第95話 消耗戦
翌日――
魔法科Sクラスの席次戦は、厳重に管理されていた。
観戦を許されたのは関係者のみ。生徒と職員、それ以外は一切立ち入り禁止。
そして、会場に足を踏み入れた俺は思わず職員に訊ねた。
「あの……Sクラスは十人と聞いていたのですが……五人しか、いませんよね?」
そう。この場に立っているのは、俺、ステラ、セラ、ユージオ――そして観戦にルナリア。本来いるはずの残り五名の姿は、どこにもなかった。
その疑問に答えるように、試験官の一人が口を開く。
「うむ。我々の判断で上位四名――メナト、セラ、ステラ、ユージオのみで席次を決定することとした。なお、ルナリアは強く観戦を希望したため、特例としてこれを認めている」
なるほど……これが俗にいう足切りか。
同じSクラスに在籍していながら、戦う資格すら与えられない者がいる。
実力が足りないと、はっきり突きつけられたのだ。
「では、ただちに席次戦を開始する。形式は一対一の魔法戦だ」
そう言って試験官は、アリーナに鎮座する巨大な対の石へと視線を向けた。
「あれは結界晶。魔力を注ぎ込むことで、強固な結界を展開する魔石だ。準備ができ次第我々が魔力を注ぎ込む。相手の結界を先に破壊した者を勝者とする」
結界晶――そんな便利な代物があるのか?
誰もが、同じ疑問を抱いたはずだ。
その空気を察したのか、試験官は続ける。
「名だけ聞けば万能に思えるだろうが、これは極めて重く、可搬性は皆無。起動にも莫大な魔力を要する。戦場に持ち込むなど論外だ。エーテルポーションで魔力を回復し続けなければ起動すらできん。日常使用など夢のまた夢――用途は、こうした席次戦程度に限られる代物だ」
もしこれが携帯可能な大きさで、誰でも扱える代物だったなら、戦争の常識は、とうの昔に根底から書き換えられていただろう。
実戦ではありえないが、実力を測るには最適な舞台装置というわけだ。
「よし、では席次戦を開始する。まずは暫定一位・メナト。対するは暫定四位・ユージオ。この二名の試合から……」
試験官がそう告げた、その瞬間だった。
ユージオが穏やかながらも含みのある声で口を挟む。
「初戦からブロッサム侯爵家とアクィラ魔境伯爵家の対決など……いくら何でも、無粋過ぎませんか?」
「何を言う。ここは家柄など——」
試験官が即座に否定しかけた、その言葉を遮るように別の試験官が口を開いた。
「まぁまぁ……ユージオの言い分にも一理ありますな」
笑みを浮かべながら、視線を巡らせる。
「まずはメナトとセラフィの試合でよいでしょう。暫定一位が最初に戦う方が、試合運びとしても自然ですし……何より、初戦から妹と戦うのは酷というもの」
……なるほど。
どうやら、この試験官はブロッサム侯爵派らしい。セラフィと戦わせて魔力を消耗させ、その後に叩く――そんな算段が透けて見える。
レディーファースト、とはよく言ったものだ。
「念のため確認させてください。仮に僕がセラフィと戦ったあと、休憩を挟んでから次の試合に移る、という理解でよろしいですか? ご存じの通り、魔法戦では詠唱を重ねるほど喉が渇き、集中力も削られます。再度万全の状態で臨むためにも、十分ほどの休憩を挟めるのであれば――その進行案を受け入れます」
職員たちが顔を見合わせる。
ブロッサム派の試験官は明らかに不満げな表情を浮かべていたが、他の試験官たちは理にかなっていると判断したのだろう。
議論は短く、結論は早かった。
結果、俺の提案は押し切る形で通った。
「……メ、メナト。本当に……それでいいの?」
セラが不安を隠しきれない表情で、小さく問いかけてくる。
「ん? セラも、その条件で了承したんじゃないのか?」
「……そ、そうだけど……でも、このやり方は……」
言葉を濁すセラ。
彼女は確かにブロッサム派に属してはいるが、だからといってこの露骨な采配に忌避感を抱いている――そんなところだろう。
「大丈夫だよ。この試験で人生が決まるわけじゃない。それに、負けるつもりはないからね」
「……うん。ワタシも、負けられない」
セラは一度視線を伏せ、そして真っ直ぐに俺を見た。
「それに……申し訳ないけど、メナトの力を知っている分――ワタシが勝つよ」
……俺の力を、知っている?
不意に疑念がよぎる。
プラエスやオフィーリアと、ブロッサム派やカロール派が接触することは不可能なはずだ。
と、ここで思い出す。
そういえば数年前、ブロッサム侯爵の前で、俺は一端を見せていた。
あのとき、魔力量は『100』と答えた。
実際に使ったのは【盲魔ノ毒槍】のみ。【咎ノ剣】に至っては、拷問用の道具としてしか認識されていなかったはずだ。
つまり。セラは、俺の力を理解しているつもりで、誤解している。
「そっか……じゃあ、正々堂々やろう」
「うん……! 恩は別の形で必ず返すから……!」
その言葉に頷き、結界晶の前へと立つ。
次の瞬間、半透明の薄膜が、音もなく俺の正面に展開された。
——これを破壊された時点で敗北、というわけだ。
仕組みは【護界ノ盾】と同じ。
こちら側から魔法を放つ分には干渉せず、一方的に守る結界のようだ。
互いに右手の魔法手袋を外したその刹那、
「——はじめ!!!」
試験官の号令と同時に、セラが一切の逡巡もなく、詠唱へと入る。
『大地に眠る命脈よ、我が声に応じて奔れ。幹を刃とし、槍とし敵を穿て――』
深翠の魔法文字が空間に浮かび上がり、紋章が脈動する。
『【樹ノ槍】!』
対する俺も、即座に応じる。
「吹き荒べ、大気の刃。目に見えぬ槍と成り、敵を穿て――【風槍】!」
【風槍】では、【樹ノ槍】を完全に相殺できない。
それは最初から分かっていた。
狙いは迎撃ではない。
減衰させ、勢いを殺すこと。
いかに魔力を温存するかが、魔法戦の肝。
経験上、【樹ノ槍】の消費魔力は『5』前後だろう。
手の内を見せることなく、消費魔力『1』の【風槍】でやり過ごせれば、それが一番。
空気の槍で樹槍の進行を鈍らせ、距離が詰まった瞬間——
突き出した右手に【魔纏】を集中させ、正面から受け止める。
——だが。
触れた途端、樹槍の表面から無数の枝が生え、絡みつくように伸びてきた。
(なるほど……拘束効果か)
単なる貫通魔法ではない。
相手の行動を封じ、次へ繋げるための設計。
だが、これも所詮は魔法だ。
掌に集中していた魔力を巡らせ、薄膜を張るように右腕へ行き渡らせる。
瞬間、絡みついていた枝は、力を失ったかのように霧散した。
「——う、嘘……!? ワタシの【樹ノ槍】が、こんな簡単に……!?」
動揺を隠せないセラの声。
その背後から、鋭い声が飛ぶ。
「セラフィ! とにかく撃ち続けろ!! 【魔纏】を使うだけでも、メナトの魔力は確実に削れる! 怯むな!!!」
まるで、最初から消耗させるための駒とでも言うような物言いだ。
「……は、はい!」
主従関係にも似た反射的な返答。
セラは歯を食いしばり、ひたすら【樹ノ槍】を放ち続ける。
ならばその思惑、俺には通じないと知らしめるまで!
『我に埋みし黒き涙よ。光を飲みこむ槍となりて、敵を穿て——【盲魔ノ毒槍】!』
漆黒の槍が放たれ、樹槍と正面から衝突する。
威力だけなら、【樹ノ槍】の方が僅かに上。
押されはするが、両者の魔法はその場で同時に霧散した。
それでも、セラは撃ち続けた。
執念のように、【樹ノ槍】を何度も、何度も。
だが、繰り返し対峙するうちに、俺は一つの事実に気づく。
精度が低い。
最初の数発こそ、確かに俺を捉えかねない鋭さがあった。
しかし次第に、槍は逸れ、時に地を抉りそうになる。
「ど、どうして……!? どうしてメナトの魔法は、そんなにも正確なの……!?」
問いかけに答えることなく、俺は淡々と迎撃を続ける。
飛び散る【樹ノ槍】を、寸分の狂いもなく【盲魔ノ毒槍】で撃ち落としていく。
しかも、樹槍の威力は一定ではない。
魔力のムラが如実に表れ、時には俺の毒槍の方が上回る場面すらあった。
——当然だ。
セラが魔力を授かったのは、ほんの一年前。
そこから魔法文字を学び、魔力を感じ取り、制御する訓練を始めたばかりなのだ。
さらに言えば、セラの魔力は有限。
魔力が尽きれば、【魔纏】の訓練すらままならない。
一方で俺たちには、無限に等しいエーテルポーションがある。
魔力が尽きても即回復。
訓練し放題の上に、教官が鬼ということもあって否が応でも精度は上がる。
それでもなお、セラは撃つことをやめなかった。
そこには、希望があった……いや、そこにしか活路を見いだせなかったから。
だからこそ、俺も応える。
【盲魔ノ毒槍】で、一発一発、明後日の方向に飛んでいく魔法ですら確実に撃ち落とし続ける。
そして——
『大地に眠る命脈よ——』
再び詠唱が紡がれる。
だが、魔法文字は浮かぶことはなかった。
「……ま、魔力が……切れた……? で、でも……どうして……? メナトの【盲魔ノ毒槍】だって、消費魔力は決して軽くないはず……ワタシの魔力は『120』……撃ち続けていれば、魔力量の差で……勝てるはずだったのに……」
言葉を絞り出すように呟き、セラはその場に崩れ落ちた。
「……セラ。君が聞かされていた以上に、僕の魔力量が多かった。それだけだよ。これで終わりにしたい。少しどいてもらえるかな?」
促すと、セラは呆然と脇へ退いた。
俺は【盲魔ノ毒槍】を放つ。
漆黒の槍は、結界晶が展開する半透明の膜へと直撃すると、膜には大きな亀裂が走るが、完全には砕けない。
【護界ノ盾】と比べれば、強度はかなり低い。
一撃でここまで削れるのであれば、【風槍】で十分だ。
続けて放った【風槍】が、亀裂に吸い込まれるように突き刺さり――
結界は、音もなく砕け散った。
そして、試験官の声が響く。
「――勝者! メナト!」
その宣告と同時に、背後から弾むような声が飛んできた。
「やったね! お兄ちゃん!!!」
「……まあ、当然ね。おめでとう」
勢いよく抱きついてくるステラと、少し距離を保ったまま微笑むルナリア。
その対照的な反応が、どこか心地よかった。
「ありがとう。セラの魔法は威力だけじゃなく、拘束効果まで備えていた。自信を持つのも無理はないよ」
そう言いながら、ステラが預かってくれていた瓢箪瓶を受け取り、栓を抜いて一息に喉へ流し込む。
瞬く間に、体内の魔力が満ちていく感覚。
この中身に、ユージオは気づいていないだろう。
もし分かっていれば、最初から飲ませる判断などしなかったはずだ。
当のユージオは、敗北したセラに労いの言葉をかけている。
その横顔を見る限り、セラの表情は不思議と清々しかった。
「でもさ、わざわざ【盲魔ノ毒槍】で撃ち落とさなくても、ずっと【風槍】でも良かったんじゃない?」
「セラにも、ブロッサム派の中での立場というものがあるだろうしね。ここで完封でもされたりしたら、後でどのような罰が下されるかわからないだろう?」
同胞を人間に殺されたセラは、十分に苦しんだ。
俺が配慮できることはしてやりたい。例えブロッサム侯爵派だとしても。
そのことを思い、名残惜しくもステラの温もりから身を離すと、今度は俺の方から試験官へ歩み寄った。
「僕はもう問題ないので、ユージオとの試合を進めてもらえますか?」
「日を改めても構わんのだぞ?」
「いえ……今で大丈夫です」
そのやり取りを背に、敗れたセラに労いの言葉をかけていたユージオが、こちらへ歩み出る。
「先生、一つ提案があります」
「提案、だと?」
「はい。俺の紋章は、魔法だけに作用するものではありません。ですから、すべての実力をぶつけ合いたい。決闘形式――接近戦込みでの勝負を、許可していただけませんか?」
……やはり、か。
ルナリアから聞いた【勇者の紋章】。
もし伝承通りの力を持つのなら、この展開はむしろ必然だろう。
接近戦になれば、ユージオにとって有利に働く。
だが――それは、俺にとっても同じだ。
「先生。僕も、その提案を受けたいです」
一瞬の沈黙。
試験官は俺とユージオを見比べ、やがて深く息を吐いた。
「……分かった。ただし、獲物は木製に限ること。命に関わる事態は、決して許可せん」
こうして――
俺とユージオ。
席次戦という名を借りた決闘が幕を開けた。




