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第90話 学術都市リーガル

「うわぁ……歴史を感じる街並みだねぇ……」


「うん、同じような形の建物がたくさん並んでて迷子になりそう……」


「ステラ? 私についてきてね?」


 門兵による検問を抜けると、目の前には石造りの街並みが広がっていた。

 灰色の石壁はところどころ風雨に削られ、苔や蔦が静かに絡みついている。どの建物も背が高く、石畳の道を挟んで肩を寄せ合うように立ち並んでいた。


 ここが学術都市リーガル。


 通りを行き交う人々は、どこか統一感のある装いをしている。外套に施された特徴的な意匠の制服――それがヘロス王立学校のものだと分かるのに、時間はかからなかった。


「人は多いけど……これって、もしかして全員学生?」


「ええ、そうよ。今のリーガルは、世界中から学生が集まる学術都市だもの。かつては魔法大国オーロラがその中心だったけれど、滅んでからは、ここか自由都市リバルティの学校に優秀な人材が集中するようになったわ」


 ルナリアは歩調を緩めることなく、淡々と説明を続ける。


「特に最近は、エーテルポーションや氷晶石の交易で莫大な利益を上げているヘロス王国に、将来性を見出す人が増えているみたい。倍率はどの学科も跳ね上がっているって、お父様から聞いたわ」


 なるほど。

 入学するだけでも、一苦労というわけか。


 ちなみに王女であるルナリアは、当然ながら入学試験も入学費も、さらには学費まですべて免除されている。

 俺もまた、論功行賞式典の場で、同様にすべて免除することを約束されていた。


 一方で、紋章を宿すステラ、イヴァン、エヴァン、そしてペッパは、試験こそ免除されているものの、入学費と学費は通常通り必要となる。


 入学費は金貨五十枚。学費も年に金貨五十枚だ。

 寮費や食費込みとはいえ、一般家庭はもちろん、下級貴族であっても即決するには悩む額である。


 それでもなお、志願者が後を絶たない理由は明白だった。

 ――将来を左右する人脈を築けるからだ。


 この学び舎の中では、すでにブロッサム侯爵派やカロール伯爵派といった派閥が形成されつつあり、ここでの立ち位置が、その後の人生を大きく左右するのだ。


 前を歩く双子とペッパの三人に足並みを合わせ、俺たちはヘロス王立学校の正門へと向かう。

 そして、そこで目に飛び込んできた光景に、思わず足を止めた。


 ――長蛇の列。

 正門の前には、ざっと見積もっても百人近い者たちが並んでいる。


「もしかして……この行列って……?」


「そう。受験生よ。一般入試は、もう始まっているの」


「入試って、決められた日にまとめてやるものじゃないのか?」


「昔はそうだったわ。でも志願者が増えすぎて、今では二、三日では捌ききれなくなったの。だから、学科ごとに時期をずらして受け付けているのよ。人気の高い魔法科や騎士科なんて、もうとっくに始まっているわね」


 とんでもない人気だな……。

 学科が分かれていること自体は、もちろん知っていた。


 俺とステラ、ルナリアは魔法科。

 イヴァンとエヴァンは騎士科。

 そして、ペッパは執事科だ。


 ――だが、まだ俺の知らないこともあった。


「学科ごとに、寮も校舎も違うのよ。それに、魔法科と騎士科、普通科はクラス数も多いわ」


「へぇ……魔法科にもクラス分けがあるのか。二人と同じクラスだったら、嬉しいんだけどね」


「大丈夫よ。私たち紋章師は、最上位クラス――Sクラスだから」


「Sクラス?」


「ええ。紋章師や、明らかに魔力量が多い者が、魔力の低い者と訓練すると、危険でしょう? 最悪、命に関わるわ。だから実力ごとにクラス分けがされているの。Sクラスには、席次もあるしね。魔法科と同様に騎士科にも席次はあるのよ」


 席次、か……。

 要するに、切磋琢磨しろということだ。


 ――だったら、目指すのは一位しかないな。


 そんなことを考えているうちに、俺たちは正門へと到着した。

 並んでいる受験生たちの脇を通り抜け、門番――いや、受付の職員に声をかける。


「すみません。来月から入学予定なのですが、本日から入寮したいのですが……」


 身分照会は必要なかった。

 何せ、俺の右胸には三つの徽章――黄金大盾勲章、白銀十字勲章、赤銅盾勲章が並んでいるからだ。

 この歳で受勲している人物なんて俺以外いないはずだからな。


 それを一目認めた職員は、まずルナリアへ敬意を示すように深く頭を下げた。


「ルナリア王女殿下で、いらっしゃいますね?」


「ええ、そうよ」


「王女殿下も、本日より入寮なさいますか?」


「ええ。彼らと一緒に入寮するつもりよ」


「左様でございますか」


 職員は一度姿勢を正すと、改めて俺たち全員へ向き直った。


「では、皆様に最初にご説明申し上げます。王女殿下、ならびに魔境伯嫡男メナト様、そしてご同行の皆様。お噂はかねがね伺っておりますが、一歩学内に足を踏み入れた時点で、皆様は学生となります。教職員はおりますが、身分に応じた敬語や特別な対応は一切いたしません。まずはその点をご理解・ご了承いただきたいのです」


 ――当然だ。

 ここが崩れてしまえば、教師たちは身分を気にして萎縮しながら教えることになる。それは忖度の温床にもなりかねない。


「はい、分かっています」


 俺がそう答えると、職員は合図を送り、新たに四名の職員が駆け寄ってきた。


「では、これから皆様をそれぞれの寮へご案内いたします。学内は非常に広く、寮同士の移動にもかなり時間がかかります。もし、この後に合流の予定があるのでしたら、今のうちに打ち合わせておくことをお勧めいたします」


 まあ、ひとまず荷物を置いて、改めてここに集合すればいいだけだ。


「じゃあ、三十分後くらいに、ここで集合でいいかな? 学校内をみんなで散策しよう」


 俺がそう提案すると、ルナリアは即座に首を振った。


「三十分? 早すぎるわよ。二時間後ね」


「二時間も!? 何をするの?」


「制服に着替えたりするでしょう? それに、女の子にはいろいろあるの……それとも、着替えを手伝ってくれる?」


 そう言われてしまっては、何も言い返せない。

 ……まあ、全員が揃うまで、適当に時間を潰せばいいか。


 職員に案内され、俺は魔法科の男子寮へと向かった。

 ちなみに入学前、ステラはどうにかして俺と同室になれないかと、かなり我儘を言って聞かなかった。


 まぁ当然却下されたんだけどね。


 しかし、俺との同室は却下されたものの、ルナリアとの同室は認められた。

 そのため、二人はこれから同じ部屋で生活することになる。


 いくつもの建物を通り過ぎ、俺が案内された部屋は学園内でも一、二を争うほどの広さがあるらしく、ステラとルナリアも、ほぼ同じ広さの部屋で過ごすという。


 LDKで六十平米、その他で四十平米といった感じで家具は備え付け。

 テーブルの上には制服が用意されていた。

 それは、これまで街中ですれ違ってきた生徒たちのものとは、趣が違っていた。


 街で見かけた生徒たちが羽織っていたのは、フードのない外套だ。だが、俺の部屋に用意されていたのは、白を基調とした、フード付きの法衣だった。

 その内側にはダークグレーで統一されたブレザー型の制服が揃えられている。


 学科による違いなのか、それともクラスごとの差なのか。

 理由は分からないが、フード付きの方が良かったので、俺としては嬉しい限り。


 徽章を法衣に付け替え、着替えを済ませる。

 念のため、出発前にヨーダからもらった剣を背負う。


 この剣は免許皆伝の証だ。

 すべての剣技を教わったわけではないが、ある程度は認めてくれ、ヨーダが目利きした業物を授けれてくれたのだ。


 出番はなくとも、何かあったときの抑止力にはなるからな。


 学校の風景を見ながら、先ほどの集合場所へ戻ってみたものの、そこにはまだ皆の姿はなかった。

 しばらく待つという選択肢もある。

 だが、最悪の場合、あと一時間半は足止めを食らうことになる。


 それならいっそ街に繰り出そう。

 そう思い、ひとまず外へ出て散策を始めた。

 ステラが喜びそうなものはないだろうか、と店先を覗きながら歩く。今度、二人で改めて探しに来るのも悪くない。


 いくつかの店を巡り、そろそろ集合地点へ戻ろうかと考え始めた、そのときだった――


「ワタシに近寄らないで! 来たら、容赦しないから!」


 切羽詰まった、少女の叫び声が響いた。

 明らかに尋常ではない。声は路地から聞こえたが、この辺りに人影はない。


 ……事件か?


 嫌な予感を胸に、声のした方へ駆け出す。

 目に飛び込んできたのは、四人の男に取り囲まれた、一人の少女。

 少女はヘロス王立学校の制服と思われるものを身に纏っていた。


 歳は俺と同じくらいで、控えめに言って美少女。

 ただ、少女には明らかに人とは異なる身体的特徴があった。


 腰まで伸びた白銀の髪。

 その隙間から覗く耳は長く、人のそれよりも鋭く尖っていたのだった。


 それは、かつてラージャンで共に過ごした少年と同じような耳の形だった――

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