第88話 決意
三か月後――
「メナト、これ……見てほしいんだけど……」
朝起きてすぐ、家の掃除をしていたペッパに呼び止められた。
「ん? どれを……?」
そう言うと、ペッパは俺が昔、土産として渡した手袋を外す。
その手の甲に刻まれていたのは――見覚えのある紋様だった。
「こ、これは――【傀儡の紋章】じゃないか!?」
かつて帝国子爵マヌスが宿していた紋章――ペッパや双子たちを操り、ラージャンを恐怖の底に突き落とした、忌まわしい力。
「やっぱり……これ……マヌスの紋章だよね……」
ペッパの声が、かすかに震える。
「起きたらいつのまにか授かっていて……僕……【曙光の鷹】、首になるのかな? だったら……こんな紋章、なくてよかったのに……」
目に涙を浮かべるペッパ。
確かに【傀儡の紋章】に、いい思い出はない。
だが――それは、あくまで使い手の問題だ。
「大丈夫だよ。お父さんもお母さんも……きっと分かってくれる」
そう言ってペッパと並び、外でウィンの世話をしているホークのもとへ向かう。
「お父さん……話したいことがあるんだけど……」
ペッパの紋章について説明すると――
「すごいじゃないか! おめでとう! ペッパ!!!」
ホークはそう叫ぶや否や、ペッパの体を軽々と持ち上げた。
まるで本当の我が子のように、全身で喜びを表現する。
「実はな、アイシャとも話していたんだ。イヴァン、エヴァン、ステラまで紋章を授かったから……ペッパが劣等感を覚えないかってな。だが、これで心配はいらない! ペッパ自身が、ちゃんと力を授かったんだから!」
「あ、あの……団長? これ、【傀儡の紋章】だよ!?」
「ああ、分かっているさ! だからこそ、ペッパに相応しい。その紋章でカンタ君を自在に動かせるようになれば……皆に笑顔を届けられるだろう?」
その瞬間だった。
ペッパの顔から、曇りがすっと消える。
「そっか……! カンタ君を動かせるようになるんだ! いっぱい、カンタ君と遊べる!」
「ああ。できれば、早く魔法を覚えてくれ……私たちの子供にも、見せてやってほしいからな」
私たちの子――
それは、俺やステラのことではない。
アイシャの腹に宿った、新たな命。
子づくりを決めた直後、まるで待っていたかのように授かった命だった。
そんなアイシャは、妊娠三か月前後。
つわりがかなりきついらしく、ステラとルナリアが献身的に世話をし、時には双子の母であるメルの手も借りている。
食欲は目に見えて落ちているが、不思議なことにエーテルハニーだけは舐めることができるようで、必要なカロリーの大半を蜂蜜から摂っている状態だ。
困ったときのエル頼み、というわけで、今もアイシャは部屋で安静にしている。
朝食を済ませた俺は、ステラとルナリアの二人を連れて【魔纏】の訓練へ向かう。ペッパはというと、しばらくはホークが直々に面倒を見るようだ。
やはり口には出さないが、【傀儡の紋章】の扱いについては慎重にならざるを得ないのだろう。
一方、こちらはというと――
「えいっ! ここだっ! こっちも!」
「ここ! そこ! てぇい!」
ステラとルナリアが、次々と掌底で俺の体に触れてくる。
触れられる直前、その部位に【魔纏】を集中させて防御する訓練だ。
これが自然にできるようになれば、咄嗟の攻撃に対する生存率は一気に跳ね上がる。
「お兄ちゃん、本当にすごいね! 二人がかりなのに、全部ガードできてる!」
「魔力を巡らせる速度が異常ね……量も多いし、刺されるか斬られない限り、まず怪我はしなさそう……」
小さいころからずっとやってきたからな。
こういう基礎は、早く始めた者勝ちだ。
六歳で魔力を授かった俺には、どうしても埋めがたいアドバンテージがある。
「じゃあ、次はステラだね」
今度はステラが、触れられる側だ。
まだ覚えたてだし、無理はさせない。
ゆっくりと、ステラが確かめられるように手を伸ばす。
「肩に触れるよ」
「私は膝ね」
「次、僕はほっぺ」
「お腹に行くよ」
声を出して分かりやすく伝えながら触れてやると、ステラは必死に魔力を巡らせる。しかし、魔力の制御はそう簡単ではない。
あっという間に魔力が漏れ、枯渇寸前になってしまった。
「む、難しすぎるよぉ……」
「大丈夫。最初はみんなそうだから。とにかく魔力を最短で目的の場所まで運べれば、まずはそれでいい。そのあとで、皮膚の下に魔力の壁を張ることを意識すればいい」
俺がそう声をかけると、ルナリアも頷いた。
「そうよ。ステラの魔力は規格外なんだから、多少おおざっぱでも、そのあたりに魔力を持っていければ十分。それに普通なら【魔纏】の訓練なんて、そう頻繁にできるものじゃないけど、ここではエーテルポーションが飲み放題。いくらでも訓練できるから、他の人たちよりずっと早く成長できているわ」
ちなみにステラの魔力は『150』。
まだ雷魔法の【雷槍】しか覚えていないが、【星の紋章】がわずかに反応している。ちょうど、俺の【追憶の紋章】が赤銅盾勲章に反応するのと同程度だ。
「そっかぁ……じゃあ今度はルーナが見本を見せてよ!」
というわけで、次はルナリアの番。
「じゃあ、行くよ~」
ステラがにっこり笑みを浮かべ、いざ実践。
さすがにルナリアの身体に触れるのは気が引ける。
だから俺はいつも控えめにしている……だが、ステラは容赦がなかった。
「ふくらはぎ、ふともも、脇腹、お腹……次はここ!」
ステラの手が胸に伸びると――
「――ッ!? ち、ちょっと!? ステラ!? そこだめッ!」
予想外の場所に触れられたせいか、足がもつれて体勢を崩したルナリアが、ちょうど手を伸ばしていた俺の方へ倒れかかってきた。
「おっと、危ない」
今のは本当に危なかった。
咄嗟に出した手が胸の辺りにあったら、また変態扱いされるところだ。
慌てて腰のあたりに手を回し、どうにか事なきを得る。
「あ、ありがとう……」
「うん、怪我はない?」
「大丈夫……」
「…………」
と、そのとき。
「ちょっと!? 二人とも? なんでずっと抱き合ってるの!? 私も混ぜて!」
ステラが勢いよく、俺とルナリアの間に割り込んできた。
「へっへ~ん……私のお兄ちゃん……」
それを見て、ルナリアが呆れたように口を開く。
「ステラは本当にメナトが好きね」
「うん! お兄ちゃんは私の王子様なの! ……お兄ちゃんは?」
「もちろん、ステラのことが好きだよ」
そう言って俺もステラを抱きしめると、ステラは満足そうに笑った。
対照的に、ルナリアはどこか儚げな表情を浮かべる。
するとステラが、ルナリアへと視線を向けた。
「ルーナも、お兄ちゃんのこと好きでしょ?」
「そ、そんなわけないじゃない!」
「本当? じゃあシェアしなくていいの?」
「そ、それは……ステラはいいの? た、例えばの話よ? 私がメナトのことが好きで、シェアしてって言ったら……こ、これはあくまで例えばの話なんだからね!?」
「うーん……」
ステラは俺に抱き着いたまま、真剣な表情で考え始めた。
「ルーナが本当にお兄ちゃんのことが好きだったらいいけど、好きじゃないなら絶対に嫌だ!」
「そ、そう……」
ルナリアは目を伏せる。
そしてステラは再び俺へと視線を向けた。
「お兄ちゃんは、どう思っているの?」
今日のステラは、やけにぐいぐい来るな。
けれど、このことは最近ずっと考えていた。
ホークとアイシャに相談しながら、自分の気持ちに向き合ってきた。
その想いを二人に伝える。
「うん。まずステラ、僕はステラを絶対に護ってやりたい。何よりそれが最優先だ。そして――」
そう言って、視線をルナリアへ向ける。
「ルーナのことも護ってやりたい。二人を護れるかは分からない。けど、ルーナにも笑っていてほしい」
「うん! 私、お兄ちゃんに――メナトに、一生護ってもらう!」
俺の言葉をすべて受け止めたように、ステラは即座に答え、力の限り抱き着いてくる。俺も絶対に離すものかと抱きしめる。
一方のルナリアは、戸惑いを隠せない様子で口を開く。
「わ、私も……いいの?」
「頼りないかもしれないけど、僕で良ければ……」
そう言って左手を差し出すと、ルナリアはその手を取り、いつぞやのように俺の腕を自分の腰へと回させた。
「そうね。私をキズモノにしたのだから、責任は取ってもらわないと!」
お、おい!?
ステラの前でそれはまずいだろ!
「え? キズモノ? どういうこと?」
「ん? メナトがね……最初に私に会ったとき――」
「あー、そうだ! お父さんとお母さんに報告しなきゃ! 二人を護りたいって!」
さすがに今説明された困るから話題を逸らす。
「でも……本当にいいのか? 二人とも……意味は分かっているよね?」
「うん! 私はメナトと結婚する!!!」
「わ、私も……お父様にもメナトを勧められていたし、最初はただの変態だと思っていたけど、一緒に暮らすうちに……って、何を言わせるのよ!」
ステラは即答する一方で、ルナリアは顔を真っ赤にしてもじもじし始める。
が、そんなルナリアに視線を向けた瞬間、突然顔が近づき、唇が触れ合った。
まるで、それが答えだと言わんばかりに。
「あー! ルーナ、抜け駆けはダメだよ!」
「な、何よ! この前、私の部屋でファーストキスのこと自慢してたじゃない! これでおあいこよ!」
両脇で言い合う二人を抱き寄せながら、俺はホークのもとへ向かう。
二人を必ず護ってみせる。そう決意しながら。
長くなりましたが、これで五章終了となります!
次は学園編!
ライバル?登場なのでお楽しみに!
なるべく早く再開するので、アクションや★★★★★を押して待っていただける嬉しいです!
また、五章までの登場人物を、本日の夜に投稿しますが、少しネタバレ含むのであしからずm(__)m




