第71話 ライト
深夜――
「ピィーーーッ!!!」
ウィンのけたたましい鳴き声で、跳ねるように目を覚ました。
「な、なんだろ……」
いつもなら叩き起こさないと起きないステラまで身を起こす。
それほどまでに警戒を促すウィンの鳴き声だったのだ。
外には危険が満ちている。
レビンデベアか。
それとも、外界からの刺客か。
急いで身支度を整えたところで、扉が開いた。
入ってきたのはホークだった。
「どうやら……主がお出ましのようだ。気をつけろ」
俺たちがテビリスに入植してから、半年以上姿を現さなかった存在。
深夜に時折姿を現すようだが、それは滝の近くだけ。
ウィンが泣いたということは、近くに来たのだろう。
ステラとアイシャに別の部屋で寝ていたルナリアを起こしてもらいに行き、一足先に俺とホークは外に出た。
すると、レビンデマンモスが陣形を組むかのように、俺たちの家の付近を守ってくれている。
その上に将軍鷹も鋭い視線を闇の彼方に向け、ウィンが上空を旋回。
ほどなくして、双子一家、ペッパ。
さらに大工や石工、そして【血の十字旗】が派遣してくれている傭兵たちが、次々と家の周囲へ集まってくる。
そこに、ルナリアを伴い、ステラとアイシャが到着。
事情が呑み込めていないルナリアは不安そうな表情をのぞかせる。
「ど、どうしたの……?」
「うん。僕たちが入植する前、このテビリスには二つの種が主として存在していたらしいんだ。一つは今こうして僕たちを囲むように守ってくれているレビンデマンモス。そしてもう一つ……これまでずっと姿を現さなかった種が、どうやら近くまで来ているみたいなんだ」
そう言って目を凝らしてもなかなか見えない。
だが、ウィンは今も威嚇するような鳴き声を上げ、上空を旋回し続けている。
十分くらい経った頃――
ついにそれが姿を現した。
満月に照らされ、ゆっくりと闇の奥から現れたのは――
体高だけでも一メートルは超えている白銀の毛並みをした狼。
が、テビリスの動物と比較すればかなり小さな印象。
しかし、その背後には従うかのように、数頭のレビンデベアが追従していた。
草食動物の王がレビンデマンモスなら、
肉食動物の王は、この狼なのだと示すかのようだった。
「メナト、いつでも戦闘に入れるよう準備しておけ」
「うん、分かった」
俺たちの先頭に立つのはヨーダ。
その背後に俺とホークが続く。
アイシャとパルブは、非戦闘員を守るように陣形を展開した。
しかし、狼は吼えることも、威嚇することもなく――
ただ、静かに、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくるだけだった。
「これって……戦闘の意思、あるのかな?」
「分からない。ウィンにずっと語りかけさせているが……反応がない」
ホークはそう答えながら、右手を前に掲げる。
いつでも詠唱に入れるよう、完全に構えた状態だ。
と、その時――
不意に、背後から切迫した声が響いた。
「えっ――!? 紋章が……熱い――」
声の主はルナリアだった。
彼女は慌てて右手の魔法手袋を外す。
【月の紋章】が発光し、満月の形を描いて脈動していた。
だが、目の前には迫る狼。
今はルナリアを気にかけている余裕はない。
――が。
突如、背後から金色の光条が放たれ、一直線に狼へと向かう。
見れば、ルナリアの【月の紋章】から放たれているではないか。
光は攻撃ではなく、やわらかく狼を包み込んだ。
すると、白かった毛並みが、鮮やかなプラチナブロンドへと変わる。
まるで、月の灯りそのものが宿ったかのようだった。
その瞬間、ホークが弾かれたようにルナリアへ振り向く。
「使役だ! 紋章の力で、あの狼を使役できるかもしれない! 魔力を解放しろ! 狼と対話するんだ!」
「え? でも、そんなこと――」
「大丈夫だ。俺が使役のやり方を教える。とにかく体内の魔力を巡らせて、狼を自分の魔力で満たすつもりで放出し続けるんだ」
ウィンを使役してきた経験があるからだろう。
ホークは迷いなくルナリアの右手に触れ、その腕を狼へ向けて掲げさせた。
「す、すごい……どんどん魔力が吸い取られていく感じがして……このままじゃ……持たないッ!?」
ルナリアの訴えを聞くと、ホークはすぐにペッパへ指示を飛ばす。
「ペッパ! 家の中からエーテルポーションを持ってきてくれ! 使役には大量の魔力を消費する! 酒精の入っていないものだ!」
ペッパは即座に頷き、俺たちの家の中へ駆け込む。
イヴァンとエヴァンも、それに続いた。
俺が飲む用として、酒精抜きのエーテルポーションを多めに備蓄していたのが、ここで役に立つ。
ルナリアはエーテルポーションを口に含みながら、魔力の解放を続ける。
一方の狼はというと、抵抗する様子もなく、ただただ彼女から溢れる魔力を静かに受け止め続けていた。
皆が固唾を呑んで見守ること、数分――
ルナリアが小さく口を開く。
「えっ――? 聞こえる……」
彼女の顔は驚きで満たされていた。
「……あの子の声が……敵意は、ないみたい……月狼という種で……私の紋章に惹かれて来たんだって……」
そう言うと、今度はルナリアがゆっくりと前へ歩き出した。
さすがに一人で行かせるわけにはいかない。
俺もすぐ隣に並び、いつものようにステラもついてくる。
その後ろを、ホークたちが警戒しながら続いた。
狼との距離が十メートルほどになったところで、ルナリアはその場にしゃがみ込む。
「おいで……」
その言葉に応えるように、狼は静かに歩み寄り、
差し出されたルナリアの手を――ぺろりと一舐めした。
それは攻撃でも威嚇でもなく、
まるで主の匂いと味を覚え込むかのような、穏やかな仕草だった。
「まさか、【月の紋章】に狼を使役する力があったとはな……」
ホークは感心した様子で、ルナリアとその傍らに控える狼を見つめる。
「ルーナ。名前を付けてやれば、使役は完全に成立する」
「名前……じゃあ……」
ルナリアは少し考え、しゃがみ込んで狼の頭を優しく撫でた。
「あなたの名前はライト。ライト、これからよろしくね?」
その瞬間、ライトは目を細め、応えるように満月に向かって遠吠えをした。
こうして――
また一人……いや、一頭か。
【曙光の鷹】に、新たな仲間が加わったのである。




