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第83話 圧倒

 決闘の地は、屋敷から南へ歩いた先だった。

 互いの陣営を警戒しつつ、一定の距離を保ったまま進んでいく。

 その道中、縄で縛られたオフィーリアはというと。


「痛い! 刺さってる! 牙が!」


 ライトに首根っこを咥えられ、ずるずると引きずられていた。

 扱いは、実に雑。

 だが誰一人として同情はしない。


 それどころか、それを目撃した領民たちは――


「もしかして……ようやくハラデルが捕まったのか!?」

「マジかっ!? 圧政から解放されるのか!?」

「これで……これで救われた!!!」


 歓声に近いどよめきが広がっていく。

 どうやらオフィーリアは、想像以上の暗君だったらしい。

 助けようとする者は一人もいない。


 ただ一人――

 プラエスの隣を歩く、もう一人の紋章師だけが浮かない顔をしていた。

 そして、その理由はすぐに明らかになる。


「サンド! 貴様ッ! 私を助けろ! お前の息子がどうなってもいいのか!?」


 ……なるほど。

 息子を人質に取られている、というわけか。

 オフィーリアの叫びに、サンドがわずかに身じろぎする。

 だが、その瞬間――


「サンド」


 ルナリアが、澄んだ声で命じた。


「ご子息が人質に取られているのであれば、我々が保護します。どちらに転んでも、オフィーリアは破滅。その者の言葉に、耳を傾ける必要はありません」


 それを聞いたサンドの肩から、ふっと力が抜ける。

 安堵が、はっきりと見て取れた。


 ……なんとなくだが。

 このサンドという男は、最初から積極的に悪に与していたわけではない。

 脅され、縛られ、仕方なく片棒を担がされていた――そんな印象だ。


 もっとも。

 それで罪が消えるわけではないがな。


 ちなみにホークはライトの背中で寝かされている。

 お天道様にあたり気持ちよさそうだ。


 丘に辿り着く頃には、領民たちが自然と俺たちを囲む形になっていた。

 誰に指示されたわけでもない。

 ただ、この決闘の行く末を見届けようという無言の意志が、足を運ばせたのだろう。


 そして――決闘の直前。

 アイシャが、俺を包み込むように抱きしめてきた。


「メナト……お母さんが代わろうか?」


「ううん。僕が……いや、僕たちがやるよ」


 僕たち――

 それはエルであり、ヘルマー伯爵であり、俺でもある。


「そう……分かったわ。でも決闘だとしても、何かあったらお母さんが加勢するから。だから安心してね」


 ……多分、というか間違いなく、加勢してくる。

 そうならないように終わらせないといけない。

 次に前に出てきたのは、ステラだった。


「お兄ちゃん……ケガしちゃダメだよ」


 そう言って、ぎゅっと俺に抱きついてくる。

 小さな体が震えているのが分かる。


「うん。頑張るよ」


 それ以上は言わない。

 言葉が増えるほど、不安も増えてしまいそうだから。

 そして最後に、ルナリア。


「メナト。できることであればプラエスを殺さないでほしい。あの男は色々と知っている可能性がある。これからオフィーリア子爵の尋問もするでしょうし、話の整合性を取るためにも……でも、メナトの命が最優先。そこだけは絶対に忘れないで」


「うん……なるべくそうする」


 そう答えてから、少しだけ言い淀む。


「……でも、できなかったときは……」


「それでいいの」


 即答だった。


「それでも、あなたを責める人はいない……それと」


 ルナリアは視線を逸らし、控えめに俺の腰に手を回す。


「嬉しかった。私のために、怒ってくれて」


「え、あ……うん……」


 少し年上のお姉さんとは言えど、ルナリアは今年で十一歳の少女。

 にもかかわらず、心臓が一拍、強く跳ねた。


 ……俺もオフィーリア側の本物なのか?

 一瞬そんな考えが頭をよぎり、内心慌てながら離れる。


「じゃあ、倒してくるから!」


 そう言い残し、俺は決闘を待つプラエスのもとへ向かった。


「皆との別れは済みましたか? もっとも、君を殺すつもりはありませんが。交渉材料として生かしておく予定ですから、ご安心を」


「それはどうも。僕も殺さないつもりだから、安心していいよ。でも手加減はしないから覚悟してはしててね」


「……そのような軽口は慎んだ方がよろしい。力みすぎて、本当に殺してしまいかねませんからね。私は未だに、君の右胸に飾られている白銀十字勲章の沙汰に、強い憤りを覚えていますので」


 ふうん……勲章にそこまで執着するあたり、武人の端くれというわけか。


「では、君が魔法の詠唱を始めた時点で、戦闘開始としましょう」


 ……舐め腐りやがって。

 なら、遠慮はしない。


『流れし血は悔恨となり――』


 詠唱を始めた瞬間、プラエスの表情が凍りついた。


「なっ――!? 紋章が赤く反応するだとッ!?」


 今さら気づいても、もう遅い。


『【咎ノ剣(ブレード・ギルト)】!』


 深紅の剣が顕現し、俺の右手に収まる。


「……なるほど。これは少し、警戒が必要そうですね」


 プラエスはじりじりと距離を取りながら、挨拶代わりとばかりに詠唱を始める。


『形なき力よ、空を折り畳み、一点に集い、針となり、我が五指より放て――』


 紋章が淡い黒に染まり、プラエスの周囲を環状に巡っていた魔法文字リテラ・マジカルが、右手の指先へと集約されていく。


『【指ノ圧針アークス・ディギトプレッシオ】!』


 透明な針が、音もなく飛来する。

 俺は地面を蹴り、横へ跳んだ。

 直後、地面が抉れ、ワンテンポ遅れて破裂音が五つ響く。


「っ……圧縮した空気を針状に……!」


 見た目は細いが、威力は相当だ。

 圧力は接触面積が狭いほど破壊力を増す。理屈としては分かっていた。

 だが、それ以上に驚いていたのは、プラエスの方だった。


「な、なんだ……? その身体能力は……その歳で、王宮騎士団の誰よりも身のこなしが軽い……だと?」


 そう。

 俺は【咎ノ剣(ブレード・ギルト)】を握っている間、【追憶の紋章(メメント・モリ)】の恩恵を受け、身体能力が飛躍的に向上する。


 あらゆる剣や盾に呼応する【剣の紋章】や【盾の紋章】の補正とは、比べものにならない。

 ヨーダの地獄の特訓で基礎能力も底上げされ、さらに赤銅盾勲章によって【盾の紋章】の加護も受けている。


 さすがにヨーダほどではないが、そこらの騎士よりは動ける。

 近づかれるのは不味いと判断したのか、プラエスは間髪入れずに次の詠唱へ移った。


『【指ノ圧針アークス・ディギトプレッシオ】!』


 今度は扇状に広がる五本の圧針。

 そのうちの一本を【咎ノ剣(ブレード・ギルト)】で薙ぎ払うと、霧散した。

 それを見て、プラエスの表情が明らかに曇る。


「……これは。ただの盾役かと思ったら、とんでもない小僧だな」


 余裕の笑みは消え、声色も変わった。


「ならば――俺も貴様を敵として認めてやろう!」


 プラエスは右手を天に掲げ、詠唱を開始。


『空を折り、圧を重ね、逃げ場なき質量を生み出せ。槌となり、審きとなり、抗うものを地へ縫い留め、天より墜ちよ――』


 【指ノ圧針アークス・ディギトプレッシオ】とは比べものにならない魔力が集束していくのが分かる。

 大気が歪み、光が屈折する。


『【堕圧ノ槌マッレウス・プレッシオーニス】!!!』


 プラエスの右手が振り下ろされた瞬間――

 上空から、圧の塊が叩きつけられた。


 ヤバい――!


 反射的にバックステップ。

 ほんのコンマ数秒前まで俺がいた場所の地面が、叩き潰されるように陥没する。

 安堵する間もなく、衝撃で砂塵が巻き上がり、視界は完全に奪われた。


 その中を、【指ノ圧針アークス・ディギトプレッシオ】が飛来する。


 くそッ! 今から詠唱しても、間に合わない!

 だったら――

 俺は即座に魔力を脚に回し、跳躍。

 圧力の針を躱すと同時に、 空中で身をひねりながら回転し、詠唱を開始。


『我が血潮よ、刃となりて空を裂け――【紅ノ閃光ハ奔ル(クリムゾン・エッジ)】』


 着地と同時に剣を振り抜く。

 刃の軌跡をなぞるように、深紅の光が弧を描き、一直線にプラエスへと奔った。


 だが――

 反転は織り込み済みだったのだろう。

 プラエスはすでに詠唱を終えていた。


『【圧界ノ壁(プレッシオ・ムールス)】!!』


 轟音とともに、不可視の圧が前方に凝縮され、壁となる。

 空気そのものが押し潰され、斬撃を拒むかに見えた。


 しかし、俺の深紅の斬撃は、それすらも凌駕していた。

 【紅ノ閃光ハ奔ル(クリムゾン・エッジ)】は、圧力の壁をまるで薄紙のように断ち割り、勢いを削がれながらもなお直進。

 逃れきれなかった刃が、プラエスの身体をかすめ、浅く――だが確かな傷を刻む。


「ぐっ――!? ば、馬鹿な……ッ! 【圧界ノ壁(プレッシオ・ムールス)】を、一振りで……!?」


 プラエスは息を詰まらせ、思わず数歩後ずさる。


「それに今のは何だ……一瞬、はっきりと死が見えた……!?」


 声が震えている。

 さっきまでの余裕は、もうどこにもない。


「言ったはずだ。殺さないだけで手加減はしない」


 俺は距離を詰めながら、淡々と告げる。


「俺の大切な人たちを傷つけた。その咎は必ず支払ってもらう。逃げ場はない。その身に、刻め」


 恐怖を刻み込むように、あえて歩幅を殺して近づく。

 詠唱の気配を見せれば、即座に駆ける構え。

 すでに距離は詰め終えていた。

 魔法が形を成すより早く、剣が届く間合いだ。


 そして――

 【咎ノ剣(ブレード・ギルト)】を、ゆっくりと一振り。

 深紅の剣身から零れ落ちた赤い雫が、プラエスの頬に触れ――音もなく蒸発した。


 その瞬間、プラエスの瞳が見開かれる。


 先ほどよりも、はるかに鮮明な死。

 避けようのない終焉の光景が、現実と重なったのだろう。

 プラエスは、恐怖に身体を強張らせ――完全に戦意を失っていた。

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