第70話 仲間
王都ヘリザリムを出発したのは、三日後のことだった。
必要な物資の買い出し、そしてルナリアの団服を大至急で仕立てさせる日々。
気づけば荷は馬車五台分にまで膨れ上がっていた。
通常であれば、これほどの量を運ぶなら護衛として傭兵団を雇う。
だが、俺たちにはその必要がない。
ウィンの警戒。
そして、個々の戦力。
――問題は、それを賊が知らないという点だけだ。
「前方に二十。左右に十ずつ……待ち伏せだな。だが、このまま突っ切るぞ」
ウィンからの報告を受け、ホークが淡々と告げる。
賊からすれば、完璧な奇襲のつもりなのだろう。
だが俺たちからすれば、最初から丸見えの配置だった。
「じゃあさ、前の連中、僕にやらせてよ」
軽く手を挙げると、ホークが嫌そうに眉をひそめる。
「……また妙なことを試す気だろう」
「そんなことないよ? だけどどういう反応を示すが見てみたんだ」
「まったく……まぁ好きにしろ。でも馬車は壊すなよ?」
そんなやり取りに、俺の左隣に座っていたルナリアが声を上げる。
「ちょ、ちょっと待って!? 賊が襲ってくるのよ!? どうしてそんなに落ち着いていられるの!?」
「んー……慣れ、ですかね」
「慣れで済む話じゃないでしょう!?」
「大丈夫だよ、王女様! お兄ちゃん、すっごく強いんだから!」
右隣に座っていたステラがぎゅっと腕に抱きついてくる。
すると、アイシャが深いため息と共にそれを引き剥がした。
「はいはい。ステラはここで待機。ルナリア王女殿下、ステラがうるさいかもしれませんが、ご容赦ください」
そう告げると、アイシャは軽やかに馬車から飛び降りた。
俺とホークもそれに続き、馬車と並走する形で地を蹴る。
すると、数百メートル走ったところで、前方と左右から一斉に殺気が噴き上がった。
「よっしゃぁぁぁあああ!! 上玉の女もいるぞ! 俺たちは泣く子もだま――」
最後まで言い切る前に、男の声は途切れた。
アイシャの放った【氷槍】が、一直線に賊の頭部を貫いたからだ。
凍りついた血飛沫が、太陽の光を反射する。
「あ、あの女……紋章師だ!」
「女から狙え! 一気に――!」
右手の甲が光ったのを見たのだろう。
賊たちが一斉にアイシャへと殺到しかける。
が、それを許すほど、甘くはない。
『【風槍】!』
圧縮された風の槍が賊の胸を貫く。
「な、なに――ッ!?」
「あの男も……紋章師だと!?」
ホークの右手の甲が放つ光を認めた瞬間、賊たちの顔色が一変する。
「ひ、引けぇ!!」
「紋章師が二人だなんて話が違う!」
蜘蛛の子を散らすように、賊たちは背を向けて逃げ出した。
しかし、そんな賊たちの背に向けて、俺は詠唱を始める。
『我に埋みし痺れの毒よ、動きを奪う槍となりて、敵を穿て――』
【追憶の紋章】が紫に脈打つ。
同色の魔法文字が、俺の周囲を環のように展開した。
透明な毒を飲んだのだから、魔法文字も透明になってくれよと思いながら魔法を完成させる。
『【痺魔ノ毒槍】!』
放たれた紫の槍が、逃げる賊の肩を貫いた。
男はその場に崩れ落ち、全身を激しく痙攣させる。
「ひぃぃぃいいいっ……!」
「な、なんだ今の……!」
男を見捨て、賊たちは我先にと逃げ惑う。
道に残ったのは、いくつかの死体と――痙攣が収まった一人の男だけだった。
「よし、この辺でいいだろう。【曙光の鷹】の馬車を襲えば、どうなるか……十分に伝わったはずだ。追撃はなしだ」
それは、決して情けではない。
これから幾度となく通るであろう交易路に潜む賊たちへの、明確な示威行為だ。
【痺魔ノ毒槍】の試し撃ちもできた。
個人的にも、上々の結果である。
馬車に戻るといつもの調子でステラが迎えてくれた。
「さすがお兄ちゃん! 新しい魔法も、お兄ちゃんらしいね!」
一方で、ルナリアはというと、
「本当に……強すぎる……」
その様子に、アイシャが軽く頭を下げる。
「王女殿下、ステラが騒がしかったでしょう。申し訳ございません」
「い、いえ……ステラちゃん、ずっとメナトのことを叫んでいました。でも……とても頼もしかったです。負けるはずがない、って……そう言わんばかりで」
そう言ってから、ルナリアは一度皆の顔を見渡し、少しだけ息を整える。
「あの……お願いがあります。できれば……私のことを、王女殿下ではなく……ルナリア。もしくは、ルーナと呼んでいただけませんか? それと……敬語も、できれば不要で……」
「……私たちも、ですか?」
確認するように問うアイシャに、ルナリアは頷く。
「はい。公の場では難しいと思いますが、それ以外の時は……ダメ、でしょうか?」
ホークとアイシャが顔を見合わせる。
だが、その沈黙を破ったのは――
「うん!」
満面の笑みを浮かべた、ステラだった。
「分かったよ、ルーナ! じゃあ私のこともステラって呼んでね!」
その一言を合図にしたかのように、ホークとアイシャも続いた。
「……分かった。ルーナ、よろしく頼む」
「ええ、ルーナ。何かあったら、いつでも頼って」
「はい……! よろしくお願いします!」
ルナリアはそう答えると、グレーの団服の胸元を、ぎゅっと握りしめる。
それはまだ着慣れない布。
監視役ではなく――
王女殿下でもなく――
仲間として。
ルナリアが【曙光の鷹】の一員に――そんな気がした。
一週間後――
「す、すごい……動物たちが、こんなにたくさん……滝も……本当に綺麗……」
原生林を抜け、視界が一気に開ける。
テビリスの平原がその姿を現した瞬間、ルナリアの声が弾んだ。
風に揺れる草木。
遠くで群れる動物たち。
陽光を砕いて流れ落ちる滝。
王都にはない景色がそこには広がっていた。
「ルーナ、ようこそ! テビリスへ!」
俺の右隣に座っていたステラが、勢いよく左隣のルナリアへ飛びつく。
当然、その小さな体は――俺の上を経由してのダイブだ。
「うわっ……っと」
「えへへ!」
「ふふ……うん、ありがとう。ステラ」
頬ずりされながら、ルナリアは素直な笑顔を浮かべる。
もうそこに、王女としての硬さはほとんどなかった。
平原の中央――
俺たちの家屋が集まる、テビリスの拠点へと馬車が止まる。
「おかえりなさい! 団長!」
真っ先に駆け寄ってきたのは、すっかり【曙光の鷹】に馴染んだペッパだった。
その声に引き寄せられるように、団の面々が次々と集まってくる。
俺たちは馬車を降り、最後にルナリアが降りるのを助けるため、手を差し出した。
「ありがと、メナト」
すると――
「「き、綺麗……」」
初対面のイヴァンとエヴァンが、見事に声を揃えた。
ルナリアはそんな双子に柔らかく微笑むと、皆を見渡しカーテシーを披露する。
「皆さん、初めまして。ヘロス王国第三王女、ルナリア・ヘロスにございます」
「「「――ッ!!!???」」」
双子はもちろん、ペッパ、ヨーダ、パルブ、ディノスとメルまで。
一様に言葉を失い、目を見開く。
まぁ当然の反応だよな。
まさかこんな辺境というか魔境に王女様が来るはずないもんな。
そんな団員たちにホークが経緯を説明する。
「一応、説明しておく。ルーナはヘロス王より、テビリスの監視役として派遣された……という形だ。だが、それは建前だ。本人の意思で【曙光の鷹】に加わることになった。就学までの期間限定ではあるがな」
ざわつく中、ルナリアは皆にお願いをする。
「公の場以外では、私のことはルーナと呼んでください。特別扱いも、敬語も不要です。ステラのように、一人の女の子として接してもらえたら嬉しいです」
頭を下げるルナリアを見たパルブが、思わず呟く。
「ま、マジか……王女が傭兵団に入るって……」
そこにディノスとメルも続く。
「王女様を愛称で……?」
「首がいくつあっても足りないよ」
まぁ普通はそう思うよな。
王国出身者ならなおさらだ。
その空気を察したのか、ホークが軽く咳払いをしてから、やんわりと場を整える。
「今すぐそう呼べ、という話じゃない。慣れていけばいいさ」
そして、団長としての声に切り替えた。
「とりあえず、話はここまでだ。荷ほどきを済ませて、御者を森の外まで送り返す。日が落ちる前に片づけるぞ。夜はルーナの歓迎会をするからな」
ホークの号令に皆が即座に反応する。
馬車から次々と荷が下ろされ、家へと運び込む。
ルナリアの歓迎会は賑やかに開かれた。
笑い声。
料理の匂い。
ルナリアはその輪の中で、何度も名前を呼ばれ、何度も微笑んでいた。
その夜、俺たちは知ることになる。
ルナリアを歓迎していたのは――
俺たち【曙光の鷹】だけではなかった、ということを。




