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第84話 陞爵と褫爵

 三か月後――


 いつものようにエーテルポーションの納品のため登城した俺たちを迎えたのは、他でもないヘロス王その人だった。


「ホークよ。此度の件、誠に申し訳なかった」


 王の言う「此度の件」とは、オフィーリアとプラエスの事件を指している。

 決闘を終えた直後、俺たちは二人の身柄を王に引き渡していた。


 罪状は、王女ルナリアへの襲撃。

 だが、調査が進むにつれて、それだけでは済まないことが明らかになる。


 後継者候補たちに毒を盛っていたのも、オフィーリアだったのだ。

 さらに、その犯行が宮廷宰相であり、自身の属する派閥の長でもあるカロール侯爵の指示によるものだと証言した。


 カロール侯爵は当然これを否定した。

 しかし、プラエスまでもが同様の証言をしたため、侯爵に厳罰が下されるかと思われた――だが、事態はそれで終わらなかった。


 調べを進めていくと、プラエスは王宮騎士団長ブロッサム侯爵の腹違いの弟であることが判明。さらに、彼がカロール侯爵派閥へスパイとして送り込まれていた、という情報まで浮上したのだ。


 カロール侯爵派閥に潜り込み、背信行為をして、尻尾を掴ませ、カロール侯爵を失墜させる。そんな絵空事を描いていたようなのだ。


 王宮騎士団長ブロッサム侯爵と、宮廷宰相カロール侯爵。

 二人の権力闘争は、想像以上に深く、そして危険な領域にまで及んでいた。


「いえ、私としては降りかかった火の粉を払っただけです。それに当時は酒を飲まされて、すっかり酔っておりまして。実際に判断し、動いたのはルナリア王女殿下と、アイシャ、メナトの三人でしたから」


 ホークがそう述べると、今度は王が俺に向かって頭を下げた。


「メナト、ルナリアを守ってくれて感謝する」


「へ、陛下っ!? もう十分に感謝のお言葉はいただいております。どうか、頭をお上げください!」


 ヘロス王が頭を下げたままなので、俺は慌てて、這いつくばるように頭を低くする。そんな俺の様子がおかしかったのか、王は俺を見て柔らかな笑みを浮かべ、


「メナト。本当に黄金大十字勲章は後でよいのか? 受勲は早いに越したことはないぞ?」


「はい。非常に嬉しいお話ではあるのですが、今回プラエスに言われて、白銀十字勲章も相当な価値があるのだと改めて感じました。あまりに早くいただくと悪目立ちしますし、もう少し大人になってから授かった方が良いかと思いまして……」


 勲章は、欲しい。

 だが、今でなくてもいい。

 それが俺の考えだった。


「……そうか。ならば、入学の折に授けるとしよう。さて、ルナリア。来年で十二歳だな。ヘロス王立学校への入学の年だが、どうする?」


「はい。もしよろしければ、もうしばらく、このままテビリスで過ごしたいと思っておりますが……いかがでしょうか?」


「……ホークが構わぬなら、問題はないが……どうだ?」


 王の視線がホークへと向く。


「はっ。私といたしましては、ルナリア王女殿下が近くにいてくださる方が、物事が円滑に進む場面も多く、ありがたい限りでございますが……」


 ホークはそう述べ、目を伏せて深く頭を下げた。


「そうか。ではルナリア、これまで通りテビリスに留まるとよい。ただし、今後も交易の折には、必ず私の前に顔を見せること」


「ありがとうございます!」


 王の決断に、ルナリアも深く頭を下げた。


「して、ホークよ。マルゴの様子はどうだ?」


 マルゴとは、かつてオフィーリア子爵が治めていた領地の領都である。オフィーリアは即座に褫爵ちしゃくとなり、奴が統治していた土地は一時的に空白地帯となった。

 そこで白羽の矢が立ったのが、隣接する領地を着実に開拓していたホークだった。


「はい。領民は皆、非常に勤勉でして。王女殿下の威光もあり、統治は円滑に進んでおります。それに、交易の面でもテビリスだけでは不便な点が多く、マルゴがあることで何かと助かっております」


「……そうか。であればホーク、お前がそのままオフィーリア子爵領を治めよ。次の論功行賞の場にて、子爵へと陞爵しょうしゃくさせる」


「オフィーリア子爵領……すべて、ですか?」


 ホークが驚くのも無理はない。

 オフィーリア子爵領に、アクィラ男爵領、さらにその間に広がる原生林まで含めれば、その規模はヘルマー伯爵領とほぼ同等となる。

 たとえ陞爵したとしても、子爵が治めるには明らかに過ぎた広さだということは、俺にでも分かった。


「そうだ。ルナリアからの報告ではな、ハラデルが治めていた頃とは雲泥の差だと、領民が口をそろえて言っているそうだ。今では、ホークこそが領主にふさわしいと望む声も多い」


 まあ、あれほどの暗君だったのだ。

 誰が後を継いでも名君に見えてしまうだろう。

 だが、その中でもホークは、特に民の暮らしに心を配っている。

 【追憶の紋章(メメント・モリ)】の記憶にある、オーロラ王国の女王アリバを思わせるほどに。


「それとだ。これはここだけの話にしてほしいのだが――今回の件については、徹底的に調べた上で最終的な沙汰を下すつもりだ。最低でも、カロール侯爵は宮廷宰相の職を剥奪し、伯爵へ降爵させる。ブロッサム侯爵についても、複数の領地を没収し、さらに処分を検討している」


 ――いや、それを俺たちに話してしまっていいのか?

 そう思ったが、王は言葉を止めず、さらに踏み込んだ。


「カロール侯爵もブロッサム侯爵も王都に土地を持っているが、それも段階的に剥奪する。その没収した土地を、ホーク――お前に与える。王都にも屋敷を構えよ」


「――ッ!?」


 王都に屋敷を構える貴族自体は、決して珍しくない。

 だが、地方の領地に拠点を持ちながら、さらに王都にも屋敷を構える者となると話は別だ。そうした例は、極めて少ない。


 ラージャンを治めるヘルマー伯爵ですら、王都に屋敷を構えてはいない。


「ホーク。数年後、伯爵位……またはそれに近い爵位を授ける。その際、お前を後に新設するヘロス王国宮廷魔法師団の長官として迎え入れたい」


 ――国に忠誠を誓わぬと断言したホークに、宮廷魔法師団長官、だと?


「……私が宮廷魔法師長官?」


「そうだ。オーロラ王国ではなく、ヘロス王国の宮廷魔法師長官として、だ」


 なるほど。

 国王はホークを取り込み、勢力を三つ巴に持ち込みたいのだろう。

 だが、ホークはすぐには頷かなかった。


「陛下。二年、お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」


 二年という数字には、明確な意味がある。ヘロス王はそこまで深くは理解していない様子だったが、それでも首を縦に振った。

 すると、今度はホークから別の報告が持ち出される。


「陛下。陛下に派遣していただいたガンツの件なのですが……」


 ガンツとは、以前ブロッサム侯爵が魔晶石の剣を披露した際に名が挙がった、鉱山発掘の専門家だ。鉱脈を潰した責任を押し付けられ、ブロッサム侯爵によって追放された男でもある。


 今はテビリスで暮らし、レビンデ山脈の滝の裏の洞窟の発掘作業を行っている。

 ちなみに当初、ガンツはレビンデ山脈採掘の意思決定権が欲しいと要求してきた。


 ホークは鉱脈が死なないことと、生態系が崩れないことを条件に、ガンツに意思決定権を委譲を承認。ただ、ガンツが望むこともまさしくそれだったので、意思決定権をホークに返上していた。


 両者共に、自然を大切にという思いがあったのを確認して以降、非常に良好な関係を築いている。

 そんな、関係を露知らず、ヘロス王は不安そうな顔をのぞかせる。


「どうした? やはりガンツとは折り合いが悪いか?」


「いえ。そのガンツが、こんなものを掘り起こしまして……」


 そう言うとホークは、王の間の外に控えさせていた御者たちを呼び入れた。

 彼らは、何重にも布で包まれた何かを慎重に運んでくる。


「……なんだ、それは?」


 得体の知れない物に、ヘロス王が顔をしかめる。

 次の瞬間、ホークの合図で御者たちが布を剥ぎ取り――


「これは、氷晶石です。ガンツの見立てでは、少なく見積もっても金貨十万以上の価値があるとのことでした」


 専門家であるガンツに鑑定させたところ、極寒のレビンデ山脈由来の氷晶石は、最高級品に分類されるという。

 しかも、これくらいの量を採掘しなければ、逆に鉱脈が死ぬとまで言われた。

 その結果、テビリスの領民総出で採掘を行ったのだ。


「……まさか。そこまでの資源が眠っていたとは……」


「はい。私も正直、驚きました。ただ――私たちには、これの使い道がありません。そのため、こちらを税として納めたいのですが、いかがでしょうか?」


 ちなみに、テビリスの屋敷の地下にも、これほど巨大ではないが、氷晶石を備蓄している。エーテルポーションを保管するためだ。

 他にもアイシャ用にいくつか取ってある。


「こ、これほどの氷晶石を……税として、だと?」


「はい。南方諸国との交易の際などに、お使いいただければと思っております」


 これを差し出したからといって、見返りを求めるつもりはない。

 ただ国力を高め、ラージャンの防備をより強固なものにしてほしい。

 それが、いつもホークが国王に伝えている、ただ一つの願いだった。


 その願いが、すでに一つ叶えられた例がある。

 オフィーリアに仕えていた紋章師、サンドのことだ。

 やはり息子をオフィーリアに捕らえられていたらしく、命令に逆らえない立場に置かれていたという。


 与えられた罰は、決して軽いものではなかった。

 それでもサンドは素直に刑を受け入れ、その姿勢に心を打たれた王は、彼を騎士としてラージャンへと派遣したのだ。


「最後に、メナトから王へ献上したい品があるのですが、よろしいでしょうか?」


「まだあるのか?」


 そう言って、ヘロス王は身を乗り出す。


「どうぞ、こちらを……」


 そうして俺が差し出したのは、かつてエーテルポーションが入っていた壺だった。


「む……これは……」


 壺の中身を確かめ、とろりと粘りのある白く輝くそれを、王は指先ですくい、ぺろりと一口舐める。


「蜂蜜か?」


「はい。その通りでございます。こちらはエーテルの花の蜜のみから作った蜂蜜です。色が白いのは、エーテルの蜜によるものかと。糖度が高いため、毎日少量ずつ舐めていただくのがよろしいかと思われます」


 すると、ルナリアが補足するように口を開いた。


「お父様。そのエーテルハニーを毎日舐めていると、活力が湧いてきます。本当に身体に良いものですから、欠かさずお召し上がりくださいね」


「ほう……これは良いものをもらったな。これでも商売を?」


「いえ。今はまだ、その段階ではございません。採取できる量が極めて少ないため、現状では団員にのみ、健康維持を目的として配っております」


「そうか……これもまた、褒美を授けねばならぬな……とはいえ、お前たちに与えられる褒美は、すでに――」


 そう言葉を濁しながら、国王はルナリアへと視線を向けた。


「ホーク、アイシャよ。二人に話がある。後ほど、時間をもらいたい」


 こうして、王謁は終わりを迎えた。

 三人の間で、どのような話が交わされたのかは分からない。

 だが、俺たちはそれを気に留めることもなく、いつもの日常へと戻っていった。


 そして――

 月日は流れ、やがてカレンダーは運命の前日を指し示すことになった。

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