第87話 二人の王女
「えっ――!? ステラがオーロラ王国アリバ女王の遺児!?」
「「う、嘘だろ……王女様……?」」
「うわぁ~、ずっと僕、王女様と一緒だったんだぁ」
これが、朝食の場でステラがアリバ女王の娘だと知った、ルナリア、イヴァン、エヴァン、ペッパの反応だった。
すると、肉を切りながらパルブが口を開く。
「そういや帝国にいた頃、一人の女の子だけは殺すなって御触れが出てたな」
興味深いことを述べる。
「どういう意味だ?」
ヨーダが問い返すと、
「分からねぇ……最初は殺せだった気がするんだが、後から不殺、傷一つつけることすら禁止だって話に変わった。まぁ、名誉男爵だった俺に詳しい情報は回ってこなかったがな」
そう言って、パルブは朝食を食べ進める。
少なくともスカージャーは暗殺指令を受けていたはずだ。
だが、途中で状況が変わったのかもしれない。
最近ステラが狙われていないのは良いことだが、どこか不気味だった。
しばしの沈黙が落ち――
「まぁ、そういうことだ。ステラはステラ・アクィラとして生きるし、ステラ・オーロラとしても生きる。養子縁組はしないが、関係は今まで通りだ。よろしく頼む」
ホークがそう締めくくり、朝食は終わった。
皆が、あまりにも予想外の言葉に沈黙する。
無理もない。真実を知っていたのは【曙光の鷹】の初期メンバーだけだ。
ディノスやメル、双子、ペッパ、パルブ、そしてルナリアには知らされていなかった。
団長の子供ではなく、魔法大国オーロラの女王の娘だと聞かされて、どう接すればいいか分かるはずがない。
だからこそ、俺が沈黙を破る。
「ステラ、魔力の測定は魔法文字を覚えて、魔法を使えるようになってからにしよう。それはお母さんに習えばいい。最初は魔力を感じるところから始めよう」
「うん! そうする! でも……私、本当に魔力を授かってるのかなぁ……」
「きっと授かってるさ。じゃあ、外で試してみよう」
そう言ってステラの手を引き、外へ出る。
すると、ルナリアを先頭に、他の子供たちもついてきた。
「まずは魔力を授かっているか確認しよう。目を閉じて集中してみて。体の奥に、熱いものを感じないか?」
「体の奥……?」
ステラは目を閉じるが、首を傾げる。
「うーん……分からないかも」
紋章を授かっていても、魔力がない?
エルもそうだったみたいだし、まさかステラも――
「丹田のあたりはどう?」
「たんでん? どこ?」
まぁ、分からないか。
「だいたい、この辺かな……」
そう言って、へその少し下あたりを軽く押す。
「お、お兄ちゃん……くすぐったいよ……」
それもそうだ。
俺も他人に触れられるとくすぐったいしな。
すると、ルナリアがジト目でこちらを見る。
「メナト? 変なところ触ってないでしょうね?」
「変なところ?」
純粋な疑問だったが、ルナリアはため息をつくとステラの背後に回り、後ろから腕を回して丹田あたりを軽く押さえる。
「この辺りだと思うけど……」
「あっ!? なんかある!!!」
ルナリアが触れた途端、ステラははっきりと魔力を感じ取った。
やはり、女の子の身体のことは女の子に任せるのが一番らしい。
「まずは、それを感じ続けることが大事。それを体の中に巡らせたりするの。【魔纏】は一点に集中させる技術だけど、今はそこまでしなくていいから」
「うん! ルーナありがとう!」
しかし、ルナリアは抱きしめたまま。
「ルーナ?」
不思議に思ったのか、ステラは背後から抱きしめられたまま振り返る。
ルナリアは優しく声をかけた。
「ステラ、大丈夫?」
「……うん……夜にいっぱい泣いたし、お兄ちゃんにずっと抱きしめてもらったから……」
そう言いながら、背後から自分を包む手を握り、ステラの声は少し震える。
きっと、今日もまた泣くだろう。
予想していたとはいえ、突然血縁者がいないと知るには、まだ幼すぎる。
「ねぇ? 今日の夜、私の部屋に来て一緒に寝ない?」
「ルーナの部屋に? お兄ちゃんと?」
「ち、違うわよ。ステラ一人で! 話したいことがあるの……」
ステラは少し考えてから、
「いいよ! でもライトも一緒にね!」
どうやらもふもふを堪能したい様子。
「じゃあ、そういうことだから、お兄ちゃん、泣いちゃだめだよ? 寂しくなったらルーナの部屋に来ていいからね!」
こうして、俺は久しぶりに一人で眠る夜となった。
その夜――
寂しく一人で眠っていると、誰かが部屋に侵入してきた物音で目を覚ました。
とはいえ、危険があるはずもない。
外ではウィンが見張っているし、同じ屋根の下で暮らす誰かだろう。
誰だろう……。
そっと起き上がると、そこにいたのはアイシャだった。
「ごめんね、寝てた?」
「大丈夫だよ。どうしたの?」
「ちょっと来てもらえる?」
そう言われ、アイシャについてリビングへ向かう。
そこにはホークとヨーダもいた。
二人の正面に座ると、口を開いたのはホークだった。
「単刀直入に聞こう。メナト、どうしてステラが養子縁組をしなかったか分かるか?」
「分からない」
即答した。
すると、神妙だったホークの表情に笑みが浮かぶ。
「ほらな?」
ホークが得意げにアイシャを見ると、母は頭を抱えた。
「嘘でしょ? そんなの明らかじゃない……どうしてそんなに鈍感なの……」
「男なんてそんなもんだって。俺だって分からなかったんだから」
どうやらホークも、俺と同じく、ステラが養子縁組を断った理由が分からなかったらしい。
「メナト、ステラはあなたと結婚するために、養子縁組を断ったのよ」
「えっ!? ステラが!? 僕と……結婚!?!?!?」
あの短時間で、混乱していたはずのステラが、そこまで考えを巡らせることは可能なのか!?
いや……そういえば、ある程度は予想していた、とステラは言っていた。
ということは、以前から胸の内に抱えていた想い……。
「で? メナト。お前はどう思っている」
ヨーダの低い声が、逃げ場を塞ぐように問いかけてくる。
突然すぎる問いだ、と思った。
けれど、ここで誤魔化すわけにはいかない。
「……正直、ステラのことは大好きだよ。多分、誰よりも……でも、これが愛なのかって聞かれると、分からない。でも……昨日、一瞬だけどドキっとしたし……一生、護ってやりたいとは思う」
言葉にしてみて、胸の奥がじんと熱を帯びた。
「やっぱり……近すぎると、分からないのよね」
アイシャが、どこか切なげに息を吐く。
「本当は一度離れてもらって、気持ちを確かめるのが一番かもしれない。でも……そうしたら、ステラの心が持たなそう……。あの子、気丈に振る舞っているけど……とても傷ついているから……」
その言葉に、部屋に重苦しい沈黙が落ちる。
沈黙を破ったのは……ホークだった。
「メナト。実はもう一つ、お前に話しておかなければならないことがある」
自然と視線がホークへ向く。
「ルーナの件だ。一昨年、王の間で謁見したとき、陛下と父さん、母さんの三人だけで話したことがあっただろう? あの時、こう言われた――ルナリアを迎える気はないか、と」
「それって、褒美としてルーナと結婚ってこと? だったら――」
断る。
そう言いかけたところで、アイシャが静かに言葉を挟む。
「それもあると思う。でも……お母さんが感じたのは違うわ。メナトならルーナを護ってくれる。だったら、メナトに託したい……そんな想いだった」
「…………」
そう言われると、無下にはできない。
ルナリアには、王宮に居場所がない。
あそこにいれば、否応なく政争に巻き込まれる。
ただ最大の問題は、ルナリア自身の気持ちだ。
そして、俺自身が、ステラとルナリアを天秤にかけなければならないという現実。
「……父さんは、陛下になんて答えたの?」
「メナトたちに任せる、と。お前たちの気持ちを尊重すると答えた」
本当に、いい父親だ。
普通なら、王家との縁など、誰もが飛びつくだろうに。
「それって……すぐに答えを出さなきゃいけない?」
「いや。期限は特に設けられていない」
「分かった。じゃあ……僕なりに考えてみるよ」
用件はこれで終わりだろう。
そう思って席を立ちかけた、そのとき。
「……ご、ごほん」
ホークが不自然に咳払いをした。
「もう一つ、言っておくことがある。その……ステラも紋章を授かったし、領地経営もだいぶ落ち着いてきた。だから、そろそろ二人目をと考えている」
これは鈍感な俺でも何を言いたいのかすぐに分かった。
子供を授かろうとしているのだ。
普通なら、わざわざ口にしない話だ。
けれど、ホークがこれを言う理由は一つ。
女性は出産すると、一時的に魔力が低下する。
【曙光の鷹】として戦っていた頃、アイシャが出産すれば戦力は大きく削がれる。
俺とステラを守らなければならなかった二人は、第二子を諦めていたのだ。
順風満帆にいっているこのタイミングこそチャンスなのだ。
「そうだね。もう、僕たちのことは僕たちで何とかできる。ステラも紋章を授かったし、イヴァンとエヴァンもいて、ヨーダもパルブもいるしね。交易の際はお父さんとお母さんがテビリスに残って、僕たちがエーテルポーションを届けることもできるから、安心して」
これだけ紋章師が揃っていれば、大丈夫だろう。
子供たちだけで王都に行くのは、抵抗があるから、その時はヨーダやパルブに同行してもらえばいい。
そして、三か月後――
さらに事態は好転することとなるのだった。




