第92話 ユージオ
「お、お兄ちゃん……? ほっぺ、どうしたの?」
「メナト? その隣の子は……だぁれ?」
セラと並んで待ち合わせ場所である正門へ戻ると、真っ先に駆け寄ってきたのは、心配そうな表情のステラ。
その背後で、セラを一瞥しつつ、顔に青筋を浮かべたルナリアが出迎えてくれた。
「え、えっと……この子が男たちに攫われそうになってたから、助けたんだけど……」
まだじんじんと痛む頬をさすりながら答える。
すると、ステラを視界に捉えたセラが、ぱっと顔を輝かせた。
「ステラ!? 目、見えるようになったの……?」
考えてみれば、セラはステラの目が見えないときに会っていたんだ。
ただ、セラはステラが返事をする前に矢継ぎ早に質問を投げかける。
「ワタシのこと、覚えてる!?」
すると、ステラは大きな瞳を瞬かせながら、
「あー!!! セラだぁ! やっぱりとっても可愛い!!!」
なんと声と雰囲気だけで見分けたのだ。
しかも、やっぱりって……。
もしかして、ステラは目が見えていないときから、セラが女の子と知っていた!?
「ステラもだよ! 女らしくなって、すっごく可愛い!」
次の瞬間、二人は疑いもなく笑顔で抱き合っていた。
「ちょっと? メナト? その子、誰? ステラと仲が良さそうだけど?」
「え? ああ……セラフィって言ってさ。僕たちがまだラージャンに暮らしていたころ、帝国に襲われていたところを、たまたま助けたんだ」
「ふーん……」
ルナリアは感情の読めない声で相槌を打つと、すっと視線を上げる。
「それで? どうしてメナトのほっぺには、くっきり手形が残っているのかしら?」
「え、と……それは……」
言葉が詰まる。
抱きつき、違和感を覚えて、確かめようとして……なんて説明できるわけがない。
「まさか、またスカートの中に……なんてことはないわよね?」
じり、と一歩近づいてくるルナリア。
その背後では、ステラとセラが楽しそうに昔話で盛り上がっている。
助けたはずなのに、なぜか俺だけが追い詰められているのは気のせいだろうか。
「……誤解だ。本当に誤解だからな?」
仕方なく……本当に仕方なく、事情を一通り説明すると、ルナリアは頭を抱え、深々とため息をついた。
「メナト……あなた、私のスカートの中に顔を突っ込んだり、こんな可愛い子に無遠慮に触れたり……もしかしなくても、本物の変態さんだったのね……」
「ち、違う! あれは不可抗力だ!」
必死に弁明する俺をよそに、ステラだけは味方でいてくれた。
「しょうがないよ。だってお兄ちゃん、セラと別れたあとに言ってたもん。セラはきっと、すごくカッコよくなるって」
「え? 本当にワタシのこと、男の子だと思ってたの?」
「当然だろ? 僕より髪も短かったし、一人称はボクだったし。あれで女の子だなんて思わないって」
すると、セラはくすりと笑う。
「そっかそっか……妖精族の女の子はね、攫われて愛玩奴隷として高値で売られてしまうことがあるんだ。だから、男の子みたいな格好をして、話し方もそれっぽくするの。身を守るためにね」
そんな事情があるなんて、俺が知るはずもない。
……ともあれ。
大きな誤解は解けたようで、ひとまず胸を撫で下ろした。
すると、セラがすっとルナリアの前に進み、背筋を伸ばした。
「初めまして。私はトゥルオ名誉男爵家、長女のセラフィと申します」
ややぎこちないながらも、丁寧なカーテシーを披露する。
その所作には、努力の跡が滲んでいた。
対するルナリアは、洗練された動きで本場のカーテシーを返す。
「初めまして。ヘロス王国第三王女、ルナリア・ヘロスよ。よろしくね」
その名を聞いた瞬間、セラの表情が固まった。
「え、えっ!? 第三王女って……ほ、本物、ですか?」
「ええ。信じられないなら、職員に訊いてみるといいわ」
「し、失礼いたしました! まさか王女殿下とは思わず――」
慌てて平伏しようとしたセラを、すかさずステラが抱き止める。
「学校ではいいんだって。そんなにかしこまらなくて大丈夫だよ。じゃなきゃ、私たちだって同じようにしなきゃいけなくなるんだから」
「そ、そうかもしれないけど……」
戸惑うセラに、ステラはにっこりと笑いかける。
「それにね、お父さんも貴族になったんだよ? アクィラ家って知ってる?」
「えっ……ホークさんも!? し、知らなかった……お父さんとお母さんはずっと叙爵のために頑張ってて、南の戦線で戦っていたから……」
戦場の最前線にいる者に、都の政治事情が届くことは少ない。
叙爵の報せも、きっとまだ伝わっていないのだろう。
それぞれが、それぞれの場所で必死に生きていた——ただ、それだけのことだ。
と、そのとき。
一人の男が、セラの名を呼びながら足早に近づいてきた。
「セラフィ! 一体どこへ行っていたんだ!?」
その声を耳にした瞬間、
男の顔を認めたルナリアの表情が、はっきりと曇る。
「ユージオ様……散策に出ておりましたところ、賊に襲われまして……その際、こちらの方に助けていただいたのです」
「本当か!?」
男は安堵したように息を吐き、すぐさま俺へと向き直る。
「君、セラフィに代わって礼を言おう。俺はブロッサム侯爵家のユージオだ。今年からこの学校に通うことになっていて——」
だが、その視線が俺の顔から、胸元に下げた徽章へと移った瞬間。
穏やかだった表情が、露骨に凍りついた。
「……お、お前は……まさか……」
明らかに、敵を見る目だ。
俺自身には、ユージオに対して特別な感情はない。
だが、ブロッサム侯爵家の人間からすれば話は別だろう。
アクィラ魔境伯爵家。
どう考えても、相容れぬ――自らの家を脅かす存在だ。
「初めまして」
俺は一歩前に出て、礼を尽くし、静かに頭を下げる。
「アクィラ魔境伯爵家嫡男、メナト・アクィラと申します」
この名を名乗る以上、避けては通れない空気があることくらい分かっている。
そのときだった。
頭を下げていた俺の額に、何か軽いものが当たる。
視線を伏せたままでいると、それは音もなく、足元へと落ちてきた。
——魔法手袋。
つい先ほどまで、ユージオが身につけていたものだ。
ゆっくりと顔を上げる。
そこにあったのは、憎悪を隠そうともせず睨みつけてくるユージオの表情と、何が起きたのか理解できず、目を見開いたままのセラの困惑した顔だった――
間違えて推敲中のものまで上げちゃいましたw
明日投稿はなしなのであしからず、、、
また、内容を変えるかもしれないのでそのときは次話の前書きで変えます
追記
ステラとセラの再会シーンを変更しました
(ラージャンにいたときは、まだステラの目が見えていなかったので)




