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第91話 再会……からの

「くっくっく……やっぱり妖精族エルフの女は別格だな。噂通りのべっぴんだ」

「悪いが、お前はちょっと邪魔でな。数年ほど退場してもらわないと困るんだ」

妖精族エルフの女は非常に高く売れる。これで俺たち一生遊んで暮らせるぜ」


 男たちは下卑た笑みを浮かべ、舌なめずりしながら少女を取り囲む。

 その手には剣や棍棒といった得物が握られ、逃げ道は完全に塞がれていた。

 まるで獲物を追い詰める獣の群れ。


「抵抗するなよ? 手元が狂って殺しちまうかもしれねぇ。大人しく捕まってくれた方が、身のためだぜ?」


 だが、少女は右手に嵌めた魔法手袋を地面へと叩きつけ、即座に詠唱へ入る。


『大地に眠る命脈よ。我が声に応じて奔れ。幹を――』


 深い翠色の魔法文字リテラ・マジカルが少女の身体を包むように浮かび上がり、右手の甲の紋章が呼応するかのように脈打つ。


 だが、男たちがそれを黙って見過ごすはずもなかった。


「やらせるかよ!」


 合図もなく男たちは四方に散り、一斉に襲いかかる。

 この距離では、詠唱を完遂するのは不可能だ。


 それでも少女は詠唱をやめない。

 道連れにする覚悟か。それとも、奇跡を信じているのか。


 気づけば、俺は動いていた。


 背負っていた鞘から剣を抜き放ち、魔力を全身に巡らせる。

 地を蹴り、跳躍——


 男の凶刃が少女に届く、その寸前。

 俺は二人の間に割って入り、左手に握った剣を一閃——

 一人の男が振るった剣を、弾き飛ばした。


「――っ!? 誰だ!? お前はッ!?」


 男は目を見開き、信じられないものを見るように俺を睨みつける。

 名乗るまでもない——そう思った、そのときだった。


「め、メナト……?」


 背後から聞こえたか細い声に、思わず振り返る。

 そこに立っていたのは、間違いなく妖精族エルフの美少女だった。


 なぜ、俺の名前を?

 そう疑問に思ったが、どうやら俺を知っていたのは彼女だけではなかったらしい。


「赤銅盾勲章を身につけてるぞ!」

「こいつは——メナトだ!」


 なるほど。

 この子も俺の胸に光る赤銅盾勲章を見てそう思ったのか。


 この勲章は、ヘルマー伯爵家が褒賞としてのみ授与している特注品だ。

 格だけで言えば、これより上位の勲章はいくらでもある。だが、その希少性においては、こちらの方が圧倒的に上だ。


 だから俺と判断したのか。


「君、まだ戦える?」


 視線を前に据えたまま、背後の少女に問いかける。


「き、君って……メナト、ワタシのこと――」


 詠唱を止めた少女が言い切るより早く、視界の端が異変を捉えた。

 ――建物の屋根の上。そこに、魔法文字が浮かび上がっている。


 チッ……囲まれているのか!


「上だ! 屋根の上にもいる! いいか、君はとにかく逃げろ! 生き延びることを最優先に考えろ!」


 ウィンさえいれば索敵はもっと楽だったはずだ。

 こんな場面になると、ホークの偉大さを痛感する。


 次の瞬間、少女を狙って放たれた魔法が迫る。

 俺は迷わず剣を振るい、迎え撃った。


「馬鹿が! 【風槍ヴェント】を剣で払うだと? そんな真似ができるのは、限られた者のみ! 死に晒せ!」


 正面の男が嘲笑を浮かべた、その瞬間――

 甲高い音とともに、風の槍を斬り伏せた。


「ば、馬鹿な!? 剣で魔法を斬っただと!?」


 当然だ。

 俺がこれまで、どれだけヨーダに扱き倒されてきたと思っている。


 魔力を全身に巡らせ、さらに黄金大盾勲章を身に着けていれば、なにも【咎ノ剣(ブレード・ギルト)】でなくともいい。

 魔法師が放つ程度の【風槍ヴェント】なら、斬れない道理はなかった。


 その瞬間、逃げろと命じたはずの少女が、背後で再び詠唱を始める。


『大地に眠る命脈よ、我が声に応じて奔れ。幹を刃とし、槍とし敵を穿て――』


 初めて耳にする詠唱。

 少女の紋章は確かに呼応し、深い翠の魔法文字が次々と宙に刻まれていく。

 やがてそれらは、右手一点へと収束し——


『【樹ノ槍(アルボル・ランス)】!!』


 魔法が完成した刹那――

 大木が槍を成し、一人の男の体を目掛けて放たれる。


 男は、俺の動きを真似るかのように剣を振るい、魔法を斬り払おうとする。

 ——だが。


「ぐはっ――!!!」


 剣は無残に折れ、樹の槍はそのまま男の身体を貫通し、背後の建物の壁に深々と突き刺さった。


 ……なかなかの威力だ。

 アイシャの【氷槍グラキア】以上、【氷迅槍グリシア】に近い。

 俺の【盲魔ノ毒槍スピクルム・トクシクム】や【痺魔ノ毒槍スピクルム・スタンピラ】より、純粋な破壊力だけならやや上か。


「くそっ……! ここは撤退だ!」

「メナトめ……ブロッサム派につきやがって!」


 建物の上から、苛立ち混じりの怒号が飛ぶ。

 指示と同時に、男たちは散り始めた。


 見逃してやるほど甘くはない!

 と、思ったが、別の建物の屋根に、再び魔法文字が浮かび上がるのが見えた。


 ……まだいるのか。


 これ以上の交戦は得策じゃない。

 ここは、俺たちも撤退を最優先にする。


「君! ちょっとごめん! スカートを押さえててくれ!」


 返事を待つ余裕はなかった。

 俺は少女をひょいと抱き上げ——お姫様抱っこのまま、魔力を全身に巡らせる。


 地面を蹴り、大通りへと駆け出した。




「ふぅ……大丈夫だった?」


 少女を地面に下ろすと、振り落とされまいと俺の首に腕を回していた彼女は、はっとしたように身を離した。

 特徴的な長い耳が、真っ赤に染まって小刻みにぴくぴくと動いている。


「あ、ありがとう……」


「どういたしまして。僕、これから待ち合わせで学校の正門に行かなきゃいけないんだけど、一緒に来る? また襲われたら、助けた意味がなくなるし……それに、その制服。ヘロス王立学校の生徒だよね?」


「あ、いや……メナト? ワタシのこと覚えてないの?」


 え? 

 面識、あったか?


 これだけ目を引く美少女だ。見たことがあれば忘れるはずがない。

 それに、知っている妖精族エルフといえば……。


「ぼ、僕と君って知り合いだった? 人違いじゃないかな……?」


 その瞬間だった。

 少女の表情が、はっきりと強張る。

 大きな瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていった。


「あっ、ちが……ご、ごめん! でも! 君みたいに綺麗な人を忘れるはずないし! それに、妖精族エルフで知ってる人なんて三人しかいないんだ!」


「その三人の名前は……?」


「セラ――セラフィと……」


 オーベとフェイ。

 そう続けようとした、その瞬間――


「覚えてくれてるじゃん!」


 ぱっと、少女の顔が花開いたように明るくなる。


「ワタシ、セラだよ!」


「……え?」


 思考が一瞬、止まった。

 脳裏に浮かぶのは俺より短い髪をした、整った顔立ちの美少年で、一人称はボク。

 ――目の前の少女と、どう考えても一致しない。


「セラって……オーベさんとフェイさんの子の?」


「そう! メナトに助けてもらった、妖精族エルフ!」


 嘘だろ?

 

「……僕の妹の名前、覚えてる?」


「忘れるわけないよ! ワタシが一番辛かったとき、ずっと励ましてくれた――ステラでしょ!」


「じゃあ……僕とステラと、一緒に寝たことは?」


「もちろん! あの時は本当に緊張したんだから!」


 間違いない。

 記憶が一つ、また一つと繋がっていく。


 あのときの、少し線の細い少年が、時を経てここまで目を奪われるほどに変身するなんて。


 ……男だと知らなければ、心臓を撃ち抜かれていたかもしれない。

 女装しているのは趣味か……特別な事情でもあるのかも。

 そんな俺の内心などお構いなしに、セラは勢いよく抱きついてくる。


「メナト! 会いたかった!」


 俺も、ずっと気になっていた。

 最初にできた友達だったから。


「セラ……お前、本当に変わったな」


 そう言って、俺は迎えるように腕を広げた。

 ——が、次の瞬間、はっきりとした違和感を覚える。


 胸に当たる、この感触。

 ……妙に、柔らかい。


 ステラも魔力を授かり【魔纏】の訓練を始めてから、ようやく同年代の子と同じくらいの成長を遂げた。

 だが、それと比べても——今、腕の中で感じる存在感は、明らかにそれ以上だ。


 ……いや、さすがにおかしいだろ。


 パッドでも仕込んでいるのか?

 そんな考えが頭をよぎり、思わず確かめるように手を伸ばした、その瞬間——


「――ッ!? め、メナト!?」


 ……え?


 パッド、じゃない……?


 次の瞬間、乾いた音とともに視界が揺れた。

 一瞬、星が散り、頬にはじんじんと熱を帯びた手形が残る。


 ——どうやら、完全にやらかしたらしい。

 五年間、俺はずっとセラを男の子だと思っていたが、

 女の子だったようだ。

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