表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/102

第77話 痛み分け

 王都ヘリザリムを出てすぐのことだった。

 オフィーリアが満を持したかのように口を開く。


「さすがはアクィラ卿ですな。まさか、魔境と呼ばれたテビリスの開拓に成功なさるとは」


 唾を飛ばしながらの言葉が、馬車の空気を濁らせる。

 正面に座るのは俺だからたまったものではない。


「して……何が特産なのですかな?」


 子爵が身を乗り出し、顔を覗き込んでくる。

 その視線は、獲物の隠し場所を探る審問官のそれだった。


「特に特産などはありませんよ。巨獣が多く、踏み荒らされた土地を耕すだけで手一杯です」


 ホークが即座に、そして無難に返す。

 だが、オフィーリア子爵の好奇は一切衰えなかった。


「またまた……私はごまかされませぬぞ?」


 子爵は指を組み、にやりと口角を上げる。


「ヘロス王が、わざわざルナリア王女殿下を監視役に付けてまでテビリスに目を向けておられる。さらに資金繰りも順調。王都での買い物も、新興男爵家では到底手が出ぬ品ばかり……」


 そこまで聞いて、ようやく腑に落ちた。

 こいつが何を嗅ぎ、何を狙って、この馬車に乗り込んできたのか。


「――エーテルポーション」


 子爵が、確信を込めて名を口にする。


「あれは、アクィラ男爵家で製造しているのでは?」


 やはり、そこか。


「昨日、馬車を直接王城へ乗り入れていたのが証拠。長く城の周辺を散策しておると、いろいろと目に入るものでな」


 散策、ね。

 実態は餌を嗅ぎ回る豚と変わらない。


「なに、そんなに身構えることはありますまい。私とアクィラ男爵家の仲ではないですか。ほんの少しでいいのです。我々の領でも耕作ができれば……そんな思いが、無きにしも非ずでしてな」


 美味しい蜜の匂いを嗅ぎつけ、巣に入り込もうとする害虫。

 それも、かなり図体の大きい部類だ。

 ただ、そんな相手を前にしても、ホークの表情は一切変わらなかった。


「確かにエーテルポーションは私どもが製造しております。ですが、テビリスの地だからこそ可能という代物ではございません。私たちがヘルマー伯爵領・ラージャンに身を置いていた頃から製造しておりました。それについては、ヘルマー伯爵にお尋ねいただいても構いません。そして何より独占権は国王陛下がお持ちです。もし耕作をご所望であれば、陛下に直談判なさるのが筋でしょう」


 当てが外れたのか、オフィーリア子爵は小さく舌打ちをする。


「チッ……」


 だが、その程度で引き下がる男ではなかった。

 脂の乗った腹を揺らし、すぐさま別の角度から噛みついてくる。


「なるほど……確かに、あれほどの戦略物資ともなれば、王が管理するのも理解できますな。ただ、今後あれほどの重量物を何度も交易するとなれば、街道の石畳も痛みましょう。補修には人手も金も必要……税を課すことになっても、致し方ありませぬよな?」


 今度は隠しもしない。

 露骨な集金の算段だ。

 だが、ホークの表情は微動だにしなかった。


「ええ、もちろん。その場合、その費用は王城へ請求することになりますが」


 子爵の眉がわずかに動く。


「そうなれば、陛下は街道を所有する領主に対し、転封を命じるかもしれませんな。交易路から外れた辺境であれば、街道の維持も不要でしょう」


 にこやかな笑みを浮かべたまま、言葉は確実に喉元を狙っていた。


「……もしよろしければ、その際は私が推薦して差し上げましょう」


 馬車の中に、重たい沈黙が落ちる。

 オフィーリア子爵は口を開きかけ、何も言えずに閉じた。

 脂汗が、額を伝う。


 こうして、探り合いと牽制に満ちた会話は数時間続き――

 ようやく、俺たちは本日の宿へと辿り着いた。


「オフィーリア子爵の狙いは、エーテルポーション事業への介入か、あるいは金の搾取だ。くれぐれも、迂闊なことはしゃべるな」


 部屋に【曙光の鷹】の面々を集め、ホークが念を押す。

 全員が「やはりか」という表情を浮かべていた。

 その中で、俺はステラに声をかける。


「ステラ、さっきの馬車……怖くなかったか?」


「怖い? どうして?」


「オフィーリア子爵、何度もステラのことを見てただろ?」


「うん! ジロジロ見てきてたよ。でも怖くなかった」


 にこっと笑って、続ける。


「だって、お兄ちゃんがずっと隣で手を握ってくれてたもん!」


 なるほど。

 どうやら俺は、思っていた以上にステラの支えになっていたらしい。


 その様子を見ていたルナリアが、少し羨ましそうに呟く。


「ステラはいいなぁ……頼りになるお兄ちゃんがいて。私も、そういうお兄ちゃん欲しかったな」


 視線を宙に向けながら、ぽつりと。


「なんだ。手を握ってほしいなら、いつでも握ってあげるよ?」


 昼間のお返しとばかりに軽く揶揄うと――


「そ、そう……じゃあ、いつかお願いしようかな」


 途端に落ち着きがなくなる。


「あっ! ルーナ、照れてる!」


「て、照れてないってば! このっ!」


 ルナリアがステラの脇の下に手を入れてくすぐると、二人はそのままベッドに倒れ込み、わちゃわちゃとじゃれ合い始めた。

 その光景を眺めながら、アイシャが口を開く。


「でも……ホークはともかく、メナトとステラを、あの子爵と同じ馬車に乗せるのは避けたいわね。明日はお母さんが代わりに――」


「お、お母さん! 僕たちは大丈夫だから。お母さんは最後尾の馬車で、周囲の警戒をお願い」


 これだから、無自覚な美人は困る。

 とはいえ、ヨーダもステラのことが気がかりなのだろう。


「……メナト、ステラ。明日から、合理的にあの場を抜け出す方法がある」


「え? どんな方法?」


「それは明日のお楽しみだ。ただし、非常に効率的だ」


 そう言い残してヨーダは自室へ戻っていった。

 やがて他の面々も、それぞれの部屋へと引き上げていく。

 ヨーダの言う「お楽しみ」で、楽しかった記憶は一度もない。


 嫌な予感を抱えたまま、俺はステラと二人、布団にもぐり込んだ。




 翌日――


 やはり、俺の予想は当たった。

 いや、当たってほしくなかった。


「メナト! もっと高く跳べるだろう!」


 晴れ渡った空に、ヨーダの怒号が響く。


「む、無理……! それに、上手く回転できなくて……!」


「踏み込みが足りない! 跳ぶ瞬間、魔力が脚を巡るよう意識しろ!」


 馬車から抜け出せる。

 その甘言に釣られたのが、そもそもの間違いだったのかもしれない。


 ヨーダの提案は、馬車と並走して軽く走る……などという生易しいものではなかった。


 木剣を手に、助走をつけて跳躍。

 空中で身体を斜めに回転させ、遠心力を乗せて木剣を振り抜く。


 そんな訓練を、延々と。

 馬車の前方では、俺とイヴァン、エヴァンの三人が、ぴょんぴょんと跳ねながら走らされていた。


 ただ、ヨーダの想いも伝わってくる。

 俺は常にステラの傍にいる。

 だからこそヨーダは、俺に強くなってほしいのだ。

 身体的にも、精神的にも。


 一方のステラはというと、すでに体力が尽き、ライトの背に乗ってもふもふを満喫している。まぁ、ステラはまだ魔力を授かっていないから仕方ないだろう。


 ルナリアは相変わらずマイペースに走り、

 スタミナ切れを起こしたペッパは、アイシャと同じ馬車で休憩中だった。

 

 とはいえ、この地獄の特訓ですら、馬車の中よりは遥かにマシだ。

 あちらでは今もオフィーリア子爵が、どうにかして金を搾り取れないかと必死になっているのだから。


 しかし、その言葉の一つ一つを、ホークは見事に躱し続け――




 王都ヘリザリムを出発して十日。


「オフィーリア子爵、我々はここで」


 ついにオフィーリア子爵領、領都マルゴへと到着した。


 子爵からの要求を、一つも呑まずに済んだのは本当に凄い。

 俺がホークの立場だったら、面倒になっていくつか譲歩していたに違いない。


 オフィーリア子爵は、何の成果も得られなかったことが相当不満らしく、

 恨めしそうな視線でこちらを睨みつけてくる――が、最後のあがきは意外なものだった。


「うむ、流石は【曙光の鷹】ですな。ここまで安心して過ごすことができました」


 珍しく殊勝な態度のオフィーリア。


「いえ。これからも、良き隣人でありたいものです」


 社交辞令を返し、馬車へと乗り込もうとするホーク。

 だが、その背中に、まさかの言葉が投げかけられる。


「そうですな。では、改めて礼を尽くし、テビリスへ伺わせてもらいたい」


「い、いや……オフィーリア子爵のような大物が訪れるような地ではありませぬ。獣はそこら中を歩いておりますし、屋敷もまだ整っておらず……とても、まともなおもてなしは――」


「おお……隣人が困っているのであれば、助けるのが私の務めというもの。では、職人を連れて近日中に伺いますゆえ、よろしく頼みますぞ」


 利益を奪う、あるいは金銭を搾取しようとする言葉であれば、いくらでも跳ね返せる。

 だが、こうして好意の形を取られてしまうと、無下に拒むわけにはいかなかった。


「……承知しました。では、一週間後に迎えに参ります。それでよろしいでしょうか?」


「もちろんですとも。その時までには、最高級の羊肉を用意しておきましょう」


 こうして俺たちは、一週間後、オフィーリア子爵を迎えに行く約束を取り付けられてしまったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ