表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/102

第69話 父と娘と

「……お兄ちゃん?」


 それは、宿のベッドに横たわり、灯りを落とした直後だった。

 

「やっぱり……私の目を治してくれたの、お兄ちゃんだよね。星灯草を創ったのも……お兄ちゃんでしょ?」


 確信めいた声。


「王女様が毒を盛られても、すぐに治せるようにするために……だから、あの毒を飲んだんでしょ? 私にも同じことをした……だから、お母さんはあんなに落ち着いていたんだと思うの。ねえ、本当のこと教えて?」


 どうやら、すべてをお見通しのようだ


「……うん。どうしても、ステラを放っておけなかった。嘘ついてて……ごめん」


 すると、ステラはゆっくりと体をこちらへ向け、そっと俺の背中に手を回した。


「……ううん、いいの。ずっとお礼を言いたかったの。ありがとう……お兄ちゃん」


 そう言ってからステラは笑顔を見せると、俺の胸に顔を埋め、安心しきった表情で眠るのだった。




 翌日――


「お父さん。お父さんが昨日、陛下にルナリア王女殿下を引き取りたい、助けたいって申し出たんでしょ?」


 朝食の席で、パンをちぎりながら問いかける。

 ホークはカップを口に運び、少し考える素振りを見せてから答えた。


「ん? まぁそんなところだが少し違う。陛下と王女殿下が望むなら、後援者になってもいい。そう言っただけだ。だが陛下はな、後援者というのは伯爵家以上か、派閥の長でなければ後々厄介になると。だったら、監視役という名目でどうだ? という話になった。父さんは周りにどう見られようと構わんからな」


 監視されるほど危険な男爵家。

 そう受け取られてもおかしくない話だ。

 その視線を読んだのか、ホークは続ける。


「だがな、これは父さんにとっても渡りに船だった。テビリスには、とにかく人がいない。だから王女殿下を迎えるなら、優秀な人材を回してほしいと言った。そしたら陛下が、二つ返事で『任せよ』だ。結果が、あの形というわけだ」


 ――なるほど。

 ルナリアの私室で姿が見えなかったのは、その密約の時間だったのだろう。

 しかも、王女本人の意思を尊重する形で。


「……王女殿下、来るかな」


 思わず漏れた呟き。

 ホークとアイシャは視線を交わし、どちらともなく首を振る。


「分からないわね」

「決めるのは、あの子だ」


 だが、一人だけ即答だった。


「来るよ」


 胸を張って、ステラが言う。


「……どうしてそう思う?」


「分かるもん。私だったら、行くから」


 アイシャが呆れたようにため息をつく。


「それは、ステラがメナトのこと好きだからでしょ?」


「うん! でもね、王女殿下は来るよ。だって……ずっと手を握っていたもん」


 そんな時、王からの使者が朝食会場に来たのだった。




 三日連続で王の間へ向かうと、すでにヘロス王とルナリアが待っていた。


「ホークよ。昨日の件だが――」


 そう切り出した王は、玉座から静かに立ち上がると、


「……ルナリアを、頼む」


 深く、頭を下げた。


「へ、陛下!?」


 近衛たちの間に、どよめきが走る。


「国王が、頭を下げるなど……!」

「お止めください、それでは立場が――」


 だが、王は顔を上げ、穏やかな声で言った。


「よい。これは国王としてではない。父としての役割だ」


「し、しかし……監視という名目であれば、見張る側が――」


「それでもだ」


 言葉は短く、しかし揺るがない。


「それと、ホークたちと話がしたい。お前たちは、席を外してくれ」


「警備の問題が……」

「今一度、お考え直しを……」


 王は一瞬、目を閉じる。


「お前たちの忠誠と心配には、感謝している。だが……頼む」


 そう言われてしまえば、もはや逆らう術はない。

 近衛たちは揃って膝を折り、深く頭を下げる。


「……御意」


 やがて、重厚な扉が静かに閉じられ、王の間には父と娘、そして俺たちだけが残された。


「さて、ホークよ。ルナリアを頼むとは言ったが……現在のお前たちの戦力を知りたい」


 王はそう前置きすると、ちらりとルナリアを見る。


「魔境と呼ばれる地へ赴くのだ。戦力が揃っていなければ、不安にもなる」


「はっ……ヘルマー伯爵より派遣されている者たちを除けば、我々の戦力は十一名にございます」


「十一……」


 その数字に、ルナリアは思わず息を呑んだ。


「ですが質は、かなりのものと自負しております。紋章を授かっている者が、七名おりますゆえ」


「な、七名だと!? 王宮騎士団にも匹敵する数ではないか! ……仔細を、聞かせてもらえぬか!?」


「団長である私が【鷹の紋章】、

 副団長のアイシャが【水の紋章】、

 子供たちの護衛や教育を一手に担うヨーダが【剣の紋章】、

 テビリスの治安を預かるパルブが【小火の紋章】、

 最近、十歳になる双子がそれぞれ【共鳴の紋章】を授かりました。

 そして最後――メナトは【追憶の紋章(メメント・モリ)】にございます」


「【追憶の紋章(メメント・モリ)】? 初めて聞く名だな」


 王の視線が俺に向かう。

 説明せよ、ということだろう。

 ホークも小さく顎を引き、俺に目配せをした。


「では、僕から説明します。この紋章は――人の想いを継ぐ紋章です。同時に、紋章そのものを継承し……一部ですが、魔力と記憶も受け継ぎます」


 王の瞳が、わずかに見開かれる。


「魔法を詠唱してもよろしいでしょうか?」


「……うむ。構わぬ」


 許可を得て、魔法手袋を外す。

 露わになる涙紋。



『【咎ノ剣(ブレード・ギルト)】!』

『【盲魔ノ毒槍スピクルム・トクシクム】!』

『【護界ノ盾(アエギス・スクトゥム)】!!』


 次々と顕現する色とりどりの魔法文字。

 それに伴い、【追憶の紋章(メメント・モリ)】も様々な色に輝く。


 そして――


『【無毒ノ魔種(スペルマ・サルバス)】!!!』


「……そんな……」

「一つの紋章の中に……四つ分の力が?」


 呆然と立ち尽くす王とルナリア。

 その沈黙を、かろうじてルナリアが破った。


「……メ、メナトって、魔力はいくつあるの……?」


「今は『180』くらいです」


「ひ、『180』!? ヘロス王国の歴代最高と同等!? ……スティリクの【氷槍グラキア】を【魔纏】のみで相殺できたのも……納得の数値……」


 へぇ……ヘロス王国では、歴代最高の魔力なのか。

 ということは、少なくとも王宮騎士団長であるブロッサム侯爵を上回っているということになる。


 まぁ、魔法大国オーロラと称され、次期宮廷魔法師長官確定とまで言われたホークが『150』なのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。


「如何ですか? これが、私たちの現在の戦力です」


 ホークは「現在」という言葉に、わずかな力を込めた。

 ステラが紋章師となる未来を、すでに疑っていないがゆえだろう。


「うむ……すまぬな。疑うような真似をして。ただ、例え戦力が少なくとも、ルナリアを預けると決めていたのだ」


 そう言って、王はルナリアへと視線を送る。

 挨拶を促す合図だったのだろう。


 ルナリアは一歩前に出ると、昨日見たあの所作――

 流れるように美しいカーテシーを披露した。


「私はルナリア・ヘロス。【月の紋章】を授かっております。しかし、この紋章の詳細はいまだ不明。分かっているのは、月の満ち欠けに応じて紋章の形が変わり、それに比例して魔力も変動するということだけです。新月のときは『50』、満月のときは『100』……と」


 そう言って、ルナリアは魔法手袋を外した。

 露わになった指先は、絹のように白くしなやかだ。


 その甲に刻まれているのは、三日月を思わせる紋章。

 れが満月の日には、完全な真円を描くのだろう。


「最後に一つ。私から条件……というか、お願いをしてもよいか?」


 王はそう言って、ホークを見据えた。


「はっ。なんなりと」


「輸送費はこちらで弾もう。だから交易の際――ルナリアを伴ってほしいのだが?」


 なるほど。

 単に娘の顔を見たい、という親心もあるだろう。加えて、近況報告や、俺たちという存在そのものを自分の目で確かめたい。そういう意図もあるのかもしれない。


「もちろん、その際は万全の警備体制で臨みます。そのためにも、テビリスに残る人材を――」


「分かっている。ルナリアが行く場所に、変な人材を派遣するほど愚かではない」


 ……これはお互いにとっての win-win だな。

 そういえばホークは以前、「善意だけで行動は起こさない」と言っていた。

 こういうことだったのか。


「……あ、あの。わ、私からもお願いしてもよろしいでしょうか?」


 今度はルナリアが、おずおずとホークに声をかけた。


「もちろん。何なりと」


「で、では……私も、その団服を纏いたいのですが……ダメ、でしょうか?」


「――ッ!? 【曙光の鷹】の団服を!?」


 さすがのホークも、これには目を見開いた。


「い、いえ……構いませんが……ルナリア王女殿下が、傭兵団という野蛮な組織に属している、という印象は……国的には大きな損失では?」


 すると、今度は王が口を挟む。


「それは――【曙光の鷹】次第だろう。国に対して莫大な利益と貢献を積み重ねてくれれば、その団服はやがて野蛮ではなく、栄誉の象徴となる」


 そして、視線をホークに向けた。


「ルナリアがそのような目で見られぬよう……これからも、励んでくれ」


 王はそのまま、今度はルナリアへと歩み寄る。


「ルナリア……達者でな」


「はい、お父様」


 王女が一歩踏み出し、王は腕を広げる。

 抱き寄せられたその瞬間、張り詰めていたものがほどけたように、ルナリアの肩が小さく震えた。


 涙は声にならず、ただ静かに零れ落ちる。

 王もまた、娘の髪に顔を埋め、何も言わずにその温もりを確かめていた。


 それは国王と王女ではなく、

 ただの父と娘の別れだった。

おみくじ引いたら『凶』でした泣

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ