表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/102

第86話 ステラ・オーロラ

「ステラ、落ち着いて聞いてほしい」


 そう言いながら、俺はもう一度ベッドに潜り込み、ステラを胸元へ引き寄せた。

 小さな身体が、ためらいがちに俺の背中へ両腕を回す。

 その指先は震え、潤んだ瞳には、すでに涙が溜まっていた。


「……ステラは、お兄ちゃんのこと……好きか?」


「……うん。誰よりも……大好き」


 胸が、きゅっと締め付けられる。


「じゃあ……何があっても……お兄ちゃんのことを、信用できるか?」


「……うん、お兄ちゃんは、私のことをずっと守ってくれた。ずっと隣にいてくれて……怖いときは、手を握って……今も、こうして抱きしめてくれる。一番……信用してるよ」


 ステラの声は震えていたが、しっかり瞳は俺を捉えていた。


「じゃあ……そんな僕から……実はステラに嘘をついていたことがある」


 本当は、ホークとアイシャの前で話すつもりだった。

 けれど――今、この瞬間を逃せば、もう二度と口にできない。

 そんな予感があった。


「…………」


 ステラは何も言わない。

 ただ、黙って俺の顔を見つめている。


「実は……僕とステラは……」


 言葉が、喉の奥で絡まる。

 この先を口にした瞬間、ステラの世界がどれほど揺らぐのか。

 どんな表情を浮かべるのか。

 想像できてしまうからこそ、胸が張り裂けそうだった。


 そのときだった。

 ステラはそっと涙を拭い、まるで俺を安心させるように、柔らかく微笑んだ。


「……お兄ちゃん……大丈夫。私……気づいてるから……だから、そんなに……思いつめないで」


 ――気づいている?

 そんなはずはない。

 そう思った、その直後だった。


「だって……エルやヨーダがとっさに私を呼ぶとき、ステラ様って言うんだよ? お兄ちゃんには、一度も敬称をつけたことないのに……それに……今も、ヨーダは私にだけはつらい訓練を課さない。きっと私は違うんだなって……お兄ちゃんと……」


 そこまで言って、ステラは言葉を切った。

 小さな身体が、ぎゅっと俺の胸にしがみつく。

 嗚咽が布越しに伝わる。


 そうか……人一番感性が豊かだから気づいていたのか。

 しばらくして、かすれた声が、再び胸元から聞こえる。


「でもね……もしかしたら……勘違いかもって……思い過ごしかもって……期待してたの……でも……起きたら、手の甲が痛くて……お兄ちゃんは一月一日生まれ……私は、七月七日生まれ……今日、紋章を授かったってことは……やっぱり……血は、繋がってないんだって……」


 言い終えると同時に、ステラはもう一度、勢いよく俺の胸に飛び込んできた。

 小さな肩が、何度も跳ねる。


 十分以上。

 ただ抱きしめ続けることしかできなかった。


 やがて、泣き疲れたのか。

 布団の中から、ひょこっと顔が覗く。


「……ねぇ?」


 少しだけ、いつもの調子を取り戻した声。


「お兄ちゃん……正直に答えて?」


 潤んだ瞳が、まっすぐ俺を射抜く。


「本当に……私は、今年で十歳……だよね?」


「ああ……僕と同じく十歳、七月七日でステラは十歳だよ」


「……本当のお父さんとお母さんは?」


「お父さんは……分からない。エルは知っていたのかもしれないけど、僕はすべての記憶を受け継いでいるわけじゃないから。でも……お母さんは知っているよ。史上最強の紋章師。【太陽の紋章】を授かり、オーロラ王国を平和へと導いた人物――アリバ女王だ」


 名を告げた瞬間、ステラの表情が揺れた。

 驚きでも、喜びでもない。

 理解と整理が同時に進む、複雑な顔。


「……女王様、かぁ……じゃあ……お父さんやお母さんが必死に私を守るのも、無理ないね……エルとヨーダの態度も……スカージャーが、あんなに執拗だったのも……同じ血が流れている私を、警戒してたってこと……なのかな」


 そう言いながら、ステラは自分の右手を見つめる。

 甲に浮かび上がる、淡く、けれど確かな光。


「……これ。絶対に……星、だよね。【星の紋章】……っていうのかな?」


「多分、そうなんだろうね。ステラみたいに輝いて……似合っているよ」


 ステラの手を取ると、泣きはらした目で、少しだけいたずらっぽく笑った。


「お兄ちゃん……欲しいものがあるんだけど、いい?」


「ん? いいけど……」


 そういえば、昼間もそんなことを言っていた。

 実は用意していたプレゼントがあるのだが、それは今度渡せばいいか。

 そう思った瞬間、ステラが急に顔を近づけ――唇と唇が触れた。


「へへっ……実は私、物心ついてからは誰ともチューしてなかったんだ。お兄ちゃんもそうでしょ?」


「た、確かに……お母さんともしてないや」


「へへ~ん。お兄ちゃんのファーストキス、もらっちゃった」


 そう言って、ステラはさらにもう一度キスをしてくる。


「これはね、妹のステラからじゃなくて、ステラ・オーロラからのキスだよ……メナト」


 照れたように頬を染めるステラ。

 刹那――これまでにないほど胸が高鳴りを感じた。


 今まで毎日のように、こうして至近距離で一緒に寝ている。

 時には抱き合いながらだったが、いつも感じるのは安心感だけで、胸が高鳴ることなどなかったのに。

 そんな俺に対し、ステラは揶揄うように顔を近づける。


「あ~、お兄ちゃん、照れてるでしょ!?」


「そ、そんなことないよ! そ、それにステラだって顔赤いぞ!」


「わ、私、照れてないもん! ほらっ!」


 そう言って、力いっぱい抱きついてくるステラ。

 いつもより、少し汗ばんでいる気がした。


 その体温に触れているうちに、さっきまでのドキドキは次第に収まり、やがて、いつもの安心感が胸に戻り、心地よさを感じる。


「ステラ、色々感情がぐちゃぐちゃだろうけど、寝ようか?」


「うん……このまま、ぎゅーっとしてていい?」


「もちろん。僕も離さないから」


 そのまま抱き合いながら、いつものように眠りについた。

 部屋の扉の外に、ホークとアイシャの気配を感じながら――。




 翌日――


 ステラと二人でリビングに向かうと、そこには緊張した面持ちのホークとアイシャがいた。


「おはよ、お父さん、お母さん」

「おはよ~、お父さん、お母さん」


 俺たちがいつも通り朝の挨拶をすると、二人は表情を硬くしたまま返す。


「ああ、二人ともおはよう」

「ええ、おはよう」


 きっと二人は知っている。

 昨夜、俺たちが話したことを。

 だが、あえて気取られないように切り出した。


「お父さん、お母さん。今日の未明、ステラが紋章を授かったよ」


「「……」」


 ステラが右手をテーブルの上に置く。


「夜中にね、お兄ちゃんから全部聞いたの。私のお母さんがアリバ女王だってことも、どうしてお父さんとお母さんが私を引き取ったのかも……そして、史上最強と呼ばれたアリバ女王が、どうして死んだのかも」


 その言葉を聞いた瞬間、二人は椅子から立ち上がり、片膝をつこうとする。

 だが、俺がそれを制した。


「お父さん、お母さん。それはステラが一番望まないことだから、やめてあげて」


 二人の忠誠が、すべてステラに向いていることは分かっている。

 だからこそ、これまでの非礼を詫びようとしたのだろう。

 だが、ステラがそれを望むはずがなかった。


「私は……無理かもしれないけど、これまで通り接してほしいの。ステラ・オーロラではなく、ステラ・アクィラとして……ダメ?」


「……ダメじゃない。貴族になったのも、養子縁組を視野に入れてのことだが……本当にいいのか?」


「うん! 私はずっとお父さんとお母さんの子供がいい!」


 そう言ったステラの頬を、涙が伝う。

 それを見て、ホークとアイシャの目からも、涙が零れ落ち――

 二人はステラを囲み、声を上げながら泣き始めた。


 ステラもつられるように、小さな身体を震わせながら声を上げて泣いてしまう。


「お父さん……お母さん、今まで私を育ててくれてありがとう。そして、ずっと護ってくれてありがとう……」


 それは、間違いなくステラの本心だった。


「すまない……ずっと言いたかったのだが……」

「ステラ……あなたは、私たちの娘だから……」


 すると、ステラが二人にあるお願いをする。


「お父さん、お母さん。養子縁組をしなきゃこのままの関係を続けられない?」


「……そんなことはないが……」


 あまりにも予想外の問いに、ホークは涙を拭いながら首を傾げる。


「……じゃあ、このままでいいかな?」


 その理由は俺にも分からなかった。

 だが、アイシャは察したように、そっと微笑む。


「ステラ、少し一緒に来てくれる?」


「うん! お母さんと二人で話したかったんだ!」


 そう言って、ステラとアイシャは、俺たち男二人を残して外へ出ていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ