第94話 伝説の紋章
三週間後——
「お兄ちゃんの暫定一位を祝して!」
「それと明日の席次戦の健闘を祈って!」
「「「かんぱぁ~い!!!」」」
リーガルの街にある食事処。
そこで【曙光の鷹】の面々は、それぞれグラスを掲げた。
ルナリアだけが酒精入りの琥珀色を揺らし、他の皆は果実水で喉を潤す。
一口含み、グラスを置いたルナリアが最初に口を開いた。
「今年は、過去に例を見ないほど優秀な生徒が集まったそうよ。魔法科Sクラスは全員が紋章師。しかも、紋章を授かったにもかかわらず、Sクラスから漏れた人までいるらしいわ。紋章と魔力、その両方を授かっていれば、これまでは確実にSクラスだった。職員たちも、そう口を揃えていたわ」
ルナリアの説明に、双子とペッパが誇らしげに続く。
「その中でメナトが一位だってんだから、俺たちも鼻が高いよ」
「メナトが魔法科で一位なら、俺たちも騎士科で一位を目指さないとな」
「僕も……みんなに負けないように、精一杯頑張るよ!」
正直なところ、俺自身もほっとしていた。
歴代最高得点を叩き出したとはいえ、絶対の自信があったわけじゃない。
セラの魔法は、間違いなく脅威だったからだ。
「でもね、二位のセラも歴代でも上位だったの。魔力量『100』点。威力『92』点。精度『45』点。合計『238』点――文句なしの規格外ね」
威力だけを見れば、セラの方が上だった。
もっとも、俺は使える中での最強ではなかったのだが……。
しかし、それはセラにも言えることかもしれない。
だからここはお互い様。
そう思っていると、隣のステラが悔しがる。
「私も、もう少しで二位だったんだけどなぁ……次はセラに負けないよう、もっと頑張る!」
拳を握って意気込むステラは、魔力量『100』点、威力『66』点、精度『70』点。
合計『236』点で、堂々の第三位だった。
「ってことは……ユージオが第四位か?」
「そうよ。魔力量『100』点、威力『80』点、精度『46』点。合計『226』点。例年なら、間違いなく主席を取っていた成績ね」
「なるほど……でも、上位四人が揃って魔力量『100』超えじゃ、正直な実力差は分からないな」
俺の率直な感想に、ルナリアは小さく頷く。
「ええ。でもこれは席次を決めるための試験じゃなくて、あくまで簡易テスト。本当の実力は、実技の席次戦で初めて明らかになるわ。それでも、最初にこういう指標がないと危険でしょ? 間違っても、メナトを一般魔法師と模擬戦させるなんて判断をされないためにもね」
……それは確かに。
ちなみに、ルナリア自身は真面目に受けた場合、成績は五位相当らしい。
ただし、彼女にはそもそも席次が与えられないという方針がある。
理由は明確だった。
魔力量『82』点、威力『53』点、精度『75』点。
合計『210』点と、成績自体は十分に優秀。
だが、ヘロス王の子供たちが、必ずしも全員同じ水準の才能を持っているとは限らない。そして彼らは、いずれ王となる可能性を秘めた存在でもある。
そのため王家の子供たちは、魔法科や騎士科のSクラスに在籍こそすれど、能力が数値として明確に分かる試験は、一切受けさせない方針が取られている。
もしここでルナリアだけが試験を受けてしまえば、なぜ他の王子・王女は受けないのか? という疑問が必ず生じる。
それを避けるためだ。
この取り決めは長年続いてきた慣例であり、今さら一人だけ例外を作ることは、できなかった。
「で? イヴァンとエヴァン、あっちの方はどうなの?」
話題を双子の個人的な事情へと振る。
「うーん……それがなかなか運命の人って見つからなくて……」
「この人いいなって思っても……そういう人には相手がいるし……」
二人は顔を見合わせ、同時にため息をついた。
あっちの方――つまり、結婚相手の話だ。
テビリスには女性どころか、人そのものが少ない。
学校に何をしに来ているんだ、と思う者もいるかもしれないが、テビリスにおいてはこれは冗談ではなく、かなり切実な問題だった。
「へぇ……いいなって思う人いるんだぁ? 誰?」
ルナリアが、興味津々といった様子で身を乗り出す。
「そ、それは……まぁ……」
「べ、別に関係ないだろ……」
途端に歯切れが悪くなる双子。
「私は知ってるよ。セラでしょ?」
「「うっ……」」
見事に図星だったらしい。
「そ、そうだよ。セラフィはいいなぁって話をしていたんだよ」
「ステラとルーナはメナトだろ? セラフィはユージオって噂を聞くし」
実は、この双子とは恋愛の話をちょこちょこする。
俺はもうすぐ十二歳、双子は二カ月後には十三歳。
日本で言えば、俺は来年の四月で中学一年生で、双子は厨二。
思春期真っ盛りなのである。
ちなみに、この二人が最初に好きになったのはアイシャだったというから驚きだ。その次がルナリア、最近では成長が追いついてきたステラ。
俺が言うのもあれだが、趣味は非常にいいと思う。
一方で、ペッパには結婚願望がないらしい。
ホークとアイシャからは、「いい女性がいたら、さりげなく紹介してあげてほしい」と頼まれているが、余計なお世話をするつもりは、今のところない。
「実際、セラとユージオってどうなんだろう……恋人や婚約関係なのかな?」
ステラが、純粋な好奇心をにじませながら二人の関係に首をかしげる。
「女子寮でセラと会ったり、話したりはしないの?」
「うーん……あの日以来、二人きりで話すことはできてないんだぁ……セラの周りには、ブロッサム侯爵派っぽい女の子たちがたくさんいて……同じ学年だけじゃなくて、上級生にも結構いるの。セラが話しかけようとしてくれても、周りがさっと割って入ってくる感じで……」
なるほどな、と内心で頷く。
ブロッサム侯爵派――間違いなく、この学園でも最大の派閥だ。
「囲い込み、相当えげつないぞ?」
イヴァンが肩をすくめる。
「まだ学校も始まってないのに、騎士科の棟に上級生が来てさ」
「『将来は王宮騎士団に入れる』とか『今から名前を覚えてもらえる』とか、熱心に勧誘してるんだよ」
それは魔法科の棟でも同じだ。
有望株は、早いうちに押さえる――青田買いのようなものだ。
「二人は、勧誘されてないの?」
ルナリアが問いかけると、双子は顔を見合わせ、即座に答えた。
「毎日されてるよ」
「乗り換えれば騎士爵は確実だ、とか」
「準男爵、運が良ければ名誉男爵まで狙えるってさ」
まるで安売りの文句みたいだな、と思ったが、双子は鼻で笑った。
「でもさ、そんな居心地の悪いところ、俺たちはごめんだ」
「そうそう。【曙光の鷹】みたいにさ、みんなが家族って感じの場所の方がいい」
……こう言ってもらえると、正直、胸が温かくなる。
ホークの息子としても、【曙光の鷹】の一員としても。
派閥も地位も大事だ。
だが、それ以上に――背中を預けられる仲間がいるかどうか。
この学園で、それを失うつもりはない。
すると今度はイヴァンたちが、俺に話を振ってきた。
「でさ? 明日の席次戦、どうなんだ?」
「【曙光の鷹】のエースとして頑張ってくれよ!」
「当然、勝つつもりだよ。でも、どうやって競うのか分からなくてさ。ルーナは知ってる?」
「毎回変わるって話だから、その時にならないと分からないの」
試験内容が変わるのか……と、驚いていると、ルナリアが「でもね」と続ける。
「ユージオの紋章の話を聞いたわ」
「誰に?」
「職員や、生徒たちによ。きっとメナトの紋章のことも筒抜けね」
皆の前で魔法を放った以上、無理もない。
もっとも、俺が見せたのは【追憶の紋章】の、ほんの一端に過ぎない。
だから致命的な問題ではない。
「それで? ユージオの紋章はどういう紋章なの?」
「それが……この国を興した、私の祖先と同じ伝説の紋章を授かったんだって」
自然と、全員の視線がルナリアへと集まった。
「――【勇者の紋章】よ」




