第78話 因果応報
一週間後、原生林の外周部にて――
「ようこそ、お越しくださいました。ここから先は、私たちの後についてきてください」
ホークがにこやかにオフィーリア子爵を迎える。
「わざわざ出迎えていただき、かたじけないですな」
「いえいえ。この先は魔境と呼ばれた区域。子爵に万が一のことがあれば、ヘロス王国にとっても痛手ですから」
見え透いたお世辞ではあったが、オフィーリア子爵は満足そうに大きく頷いた。
今回、子爵は四人の従者を伴っていた。
そのうち二人は帰路を共にした者で、どちらも両手に魔法手袋をはめている。
もう二人は石工と農家と思われる装いをしていた。
先頭はホークとルナリアの乗る馬車。
その横をライトが並走し、
続いてオフィーリア子爵の馬車、
最後尾には俺とステラ、ヨーダ、パルブの乗った馬車が続く。
原生林を抜けると、視界は一気に開け、テビリス平原が広がった。
そこではエーテル作物が規則正しく植えられ、今も入植者たちが畑に入り、種を蒔き、収穫を行っている。
さらに、レビンデマンモスやテビリスバイソンといった草食獣が、人を恐れる様子もなく、平原を自由に駆け回っていた。
その光景の中を馬車は進み、やがて俺たちの住まいへと辿り着く。
「まだ屋敷は完成しておりませんので、仮住まいとなります。手狭ではありますが、どうぞ」
そう案内すると、オフィーリア子爵は首を横に振った。
「いえ、まずはヘロス王国の戦略物資とも言えるエーテルの栽培を拝見したい」
ホークの返事を待つこともなく、子爵は四人の連れを伴い、エーテルが実る畑へと勝手に歩き出す。
「……ほう、これがエーテルですか」
子爵は花や茎に手を伸ばし、軽く触れる。
それを合図にしたかのように、従者たちと小声で言葉を交わし始めた。
その表情を見れば分かる。
どうせ碌でもない算段を巡らせているのだろうと、誰もが同じ感想を抱いた。
「アクィラ男爵。エーテルのどの部分がエーテルポーションの元となるのですかな?」
「種子ですが……」
「なるほど。この種子が……」
子爵はそう呟き、口元に薄い笑みを浮かべる。
「では、見学はこれで十分でしょう。屋敷の中へ」
そう言って話を切り上げると、多少強引だったが、子爵を促して屋敷へ向かう。
その道中、子爵は周囲を見回しながら言った。
「いやはや……灯りはすべて魔晶灯ですかな。これほど至る所に設置されているとは。さぞや、儲けていらっしゃるのでしょうな」
探るような、軽いジャブ。
「いえいえ、子爵ほどではありませんよ。その点は、ルナリア王女殿下もご存じです」
都合の悪い話題はすべてルナリアに振る。
彼女がいれば、必ずホークに有利な形で収めてくれるからな。
「アクィラ男爵の言うとおりです。男爵家としての財を大きく逸脱しないよう、私が監視しておりますので、その点はご心配なく。魔晶灯が多いのは、私がこの地に滞在しているからに過ぎません。私が来る以前は、篝火しかありませんでした」
――真っ赤な嘘だ。
どう見てもアクィラ男爵家は、他の男爵家とは一線を画している。
下手をすれば、上級貴族に匹敵する豊かさだ。
だが、ルナリアにそう言われてしまえば、オフィーリア子爵は頷くしかない。
子爵はそれ以上踏み込むことなく、屋敷の中へと入っていった。
上座にはルナリア、その隣にはホストであるホーク、アイシャと座る。
本来であれば夫婦が隣り合わないのが礼儀かもしれないが、形式に従えば、オフィーリア子爵の隣にアイシャを座らせることになる。
それを避けるため、この配置が選ばれた。
子爵は何度もアイシャを隣の席に呼ぼうとしたが、すべて黙殺された。
結果、オフィーリア子爵とその連れは、揃って反対側の席に着くことになる。
会食は終始、当たり障りのない会話に終始し、子爵が連れてきた者たちを貸し出すという提案も、無難に断ることができた。
途中で農夫と思われる者が離席し、しばらく戻ってくることはなかった。
そんな中、一つだけ予想外なことがあった。
エーテルポーションの事業に、どんな形でもいいから関わらせろ。
そういった言葉が、ついに一度も出なかったのだ。
事前に問答集を用意していたのだが、無駄となる。
まぁいいことなのだが。
「では、我々はこれで失礼するとしよう。アクィラ男爵、貴殿とは良き隣人として、ヘロス王国を共に支えていけそうですな」
子爵はそう言い残し、満足げな笑みを浮かべて屋敷を後にした。
そんな子爵を原生林の外まで見送ると、ホークが低く呟いた。
「オフィーリアめ……エーテルの種子を、かなり持っていったようだ」
「どういうこと?」
「ウィンが上空から見ていた。俺たちが会食をしている間、連れてきた農家の一人に命じて、密かにエーテルの種子をもがせていたそうだ」
だから会食中、あれほど大人しかったのか。
「……なんで止めなかったの?」
「指摘しても、切られるのは農家の首だけだろう。数は多く見えても、エーテルポーションにするには足りない。瓶一つ分にもならないはずだ。それに持ち出したのは第三世代の種子だしな」
なるほど。
第一世代、第二世代なら話は別だが、第三世代なら問題にならないという判断か。
このまま欲を出さなければ、ここで終わる。
しかし、欲を出せば、遅くとも一カ月後には……。
オフィーリア子爵の性格を思えば、その未来はほぼ確定だ。
それは俺だけでなく、ホークも同じ考えだったようだ。
「近いうちに、争いが起こるかもしれない。酒精の入っていないエーテルポーションを、多めに用意しておこう。ルーナ、その時は迷惑をかけると思うが、よろしく頼む」
「ええ、分かりました」
こうして俺たちは、来るべき日に備え、静かに準備を始めた。
そして――
その日は、意外なほど早く訪れた。
オフィーリア子爵が帰還してから、わずか一週間後。
テビリスに、一通の手紙が届いた。
「非常事態につき、至急マルゴへ来られたし」
マルゴ。
それは、オフィーリア子爵領の領都だ。
期待を裏切らない男だった……というべきか。
こうして俺たちは半ば予想通り、マルゴへ向かい、子爵の屋敷の前に馬車を止めることになる。
「うわぁ……これは凄いね!」
俺の手を引かれ、ステラがぴょん、と馬車から飛び降りる。
「な、なにこれ!? 一週間しか経ってないのに、こんなことになるの!?」
続いてルナリアの手を取って降ろすと、彼女も思わず声を上げた。
数週間前、この屋敷の前を通ったときとは、あまりにも景色が違いすぎる。
「うん。あの成長速度は異常だよ。下手をすれば、一日であそこまで伸びるらしい……」
そう言って、俺も二人の視線の先を見る。
屋敷の両脇を埋め尽くすように、咲き乱れる無数の紫黒の植物。
禍々しいほどに生命力を誇示する、その姿。
――ヴェノムモリスだった。




