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第89話 門出

 一年後――


「アクィラ子爵は、逆臣ハラデル、プラエル両名による卑劣な罠から、ルナリア王女殿下を救出し、両名を捕縛した! さらに、ヘロス王国の発展に尽力し、多大な利益をもたらした功績を認め、ここにアクィラ子爵を魔境伯爵へ陞爵する! また、嫡男メナトもプラエス捕縛に大きく貢献した。その功績を称え、黄金大十字勲章改め、黄金大盾勲章を授与する! 両名、陛下の御前へ!」


 王都ヘリザリム。王城の大広間で、進行役が今回の論功行賞式典の目玉である、俺とホークの名を高らかに読み上げた。


 魔境伯爵――あまり聞きなれない爵位だが、辺境伯爵と同じ位で伯爵以上、侯爵以下の上級貴族。


 俺は、金糸や銀糸で煌びやかに装飾された長丈の上衣と、真っ赤なマントを翻しながら、ホークと共に立ち上がる。


 日本で一時期流行した、つま先の尖った靴にも装飾が施されており、真紅の絨毯に足跡を刻むようにして、ヘロス王のもとへと進んでいく。


「見ろよ、あの二人……王の前だというのに、金糸や銀糸だぞ……」

「田舎者め、礼儀というものを知らんのか」

「陛下がお怒りになるぞ……」


 この国では、王の御前に出る場や論功行賞の式典において、金糸や銀糸を用いた派手な衣装は好まれない風潮がある。


 当然、俺もホークもそれは承知していた。

 そのため、当初はいつもの団服で出席するつもりだったのだが、ヘロス王自ら「着飾ってこい」と命じてきた。事前に衣装の内容まで示し合わせたうえでの、この装いである。


 もしかすると、ブロッサム侯爵やカロール伯爵への牽制だったのかもしれない。

 王の前であっても豪奢な衣装に身を包み、自らを誇示する――それが当然となっている存在への当て馬としてだ。


 しかし、他の貴族たちがそんな事情を知るはずもなく、ただ陰口を叩いている。


 実際、今回のオフィーリア、プラエスの乱によって、ブロッサム侯爵は領地没収と罰金の処分を受け、カロールは伯爵へ降爵。

 両陣営の派閥から疎まれ、嘲笑の的となることは、あらかじめ予想できていた。


 ――が、そんな中、俺たちに拍手を送る者がいた。

 ウルバン――現ヘルマー伯爵である。


 その拍手につられるように、パラパラと手を叩く音が広がる中、俺たちは王の前へと歩み出た。


「ホークよ、よく似合っているぞ」


 王が唐突にホークの衣装を褒めたことで、場違いな装いを咎められるのを期待していた貴族たちは、一斉にざわめき始める。


「ど、どういうことだ?」

「最近の陛下は、アクィラ子爵――いや、魔境伯爵に甘すぎるのではないか?」

「今のうちにアクィラ魔境伯爵に取り入った方がいいかもしれぬ!」


 そんな貴族たちの声など意に介さず、ホークは粛々と証書を受け取った。


「できれば、宮廷魔法団長官も引き受けてほしかったのだが――」


「申し訳ございません。今の私には、身に余る役職と存じますゆえ――」


 その言葉に、さらにざわめきが広がる。


「きゅ、宮廷魔法団だと――!?」

「新設されるおつもりなのか!?」

「な、そのような話、聞いてないぞ!?」


「そうか……だが、また要請することもあるだろう。その時は、改めて頼むぞ」


 ヘロス王はそうホークに告げると、今度は俺へと視線を向けた。


「メナト、親子鷹として、今後もさらなる貢献を期待しているぞ。それに、来月からは学校も始まる。皆を導いてやってくれ」


「はっ! 身に余るお言葉にございます! これからも陛下のため、そして国のために尽くすことを、ここに誓います!」


 ホークの忠誠はステラにある。

 だが、俺の忠誠はステラではない。


 ステラは、俺が護るべき存在――

 そして、幸せにすべき女性だ。


 ヘロス王は俺の言葉に満足げにうなずくと、王の背後に控えていたルナリアへと視線を向け、命じた。


「ルナリア、メナトに黄金大盾勲章を授けなさい」


「はい、お父様」


 ルナリアが王の隣に立った瞬間、大広間がどよめきに包まれる。


「お、おい……ルナリア王女殿下、ずいぶん綺麗になられたよな」

「ブロッサム侯爵のご子息と、近々婚約を発表するという噂もあるくらいだ。美しくて当然だろう」


 ……もちろん、その噂は真っ赤な嘘だ。

 ただ、俺とルナリアの婚約を公にしていないため、このような憶測が飛び交っているだけである。


 公にしない理由は単純だ。

 これ以上、アクィラ魔境伯爵家に権力が集中していると見なされ、さらなる反感や敵意を集めるのを避けるため。


 やけになったブロッサム侯爵派と、カロール伯爵派が手を組むような事態だけは、絶対に避けなければならないのだ。


 ルナリアは、吏が差し出したトレーから金色に輝く盾の勲章を手に取ると、俺の右胸にそっと留めてくれた。そして、少し照れたように――


「メナト、似合ってるよ」


 と、俺にしか聞こえない小さな声で囁く。

 その直後、何事もなかったかのように一歩離れ――


「メナト・アクィラ。これからもヘロス王国のため、精進するように」


 今度は、威厳ある王女としての表情でそう告げた。


「はっ! ルナリア王女殿下より授けていただいた、この黄金盾勲章に恥じぬよう、精一杯尽力いたします!」


 俺はそう答え、ルナリアの前で片膝をつく。


「お、おい……あの二人、ちょっといい雰囲気じゃないか?」

「そう言えばメナトも歳は近い……もしかしたら――!?」

「ば、馬鹿! ブロッサム侯爵に聞かれたら、まずいぞ!」


 ひそひそとした囁きが大広間のあちこちで交わされる中、


「これにて、今回の論功行賞式典を終了とする!」


 進行役の声が再び響き渡る。

 こうして、さまざまな思惑と余韻を残したまま、論功行賞式典は幕を下ろした。





 その後、俺とホークはすぐに王城内にあるルナリアの私室へと向かう。


「お兄ちゃん! とってもカッコよかったよ!」

「もう、だいぶ慣れたんじゃない?」


 そこで待っていてくれたのは、ステラとアイシャだった。

 二人は論功行賞式典を、陰から見守ってくれていたらしい。


「本当? 受勲は嬉しかったんだけど、緊張しちゃって……変じゃなかった?」


「全然変じゃなかったよ! 堂々としてて、惚れ直しちゃった!」

「ステラ……あなたメナトに何度惚れ直すつもりなのよ……でも、ルビアに見せてあげられてよかったわ」


 ルビア――半年ほど前に生まれた、俺の実の妹だ。

 今はアイシャの腕の中で、気持ちよさそうに眠っている。


 そんな妹の寝顔を横目に、俺とホークは手早く着替えを済ませ、いつもの団服に戻った。

 するとステラが、俺が着ていた上衣から徽章を三つ外し、一つずつ丁寧に付け直してくれる。


「えへへ……私もルーナみたいに、お兄ちゃんにこうやってしてみたかったんだぁ」


「ありがとう、ステラ。すごく嬉しいよ」


 と、そこにドレス姿のルナリアも戻ってきた。


「ルーナ! お帰りなさい! そのドレス、すごく似合ってたよ!」


 今度はルナリアを迎えるステラ。


「本当? 嬉しい……って、メナトは褒めてくれないの?」


「え? あ、いや……本当に似合ってるし、可愛いよ。ただ、普段あまり露出のある格好をしないだろ? どこを見ればいいのか分からなくて……」


 とはいえ、そこまで大胆なドレスというわけではない。

 アイシャのように肩や背中が大きく開いているわけでもなければ、脚を露わにしているわけでもない。


 ただ、肘のあたりまで腕が見えているのと、胸元がやや強調されている程度だ。


「へぇ……メナト君は、どこを見たいのかなぁ?」


 ルナリアはそう言って、わざと前かがみになり、胸元を強調してくる。

 く、くそ……!

 意地でも視線を逸らしてやる――!


「ほら、ルーナ、メナトをあまり揶揄わないの。早く着替えてらっしゃい。今日はあなたたちの出発パーティをするのよ」


 アイシャが助け舟を出してくれるが――


「は~い。じゃあ着替えるから……メナト、脱がせてくれる?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべるルナリア。

 いつかヒィヒィ言わせてやるからな!


 そんな決意を胸に、俺とホークは部屋の外へ出る。

 ほどなくして、着替えを済ませたステラとルナリア、さらにはルビアを抱いたアイシャも合流。


 そのまま一同で王城を後にし、東区ヘリザリムにある王都随一の高級宿へと向かった。そこでは、【曙光の鷹】の面々がすでに全員集まっていた。


 今日この場に皆が集まった理由は、陞爵祝いだけではない。

 明日から、俺、ステラ、ルナリア、イヴァン、エヴァン、そしてペッパが、ヘロス王立学校の寮へ入ることになっている。その門出を祝う壮行会でもあった。


 各自が手早く荷物を下ろすと、ホークが前に出て乾杯の音頭を取る。


「では、私の魔境伯爵への陞爵と、子供たちの新たな門出を祝して――」


 皆がグラスを掲げ、声を揃えた。


「「「乾杯!!!」」」

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