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第80話 灯る紋章

「おぉ! ようこそおいで下さった! さぁ、こちらへ!」


 オフィーリア子爵の屋敷に到着すると、子爵自らが満面の笑みで出迎えてきた。

 その背後には、いつも行動を共にしている二人の男。見慣れた顔だ。


 幸い、屋敷の正面にはヴェノムモリスの姿はないので、俺たちはそのまま屋敷へと入った。


「うわぁ~……すごい装飾品や美術品……これとか、絶対に高いよ」


 ステラが目を輝かせ、きょろきょろと室内を見回す。


「おぉ、さすがはアクィラ男爵のご令嬢。実に良い審美眼をお持ちだ。これはな――」


 そう言いながら、オフィーリア子爵の手が、ステラへと伸びる。

 反射的に、俺は一歩前に出て、その間に割って入った。


 一瞬だけ、子爵の動きが止まる。

 そして次の瞬間、ステラに向けていたものとはまったく違う目――

 苛立ちを隠さず、睨みつける視線が突き刺さる。


 ……俺だって一応、子供なんだけどな。

 そんな目で睨まれると、普通に傷つく。

 もっとも、ステラに向けていたあの視線を思えば、まだマシなのだが。


 それはともかく。


 通されたのは応接間ではなく、ダイニングだった。

 白いクロスがかけられた長テーブルに、装飾の施された赤い椅子がずらりと並んでいる。


 ホストはオフィーリア子爵。

 だから嫌な予感はしていたが、やはりその通りの席順だった。


 上座には当然のようにルナリア。

 その隣にオフィーリア子爵。

 そして子爵を挟み込むように、アイシャが座らされる配置。


 ――が、これは予想できていたことだ。


「申し訳ございません。私、男性恐怖症でして……主人や団員以外は、どうしても怖くて……」


 アイシャが申し訳なさそうに視線を落とし、もっともらしい嘘を並べる。


「左様でございましたか。でしたら、まずは私で慣れていただいた方がよろしいでしょうな。こう見えても、女性のエスコートには自信がありまして。さぁ、手取り足取り――」


 恥じらいもなく欲望を滲ませ、オフィーリア子爵がにじり寄る。

 しかし、そんなことをさせるわけがない。

 ホークが自然な動作でアイシャの腰に手を回し、穏やかな声で告げる。


「オフィーリア子爵、申し訳ありませんな。それは、またの機会にお願いしたい」


 そう言って、ホークとアイシャは至近距離で視線を交わす。

 おいおい、ここは人様の屋敷だぞ……もっとやれ。

 本当に口づけするのではないかと一瞬思った、その時。


「わ、分かった! ではそちらへどうぞ! その代わり……ご令嬢のステラちゃんを、私の隣へ……」


 こいつ、本当に気持ち悪い。

 そう思ったのは俺だけではないはずだが、当のステラは忌避感をまるで見せず、即答した。


「私はお兄ちゃんの隣じゃなきゃダメなんです! だから、ごめんなさい!」


 あまりにも迷いのない、清々しい拒絶だった。

 それが気に入らなかったのだろう。

 オフィーリア子爵は、またしても俺を睨みつけてくる。


 ……だったら。


「ステラ、おいで」


 そう声をかけ、俺はステラの手を取る。

 そのまま引き寄せ、ホークがアイシャにしたのと同じように、ステラの腰に右手を回すと、妹はすぐに満面の笑みを浮かべる。


「お父さんとお母さんみたいだね!」


「……嫌か?」


「嫌なわけないじゃん! 嬉しい!」


 そう言って、ステラは俺の腹元にぎゅっと抱きついてきた。


 それを見たオフィーリア子爵はというと、


「ぐぬぬぬ……!」


 奥歯を噛み締め、わかりやすく地団駄を踏んでいる。

 ……こいつ、本物だ。


 そう確信した直後、視線がするりと移動する。

 次の獲物は――ルナリアだった。


「で、では王女殿下……こちらの席へ……」


 促されたルナリアは、わずかに表情を曇らせる。

 今までは誰もルナリアの手を引いたり、助けてやる者はいなかった。

 でももう彼女が悲しむところを見たくはない。

 それに俺はもうオフィーリアに嫌われている。だったら――


「ルーナ。僕の隣がいい?」


 あえて愛称で呼び、左手を差し出す。

 一瞬、意外そうに目を瞬かせたルナリアだったが――


「メナト? そんなに私と一緒にいたいの? ……しょうがないなぁ」


 悪戯っぽく微笑み、俺の左手を取る。


「オフィーリア子爵。申し訳ございませんが、メナトが私と離れたくないようですので、今回は彼の隣に座らせていただきます」


 そう言ってから、さらに一歩踏み込み、

 自分の腰に俺の左手を回させる。


 そして、ステラを真似るように――

 控えめだが、抱きついてきた。


 右腕にはオーロラ王国の王女ステラ。

 左腕にはヘロス王国の王女ルナリア。


 ――王女サンド、完成してないか?


 俺とホークに完全に見せつけられた形となったオフィーリア子爵は、もはや涙目だった。


「わ、分かりました……メナト! いつまでステラちゃんと王女殿下の腰に手を回しているのだ! 早く座れ!」


 完全に癇癪を起こしている。

 ……ったく。

 男の嫉妬ほど、見ていてみっともないものはない。


 ただ、これ以上刺激するのも面倒と思ったのか、ホークが俺に目配せしてくる。


「はい、承知しました」


 そう口では答えつつ、ここは一応、紳士を気取ることにする。

 ステラの椅子を引き、次にルナリアの椅子を引く。二人が腰を下ろしたのを確認してから、俺も席に着いた。


 俺たちの正面に座っているのは、オフィーリア子爵と、その傍らに控える二人の男だけ。

 事前の予想では、もっと大人数で威圧してくるものだと思っていたが、どうやらそういう算段ではないらしい。


 ちなみにこちらは、ステラ、ルナリア、ホーク、アイシャと俺の五人。

 さらに屋敷の外には、ウィンとライトを待機させている。


「ごほん……本日、アクィラ男爵にお越しいただいたのは、他でもない。私の庭に咲いてしまったヴェノムモリスの件について。テビリスから戻ってきた途端、なぜか咲き乱れてしまってな。何か心当たりはないですかな?」


「……一つ考えられるとすれば、エーテルの種子に特別な加工を施さなければ、ヴェノムモリスへと変じてしまう、という点でしょうか。ヴェノムモリスは成長速度が非常に早い植物です。時期を考えても……誰かがテビリスでエーテルの種子を盗み、それを蒔かれたのでは、と推察しておりますが……」


 もちろん、エーテルの種子に加工など必要ない。

 単に第三世代の種子を蒔けば、ヴェノムモリスになるだけだ。

 だが、馬鹿正直に教えてやる義理はない。


「……そうですか。では、テビリスへ同行させた農夫が、種子を盗んでしまった……という可能性もあるわけですな。でも安心してくだされ、その者はすでに罰していますからな」


 どうやらオフィーリア子爵は、すべてを農夫一人に押し付ける腹積もりらしい。


 ホークも一瞬、怪訝そうな表情を浮かべる。だが、ここで「犯人はお前だ」と指摘したところで、証拠がないことは分かっている。


「察するに、エーテルを栽培しているアクィラ男爵もヴェノムモリスには苦い経験がおありでしょうな。触れれば毒に侵され、燃やせば毒煙を撒き散らす。実に厄介な植物だと聞いております。あれを……どうにかする方法はありませぬかな?」


 あれだけの量のヴェノムモリスだ。

 頭を悩ませるのは当然のこと。


 少量であれば、何重にも布を巻いて引き抜くこともできるだろう。

 しかし、あの量を引き抜くとなると、触れる可能性は跳ね上がる。


 なんと答えるか。

 皆の注目がホーク集まり、室内に沈黙が落ちる。


 父はすぐには口を開かなかった。

 まるで、その沈黙自体が答えであるかのように。


 その空気を、意図的に裂いたのは一人の男だった。

 いつもオフィーリア子爵の傍らに控えている従者である。


「オフィーリア子爵。それよりも、まずは乾杯からいかがでしょう。せっかく用意した料理もこれでは冷めてしまいます」


「お、おぉ……それもそうでしたな」


 子爵はわずかに間を置き、誤魔化すように手を叩く。


 すると待っていたかのように、料理が次々とテーブルへ運ばれてきた。

 見た目だけは豪奢。


 だが、どの料理もやけに照りが強く、香りも重たい。

 味付けは間違いなく濃いだろう。


 そして、ホークとアイシャの前に置かれた酒。

 鼻先を掠めるだけで分かる。

 これは、かなり強い。


 濃い料理に酒精の高い酒。

 相性が良い組み合わせだという話は聞いたことがある。


 酒に弱いホークには、明らかに危険だ。


 そんな俺の警戒心をよそに、オフィーリアは立ち上がり、グラスを掲げた。

 それに倣い、俺たちも立ち上がる。

 グラスを、目線の高さへ。


「では――オフィーリア子爵家と、アクィラ男爵家の親睦を願って!」


 一拍置いて、声を張り上げる。


「乾杯!!!」


 オフィーリアの音頭と共に、グラス同士が軽く触れ合う。


 ホークも一応、口に含む程度には酒を口にした。

 だが、それが気に入らなかったのだろう。


「アクィラ卿? 私の領で作った酒……お口には合いませぬかな?」


「いえ、私はあまり酒は得意ではなくて……」


「ほう? 軍家のアクィラ卿が下戸とは、にわかには信じがたいですな。遠慮など不要ですぞ、ささ……」


 俺の酒が飲めないと申すか? そんな含みを、言葉の端々に滲ませながら、オフィーリアは執拗に杯を勧めてくる。


 まるで昭和の宴席だ。

 断りづらい空気に押され、ホークも少しずつではあるが飲み進めてしまう。


 それでも父は慎重だった。

 チェイサーとして水をかなりの量、間髪入れずに口にしている。


 そんな光景を横目に、俺たちも目の前の料理に手を付ける。


 ――美味い。


 だが、ステラやルナリア、アイシャの様子は違った。

 ナイフとフォークが、ほとんど進まない。

 相変わらずのバカ舌っぷりに自嘲してしまうが、こればかりは仕方ない。


 ただ、そんな俺でも味付けが濃すぎると感じる。

 重く、舌に残り、容赦がない。


 そのせいか、やたらと喉が渇く。

 何度も給仕に頼み、水を注いでもらう。


 気づけば――

 巨大な水差しは、ほぼ俺とホークだけで空に近づいていた。


 残りは、グラスにして数杯分。


 先にホークのグラスが満たされ、

 次に、俺の前へと水が注がれる。


 その瞬間だった。


 ――魔法手袋の内側。

 視界の端で、ほんのりと。


 紫黒の光が、脈打つように灯ったのは。

できたてホヤホヤです

今月いっぱいは毎日投稿したいのですが、できなかったらごめんなさいm(__)m

お、オラにチカラを……

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