第72話 最初から怪しいと思ってました
「な、なにをしているの?」
早朝――
俺とステラ、イヴァンとエヴァン、そしてペッパの五人でテビリス平原を走っていると、ライトを連れたルナリアが家から出てきた。
「はぁ……はぁ……朝の……訓練だよ……」
ステラと双子はすでに返事をする余裕もない。
代わりに俺が答える。
「紋章師が走り込み? メナトは魔力も豊富だし、【魔纏】も十分使いこなせているのに……どうして?」
「うん……戦闘継続能力を身につけるためだよ……このあと【魔纏】を巡らせたまま、百メートルのシャトルランをやるんだ」
説明している途中で、ついにペッパが体力の限界を迎え、地面に倒れ込んだ。
するとレビンデマンモスのレビが長い鼻を伸ばし、ペッパを優しく包み込むと、そのまま自分の背中にそっと乗せる。
続いてステラも限界らしく、足を緩めて歩き始める。
息を整えながら、まだ納得していない様子のルーナに声をかけた。
「ルーナも……やってみる? つらいけど……楽しいよ……」
――そうなのだ。
つらい。
けれど、不思議と楽しいのだ。
「え? あ、うん……じゃあ、明日からやってみようかな……私はライトと散歩してくるね」
そう言うと、ルナリアはライトを伴い、北の方角へ歩いていった。
あちらは人の手がまったく入っていない原野だが、テビリスの主であるライトが一緒なら心配はないだろう。
俺たちは彼女の後ろ姿を見届けながら、訓練を続行する。
喉が渇けば【無毒ノ魔種】で魔力を使い切り、エーテルポーションで潤わせる。
そうして効率よくエーテルの種子を生成する。
そのため最近は、かつてヘルマー伯爵が腰に下げていた瓢箪瓶を、俺も愛用するようになっていた。
シャトルランと木剣の素振りを終え、ようやく朝食。
その後は収穫作業、エーテルの種子をすり潰して酒精に混ぜる作業、レビたちにエーテル草を与える世話など、とにかく手が空くことはない。
自分にできることを、ひたすらこなしていく。
すると――
「こ、子供なのに、こんなに働くの? しかも訓練までしていたんでしょう?」
ルナリアが目を丸くして問いかけてくる。
「うん! だってお兄ちゃんが頑張ってるんだもん! それに私は、ずっと目が見えなくて迷惑をかけてばかりだったから……みんなより頑張らないといけないの!」
「だ、だからって……王都では、そのくらいの年の子は遊ぶのが仕事だというのに……」
どうやら、かなりのカルチャーショックを受けているようだ。
「それにね、みんなで一緒にやると楽しいんだよ! ルーナも一緒にやろう!」
ステラにそう誘われ、ルナリアもエーテルの種子をすり潰す作業を手伝うことになった。
そんな中、俺は仕掛けておいた巣箱の様子を見に向かった。
「どれどれ……」
実は、近づく前からある程度の確信があった。
白く、雪のように小さな蜂が、巣箱の周囲をふわふわと飛んでいたからだ。
そして予想は的中する。
「よし! 女王蜂が巣を作ってるぞ!」
思わずガッツポーズ。
天敵は熊や猛禽類だろうが、ウィンには絶対に手を出さないよう言い聞かせてある。将軍鷲にもその旨は伝わっているはずだ。
あとはレビンデベアにさえ注意すれば問題ない。
そこへ、エーテルの種子をすり潰し終えたステラとルナリアが合流してきた。
「お兄ちゃん? ちょっと行きたいところがあるんだけど……?」
「うん? どこに?」
するとステラはルナリアに視線を向ける。
それを受け、今度はルナリアが説明役を引き受けた。
「ステラがね、ライトはどこに棲んでいたのか気になるって……それでライトに訊いてみたら、滝の方だって言うから……行ってみたいそうなの」
「気になるじゃん! なんか、すごいところらしいよ!?」
確かに、それは気になる。
「じゃあ、行ってみようか」
「うん! さすがお兄ちゃん!」
ステラは満面の笑みを浮かべた。
ただし、ライトの話によると――そこまでは、結構な距離があるらしい。
すると、ルナリアがライトの意思を汲み取ったように言った。
「ライトが……上に乗ってもいいって。子どもなら、二人くらいは大丈夫だと思うけど……」
「じゃあ、二人はライトに乗るといいよ。僕は魔力を巡らせる訓練も兼ねて走るから」
そう言いながら、訓練の際には外している赤銅盾勲章を団服に取り付ける。
この徽章を外している理由は明確だ。訓練中につけていると【盾の紋章】が反応し、身体能力が底上げされてしまう。
基礎的な身体能力を鍛えるための訓練なのに、紋章の力に頼ってしまっては本末転倒だからだ。
やがて、ステラとルナリアを背に乗せたライトが地を蹴るように走り出す。
その後を、俺が一定の距離を保ちながら追走する。
途中、レビンデベアと遭遇する場面もあったが、ライトの姿を認めると、彼らは静かに道を譲った。
やはりこの地の主は、間違いなくライトなのだ。
走ること三十分――
辿り着いたのは、テビリス平原随一の景勝地。
動物たちの命を支える、大瀑布の前だった。
テビリスバイソンの群れが水を飲むその傍らで、クロコダイルの群れが虎視眈々と機会を窺っている。
だが、その間をステラとルナリアを背に乗せたライトが通ると、クロコダイルたちは抵抗することもなく、すごすごと道を譲った。
まだライトが戦う姿を見たことはない。
それでも、これほどまでに恐れられているのなら、その強さは推して知るべしだろう。
「ここに棲めそうな場所なんて……見当たらないけど……」
ステラが首を傾げる。
確かに、表から見ればそう思うのも無理はない。俺も妹と同じ年頃だったなら……転生者でなければ、同じ感想を抱いていたはずだ。
だが――
前世の記憶が、ふと胸裏によみがえる。
おそらく、ライトが棲んでいたのは……。
その予感は、見事に的中した。
ライトが向かった先――
そこは、大瀑布の裏側。
水の帳の向こうに口を開ける、レビンデ山脈の内部へと続く洞窟だった。
やっぱり滝の裏には洞窟でしょ!
と、思った方!
同年代の可能性大!!!




