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第76話 ハラデルさん御一行

 翌朝――


 宿で少し遅めの朝食を取っていると、王城から戻ったルナリアが、ライトを伴って姿を現した。


「おはようございます、ルナリア王女殿下!」


 ホークが真っ先にナイフとフォークを置き、立ち上がって一礼する。

 それに、俺たちも倣った。


「ええ、おはよう……なんだか、慣れないですね」


 少し困ったように微笑むルナリアに、ホークが声を潜める。


「……はい。しかし、ここは王都。誰に見られているか分かりませぬゆえ……」


「そうですね。助かります……アクィラ男爵」


 ルナリアはそれ以上何も言わず、俺たちの食事が終わるのを静かに待った。

 食後、すぐに部屋へ戻る。

 扉が閉まったのを確認してから、ルナリアは本題を切り出した。


「お父様は、エーテルポーションを年間千二百樽、欲しいと仰っていました」


 それは、俺たちが事前に想定していた数字より、やや控えめな量。


「私は、十分可能だと思います。ただ……作物ですから、凶作の年も考えられる。そうなった場合は供給量が落ちる可能性もあります。その点は私が責任をもって精査すると伝えましたが……よろしかったですか?」


「はい。ご配慮、痛み入ります」


 ホークが深く頭を下げると、ルナリアは相変わらず落ち着かない様子で、


「こ、ここでは……そこまでしなくても……」


 そう言いながら、少し話題を切り替える。


「それと、採掘の件もお父様に伝えました。結論としては――すべて、アクィラ男爵に一任するそうです。ただし、専門家を一人こちらに派遣するので、その意見だけは参考にしてほしい、と」


 そう言って、懐から一通の書状を取り出した。


「こちらが、その証書です。確認してください」


 羊皮紙には、今しがた告げられた内容が正式な文言として記されている。

 採掘権はホークに帰属し、そこから生じる利益もまた、すべてアクィラ男爵家のものとする――。


 そして、その末尾。

 王の署名。さらに、その下には赫々たる玉璽。

 これ以上の証書は存在しないだろう。


 ルナリアがいるからこそ、話は驚くほどトントン拍子で進んでいく。

 もっと面倒な交渉や駆け引きがあるものだと思っていたが……。


 にしても――あの埋蔵量。

 いずれ、想像もつかない額が動くことになるだろう。

 まぁ、王にはエーテルポーションで大いに儲けてもらえればいい。


 証書を丁寧に畳み、懐へしまったホークが、皆を見渡して言った。


「よし! では、必要な物を買い出しして、出発するとしよう」


 昨日王都に着いたばかりだが、もうテビリスへ帰る。

 入植者は増えたとはいえ、まだまだ人手は足りない。

 御者まで領民から出している現状では、一日でも早く戻る判断は当然だった。


 宿を出て、それぞれ買い物へ向かう。

 

「お兄ちゃん! なんかお揃いのものが欲しい!」


「そうだね。せっかくだから何か買ってもらおうか。でも僕たちだけじゃ悪いから、イヴァンたちの分も一緒にね」


 全員お揃いとなると、意外と選択肢は少ない。

 そう思いながら店を巡っていると――


「あっ、これなんかどう?」


 俺が足を止めたのは、つけペンの並ぶ棚だった。


「これからステラも文字や魔法文字リテラ・マジカルを勉強しなきゃいけないし、イヴァンとエヴァンも魔力を授かった。きっと必要になると思うんだ」


 つけペンとは金属製のペン先とペン軸を組み合わせた物。

 しかし、俺が見つけたのは金属製のペン先ではなく、魔晶石製の物だった。


「うん! これでお兄ちゃんと一緒に勉強、頑張る!」


 その一言で、アイシャは即決だった。

 店主が目を丸くするのも構わず、全員分を買い上げる。


 アイシャは双子とペッパにも欲しい物を買ってあげる。

 双子はヨーダに厳選してもらった新しい木剣。

 ペッパはカンタ君の帽子や服。


 ちなみに木剣は俺の分もあるという……。

 もう持っているのに、何に使うんだ? と思いながら受けとる。


「王女殿下は、何を買われたのですか?」


 俺とステラがつけペンを選んでいる間、ルナリアはアイシャと別の店に入っていた。だが、その問いかけに彼女は頬をぷくっと膨らませる。


「メナト? ルーナって呼びなさい」


 王都にいても、そこは譲らないらしい。


「……ルーナは、何を買ったの?」


 いつもの口調に戻すと、ルナリアは悪戯っぽく俺の顔を覗き込んでくる。


「気になる? 見たいの?」


 ち、近い……。


 すると――


「あっ! お兄ちゃん、赤くなってる!」


 すかさずステラが指摘する。

 ルナリアめ……ちょっと可愛いからって……。

 すると、見かねたアイシャが助け舟を出してくれた。


「二人とも、メナトが分かりやすいからって揶揄わないの」


「「はぁ~い」」


 揃った返事。

 ステラはいつものように満面の笑みで俺の右手を取り、

 ルナリアは一歩だけ距離を空けて、俺の左隣を歩く。


 馬車に向かうと、すでに買い付けを終えていたホークが、連れてきた御者たちに指示を飛ばしながら農具や石灰を積み込ませていた。


 数も量も尋常ではない。

 これだけの品を一括で買えるのは上級貴族でも多くはないだろう。


 アイシャは買い忘れがないか、ホークと一緒に積み荷を確認。

 その間、俺とステラ、ルナリアは先に馬車へ乗り込み、出発を待つことにした。

 ちなみに、ヨーダと双子、ペッパは別の馬車だ。


 と、そこにできれば一生、耳にしたくなかった声が響く。


「おぉー! これはこれは、アクィラ男爵ではありませぬか。奇遇ですな」


 馬車の外を覗くと、でっぷりと腹を突き出したオフィーリア子爵が立っていた。

 汗に濡れた額、無駄に上等そうな服。

 昨日の品評会で食べ過ぎたのか、腹回りはさらに主張が激しい。


 いつもなら取り巻きや騎士を引き連れている男だが、今日は珍しく一人きりだった。


「オフィーリア子爵。昨日の仔羊、絶品でした」


 極めて形式的に、社交辞令を返す。

 それだけで十分だ。


 だが子爵は満足そうに腹をぽんと叩き、脂の乗った笑い声をあげた。


「そうでしょう、そうでしょう! あの肉を口にできるのは、ほんの一握り。下級貴族や庶民など、一生かかっても縁のない代物ですからな!」


 暗に、俺たち男爵家では口にできない代物だと言いたいのだろう。

 だがステラの評価は「まずい」だったし、正直どうでもいい。

 そんな俺の内心など知る由もなく、オフィーリア子爵は得意げに話を続ける。


「もうそろそろお帰りですかな?」


「ええ。私たちが王都にいても、やるべきことはありませんので……それに新興貴族ゆえ、片付けねばならぬ仕事も多く……」


 だから、ここで油を売っている暇はない。

 ホークはそう含ませた言い方をした――はずだった。


「おお、奇遇ですな。実は私も、これから領地へ戻ろうとしていたところでして……」


 嫌な予感が、背筋をなぞる。


「それで、ひとつ相談なのですが――ご一緒させてもらっても、よろしいかな?」


 ……最悪だ。

 断ったところで、どうせ帰る街道は同じ。

 余計な波風を立てる方が面倒だと、ホークも理解してしまったのだろう。


「ええ……まぁ、構いませんが……」


 一瞬の逡巡ののち、そう答えた。


「おお! 名高き【曙光の鷹】と道を共にできるとは心強い! では――」


 子爵は豪快に笑い、次の瞬間、信じがたい行動に出た。

 なんと、俺たちの馬車へと、そのまま乗り込んできたのだ。


「お、オフィーリア子爵!? ご自身の馬車でお帰りになるのでは――ッ!?」


 外から、ホークが慌てて制止する。

 だが子爵は、狭くなった馬車の中で腹を揺らしながら、いけしゃあしゃあと言い放つ。


「そんな水臭いことを。隣り合う領地を治める領主同士、同じ馬車に揺られて親睦を深める――実に美しいではありませんか」


 ドカッと俺たちの正面に子爵が腰を下ろすと、馬車が大きく揺れた。

 揺れるのは腹だけにしてくれ、と心の中で悪態をつく。


 そのときだった。

 危機察知能力の塊みたいなルナリアが、ぽんと手を打つ。


「あっ――! ライトの餌、買い忘れてしまいました!」


 言うが早いか、子爵と入れ替わるように馬車を飛び降り、そのまま人混みへ消えていく。

 判断が早い。逃げ足も早い。

 なるほど、王宮騎士団が捕まえられないわけだ。


 一方、俺とステラは馬車の中に取り残された。

 オフィーリア子爵の視線が、ねっとりとステラに絡みつく。

 舐め回すようなその目に、思わず背筋が強張る。


 ……こいつ、まさか。


 警戒心が一気に跳ね上がるが、当のステラはというと、いつも通りの屈託のない笑顔だった。こんな男を前にして、怖くないのだろうか。


 そこへ、諦めたような顔のホークが馬車に乗り込み、先ほどまでルナリアが座っていた場所に腰を下ろす。


「ん? アイシャ殿は?」


「ええ。いつも子供たちの面倒を見てもらっているので、別の馬車に乗ってもらっています」


 真っ赤な嘘だ。

 いつもはアクィラ男爵家とルナリアの五人で馬車を共にしている。

 間違いなく、オフィーリア子爵とアイシャを同席させたくなかったのだろう。


「むむむ……それは残念。アイシャ殿とも、ぜひ親交を深めたかったのだがな」


 本当に残念そうな顔を作る子爵。


「あの……まもなく出発しますが、よろしいのですか? オフィーリア子爵の馬車や従者の方々は……」


 あまりに突然の同乗だった。

 外で困っているのではないかと思ったのだが。


「心配いらぬ。街の入り口に待たせてある」


 子爵は腹をさすりながら、取り繕った笑みを浮かべる。


 こうして俺たちは、微妙に歪んだ空気を馬車に詰め込んだまま、

 王都ヘリザリムを後にした。


 オフィーリア子爵の思惑を知らぬままに――

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