第61話 新天地へ
「ふぅ……ようやく着いたな」
ラージャンの街並みが見えてくると、ホークが小さく息を吐いた。
「うん。なんだかラージャンに帰ってくると、ホッとするね」
「なら、ずっとここに居てくれても構わないのだぞ?」
ヘルマー伯爵が冗談めかして言う。
本音を言えば、できることならここに留まりたい。だが、エーテルポーションの件や、イヴァン親子たちのことを考えると、留まるわけにはいかないのだ。
馬車を降りて街へ入った、その瞬間だった。
一人の少女が、こちらに向かって全力で突進してくる――ステラだ。
勢いそのままに抱きついてくるのが分かっていたので、俺はあらかじめ重心を落とし、しっかりと受け止める。
「お帰り! お兄ちゃん!!!」
全幅の信頼を込めて抱きついてくるステラを腕に収め、
「ああ、ステラ。ちゃんといい子にしてたか?」
「うん! お母さんの言うこと、ぜんぶ守ってたよ! えらい?」
胸を張るステラだったが、背後からアイシャが苦笑混じりに口を挟む。
「もう……メナトがいないだけで、こんなに手がかかるなんて思わなかったわ。朝起きるたびに『お兄ちゃんは?』って泣くし、寝る前も『お兄ちゃんがいない』って泣き出すし……ご飯まで食べなくなるんだから。次に出かけるときは、ステラも連れて行ってちょうだい」
だいぶ依存されている気もするが……まあ、今だけだろう。
「じゃあ、帰ろうか」
そう声をかけると、ステラは満面の笑みを浮かべて、
「うん!」
と元気よく返事をし、俺の腕をぎゅっと抱きしめたまま、家まで一緒に歩くのだった。
全員が家に集まると、ホークは今回の論功行賞式典について語り始めた。
「さて、今回の論功行賞で、俺はアクィラ男爵位と領地を授かった。土地はヘロス王国最北東――テザリムだ。あの地は魔境と呼ばれるほど人の手が入っていない。だが、だからこそエーテルの存在を秘匿できる。土地も広く、開拓は骨が折れるだろうが、その分リターンも大きい」
一同が息を呑む中、ホークは続ける。
「それに、今回の報酬として、メナトの分と合わせて金千五百を授かった。すでに一部は使ってしまったが、資金にはまだ余裕がある。テザリムで安全を確保したらヘルマー伯爵に、最低限の普請を手伝ってもらうつもりだ」
「き、金千五百ッ!?」
「そんな額、聞いたこともない……」
ディノスとメルが声を上げるのも無理はない。
正直、俺だってそんな大金は見たことがない。
もっとも、全額を金貨でもらったわけではなく、証書として授かった分もあるのだが。
しばし沈黙が落ちる中、俺は話題を変えるように口を開いた。
「ステラ、頼まれていたもの……」
そう言って、丁寧に包装された筒を差し出す。
ステラは目を輝かせながら受け取り、慎重に包装を解いた。
中身を見た瞬間――
「うわぁ……綺麗……魔法手袋と同じような星柄だぁ……」
「ああ。これは透晶石っていう貴重な石で作られてる。透晶石製のグラスは壊れないから、二人の関係や絆も壊れない、って意味があるらしい」
ほとんどルナリアの言葉だが、込められた想い自体に嘘はない。
「ホント!? 素敵……さすがお兄ちゃん……って、あれ? なんでもう一つあるの?」
ステラは別の場所にしまってあった、ルナリアからもらった透晶石製のグラスにも気づき、首をかしげる。
「それは、王都でキヴィタス皇国の三冷傑の一人を倒したときに、王女様からもらったんだ」
「……王女様?」
胸を張って答えたが、ステラの関心は三冷傑を倒したという事実よりも、王女様という言葉に向いていた。
近くに座っていたホークは、いつぞやに見せた「あちゃー」という表情を浮かべている。
「お兄ちゃん!? あとで、ちゃんと全部聞かせてもらいますからね!」
……あれ?
なんだか俺、怒られてないか?
――というわけで、俺は素早く話題を逸らした。
「イヴァン、エヴァン、ペッパにもお土産があるんだ!」
そう言って取り出したのは、ブラウン色のいかにも暖かそうな手袋だ。
手の甲には、俺とステラが使っているものと同じ星のマークが縫い込まれている。
「おお! あったかそうだ!」
「メナト、ありがとう!」
「ぼ、僕にも……?」
「うん。あとカンタ君にもあるよ。カンタ君用のお洋服。これなら、継ぎ接ぎも隠れると思うんだ」
帰りに立ち寄った街で、偶然目に留まって買った人形用の服だ。
ペッパは自分の手袋よりもそちらを見て、ぱっと表情を明るくした。
「俺からも土産はある」
俺の言葉を継ぐように、今度はホークが口を開く。
「特注品でな。一週間後に届く予定だ。全員分用意してある。楽しみにしておけ」
それが何か、俺は知っている。
だが、ここで口にすることではない。
それに、アイシャ用にも別口で用意しているらしく、それは二人きりの時に渡すつもりらしい。
当然、その内容も俺は把握している。
目ん玉が飛び出るような値段の装飾品の数々。
サファイアやアクアマリンをふんだんに使った逸品で、その額――金貨百枚。
貴族の妻ともなると社交界にも顔を出さなければならないようで、いくら傭兵だからと言っても着飾らないわけにはいかないらしいのだ。
いつもはお金を使うことを躊躇うホークが買うのだから、本当に必要なもののようだ。しかも、全員への土産も同じくらいの価値があるというのだから、まるでアイシャになったようだった。
「よし! 土産が届いたら、すぐに引っ越せるように荷造りを始めるぞ!」
その一声を合図に、皆が動き出す。
こうして、少し慌ただしく、けれどどこか楽しげな荷造りが始まった。
そして、一週間後――
皆の手元に配られたのは、法衣だった。
テビリスは寒い。
あまり良い服を持っていないイヴァン一家や、ペッパたちのために、【曙光の鷹】の団服として揃えたものだ。
色はグレージュに白のライン。落ち着いていながら、どこか気品がある。
さらに、パンツとブーツも一式。
パンツとは、オオカミさんのパンツではない。ズボンのほうだ。
この法衣は、魔力を内側から流すことで自浄作用が働く。
俺とステラが愛用している魔法手袋と、ほぼ同じ効果を持つ優れものだ。
魔力を授かっていない者はどうするのか?
そう思ったが、「魔力を持つ者が内側から流してやればいい」と言われ、なるほどと膝を打った。
一瞬、双子やペッパの分も同じ仕様にすればよかったか、と考えたが、あれは一組しか手に入らなかった。
さすがに、それは無理な話だ。
それはともかく。
皆で着替え、揃いの法衣にパンツ、そしてブーツを履く。
それだけで、気が引きしまる。
一流の傭兵団――そう言われても、誰も否定しないだろう。
そこへ、ホークが一枚ずつ羽根を手渡していく。
「これは鳳鷹の羽だ。かなり貴重なものでな。ウィンの換毛期に取っておいたものだ。胸につけてくれ」
俺の左胸には、白銀十字勲章と赤銅盾勲章が並んでいる。
だから羽根は右胸へ。
ステラもそれに倣うと、自然と皆も同じ位置に羽根を留めた。
「よし! では、行くぞ!」
ホークの掛け声と共に、カラス屋敷を出る。
外には、ヘルマー伯爵をはじめ、街中の人々が集まっていた。
いつの間にか、見送りの輪ができている。
「ホーク、メナト……それに、他の者たちも。心より感謝する」
そう言って、ヘルマー伯爵が深く頭を下げる。
それに続き、住民たちも一斉に頭を下げた。
「いつでも戻って来いよ!」
「アイシャさん! 実は、ずっと好きでした!」
「メナト、ステラ! 今度また遊ぼうな!」
別れの言葉が次々と飛び交う中、【曙光の鷹】の面々も、胸を張ってそれに応える。
その輪の中で、俺はそっと手袋を外した。
そして、【追憶の紋章】を掲げ、街の人々一人ひとりに別れを告げるように、大きく手を振る。
【追憶の紋章】は、まるでこの街で過ごした日々を胸に刻み、ラージャンの繁栄と安泰を祈るかのように――
白く、豪快に輝き続けていた。
「新たなる門出に乾杯だ! 酒だ! 酒を飲むぞ!」
そう言われた気がして、俺は酒精入りのエーテルポーションを一口、口に含んだ。
ヘルマー伯爵「今月は引っ越しで酒が飲めるぞ~♪」
これで四章終了となります!
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