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第62話 魔境へ……

 ラージャン出発から数日後――


「うわぁ……本当に手付かずなのかぁ……」


 ラージャンから北へ約百キロ。

 そこには、原生林と呼ぶに相応しい、人の手がほぼ入っていない森が広がっていた。


「そうだな。父さんたちが入植しても、森にはあまり手を加えるつもりはない。動物も、なるべくそのまま残したいと思っている……ただ襲い掛かってくる種に関しては、手加減をするつもりはない。場合によっては駆逐する。まあ、草食動物でもはウィンに狩られてしまうだろうがな」


「だね。ただ、僕たち以外の人が通れる程度には整備しないと。これじゃあ馬車も入り込めないよ。それと、ミツバチ以外の蜂は、見つけ次第必ず駆除してね」


「分かっている。その辺はウィンにも命じておく。あいつにとって、蜂や蜂の巣は好物だからな」


 念押しが済んだところで、俺たちは眼前の森へと挑む準備に入る。


「子供たちの護衛はもちろんだが、馬車の防衛も忘れるな。ウィンを高空まで飛ばせることができない以上、奇襲には十分警戒してくれ」


 森の奥は木深く、昼でも薄暗い。

 上空から監視しようにも、葉と枝が視界を塞ぎ、見通しは利かない。

 結果として、ウィンは俺たちのすぐ上を低空で飛ぶしかなく、索敵能力は大きく制限されていた。


 さらに今回は、二台の馬車での移動だ。

 誰一人として馬車に乗ることはなく、ワゴンの中には入植のための生活用品が、隙間なく詰め込まれている。


「よし、じゃあ行くぞ!」


 先頭を務めるのはヨーダとパルブ。

 その後ろに、俺とステラ、双子とペッパ、そして馬車二台。

 左右には盾を構えたディノスとメル。

 最後尾をホークとアイシャが固め、子供と馬車を包み込むような陣形だ。


 もっとも、進む距離は直線でおよそ三キロ。

 それも、人の手がほとんど入っていない原生林の中だ。

 馬車が通れる道が本当にあるのかすら分からない。

 ウィンを先行させ、索敵を任せながらの進軍となる。


「うっわ……マジで、ウィンがいなきゃこんなとこ入りたくねぇな……帝国時代だったら、こんな森、迷わず焼き払ってたんだろうな」


 パルブは鬱蒼と生い茂る枝葉をかき分けながら、軽口を叩いて進んでいく。


「……おい、気をつけろ。ここには、俺たちも知らない生物がいるかもしれないんだぞ?」


 ヨーダが注意を飛ばすが、パルブは意に介さず、歩みを止めない。


「大丈夫だって。だいたい、生き物ってのは火が――」


 そう言いかけた、その瞬間だった。

 枝だと思って払いのけたそれが、ぬるりと形を変える――蛇だ。

 木の枝に擬態していた蛇が、そのままパルブの腕へと牙を剥く。


 噛まれる――

 誰もがそう思った刹那。

 銀の閃光が走ると、一瞬遅れて、蛇は空中で細切れになり、力なく地に落ちた。


「ハイドスネーク、木の枝などに擬態する蛇だな。依頼さえあれば、どこへでも行く傭兵なら、こういう相手にも慣れている。だが、お前にはその経験がないだろう? もっと慎重になれ。毒を持つ生物だった場合、噛まれた瞬間で終わりだぞ?」


 ヨーダの忠告に、パルブはツーっと冷や汗を流し、ゴクリと唾を飲み込んで頷いた。


 ただし、慎重になればなるほど進軍速度は落ちる。

 一歩一歩、足場を確かめるように進めば、一時間で一キロ進めるかどうか。

 しかも所々がぬかるみ、馬車がスタックするたびに、さらに時間を奪われていく。


 それでも――


「なんか、楽しいね!」


 ステラの声だけはやけに明るかった。

 ずっと俺の手を握ったまま、妹は生き生きとした表情を浮かべている。


「どうして?」


「だって、私……目が見えるようになって、初めてこうやってみんなと旅してるんだもん! 今まではずっと暗い中で、お兄ちゃんの手と体温だけを頼りに歩いてた。でも今はこうしてみんなの顔も、景色も見ながら歩けるんだもん!」


 確かにそうだ。

 ステラの視力が戻ってから、こんな長旅をしたのは初めてだった。

 せいぜい、丘の上まで歩く程度だったのだから。


 だが、そこにアイシャの突っ込みが入る。


「ステラ? それを言うなら、メナトの手を離しなさい? もうずっとくっついてるじゃない。それじゃ昔だけじゃなく、今もメナトに頼りきりよ?」


 もっともな指摘だ。

 とはいえ、黙々と森を進むより、こういう会話がある方が気は紛れる。


 ――そのときだ。


「みんな、直進するとテビリスバイソンの群れがいる……五十体以上だ。全個体、五百キロ超えと見ていい……でかいのは一トン以上はありそうだ。ここは一旦、休憩を取って――」


 と、ホークが述べるが、途端に表情が曇る。


「マズい! バカでかい熊――レビンデベアが、テビリスバイソンの群れに突っ込んでくる! 逃げる方向次第ではこっちに来るぞ!」


 マジかよ。

 猛牛の群れに、真正面から突っ込む奴なんているのか。


「イヴァン! エヴァン! ステラを頼む! 僕は前に出るから!」


 ステラの手を離し、即座に前線へ。

 パルブの隣に立つと、ホークとアイシャもすぐに駆けつけてくる。


「メナト! テビリスバイソンが突っ込んできたら【紅ノ閃光ハ奔ル(クリムゾン・エッジ)】で薙げ! 父さんと母さんは【風迅槍ヴェントス】と【氷迅槍グリシア】だ! パルブは【懲罰ノ火鞭(イグニス・フラゲルム)】で近寄る奴を追い払え! ヨーダ、ディノス、メル! 三人は子供と馬車を最優先で守れ!」


 ホークの的確で、一切の無駄がない指示。

 俺は一応【咎ノ剣(ブレード・ギルト)】を構えながら、心の中でひたすら唱えていた。


 ――来るな。

 ――頼むから、こっちには来るな。


 しかし、そういう時に限って来るのだ。

 一斉に森の鳥たちが空へと舞い上がったと思ったら、直後に地面が揺れる。


 レビンデベアに追われ、恐慌状態に陥ったテビリスバイソンの群れが、大樹へと激突しながらもこちらへ向かってきたのだ。


「――来るぞッ!」


 ホークの声と同時に俺も即詠唱!

 

『【紅ノ閃光ハ奔ル(クリムゾン・エッジ)】!』


 紅の刀身を薙ぐ。

 空を裂く斬撃が一直線に走り、最前列のテビリスバイソンを真っ二つにした。


 だが、あまりにも巨大。

 その質量ゆえに斬撃は貫通せず、仕留めたのは一頭のみ。

 続けて、ホークの【風迅槍ヴェントス】、アイシャの【氷迅槍グリシア】が放たれ、それぞれ確実に一体ずつ仕留める……が、違う。


 俺たちが今やるべきことは、数を減らすことじゃない。

 断末魔を上げさせ、恐怖を刻み込むこと。


 背後から迫るレビンデベアよりも、俺たちの方が怖い存在だと、群れに理解させなければならない。

 でなければ、五十を超える巨体が雪崩れ込み、俺たちは蹂躙される可能性がある。


 これがダメだったら、【咎剣ノ護衛盾(スクトゥム・ギルト)】を使うしかない。

 が、あの魔法の消費魔力は半端ない。

 あれは最終手段、それまでは魔力消費を抑える。


 だから俺がやることは――


『【紅ノ閃光ハ奔ル(クリムゾン・エッジ)】!』


 今度は狙いを変える……命ではない。距離だ。

 紅の斬撃が走り、先頭のテビリスバイソンと、その隣をわずかに、掠めながら突き抜ける。さらに奥の個体にも斬撃の跡が刻まれた。


 致命傷ではない。

 だが、確実に斬られたと理解できる一閃。


「「「ブーッ……ブブーーッッッ!!!」」」


 悲鳴とも警告ともつかぬ咆哮が森に響く。

 三頭が恐怖を知り、

 近くのテビリスバイソンがそれを察し、

 群れ全体へと恐慌が伝播していく。


 どうやら動物にも俺の死の追体験は有効のようだ。

 テビリスバイソンの群れは向きを変え、俺たちを避けるように逃げていった。


「メナト……ナイス判断だ」


 ホークがほっと息を吐く。

 アイシャも歩み寄り、俺の頭をやさしく撫でた。


「瞬時に切り替えられるなんて……その状況判断力は、間違いなくお父さん譲りね」


「当たり前だよ! だって私のお兄ちゃんだもん!」


 後ろでステラがぴょんっと跳ねて、誇らしげに言う。


 だが、ここで気を抜けないのが魔境と呼ばれる所以だ。

 俺たちは足取りを緩めることなく、慎重に確実に歩を進める。


 歩くこと三時間――ついに原生林を抜けた。


 その先に広がっていたのは、

 レビンデ山脈山頂の雪化粧と、眼前いっぱいに広がる豊かな大地。


 ――そして、獣たちの生存競争(バトルロワイヤル)だった。


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