青白い斬撃が白く半透明な盾へと叩きつけられた。
――が。
閃光が弾け、雷は霧散する。
盾には、ヒビ一つ入っていない。
「ば、馬鹿な……俺の【雷ノ斬撃】で傷一つつけられないなんて……」
愕然と立ち尽くすユージオ。
ただ、これだけでは終わらせない。俺は即座に【護界ノ盾】を解き、次の詠唱へと移る。
『流れし血は悔恨となり、魂は鉄へと変ず。我に刻まれし咎人の剣よ、顕現せよ――【咎ノ剣】!』
禍々しい剣が顕現し、右手で構える。
拷問するつもりはまったくない。
ステラやルナリアに被害がない限りは……という前提だが。
「もう一度来い。今度は剣でやってやる」
得物は木製のみ――そう定められてはいた。
だが、これは剣であって剣ではない。
魔法によって顕現した刃。
ユージオも異を唱えない。
ただ、激情に燃える瞳で、再び詠唱を叩きつける。
『【雷ノ斬撃】!!』
紫電が刃となり、空気を裂いて迫る。
先ほどよりも荒々しく精度は低いが、その分威力は上。
だが――俺は【咎ノ剣】を軽く薙ぐ。。
深紅の刃が、ただ一閃。
それだけで十分だった。
雷刃は触れた瞬間、まるで罪を断罪されたかのように形を失い、
音もなく霧散する。
またも、愕然と立ち尽くすユージオ。
紋章の輝きが、不安定に明滅している。
「ユージオ、お前が納得するまでいくらでも相手をしてやる」
結果、ユージオの魔力が尽きるまで俺は剣を振るい続け――
やがて足は震え、剣を握る手から力が抜け、その場に膝をつく。
「勝者! メナト!!!」
しかし、ユージオはまだ諦めない。
「ま、まだだ……まだこれからだ……」
敗れても折れず、叩き伏せられてもなお立ち上がろうとする。
それが勇者という生き物なのだろう。
「これから同じクラスとなる。いくらでも受けてやるよ」
軽い気持ちだった。
終わった戦いへの、ただの区切りの言葉。
それ以上の意味はなかった。
――だが。
それが、余計だった。
その日からしばらくの間、毎日ユージオの挑戦を受ける羽目になるとは、
この時の俺は、まだ知る由もなかった。




