第60話 約束
翌日――
「お父さん、帰る前に一か所、寄りたいところがあるんだけどいい?」
「構わないが、どこへ行くんだ?」
「うん。ステラのお土産ばかりに気を取られてたけど、イヴァンとエヴァン、それにペッパの分も買っておこうと思って。もう何を買うかは決めてあるから、すぐ終わると思うよ……ところで、お父さんはお母さんのお土産、もう買ったの?」
その言葉に、ホークは露骨に慌てた表情を浮かべる。
「や、やっぱり……頼まれなくても、土産は必要か?」
どうやらホークは、いまひとつ女心が分かっていないらしい。
あれほど素敵な奥さんをもらっているのだから、もう少し大切にしてほしいものだ。
「もらった方は、やっぱり嬉しいと思うよ。いくらお母さんが傭兵として色々な土地を旅してきた人だとしてもね。それに、ヨーダとパルブ、ディノスさんとメルさんの分も用意しておいた方が、後々のことも円滑に進むんじゃないかな?」
「そ、そうか……分かった。じゃあ父さんも一緒に行く」
俺が向かったのは、少し良い雰囲気の服飾店だった。
買うのは、俺とステラが使っているのと同じような手袋。
魔道具屋で買うことも考えたが、同じ品が一つしか置いておらず、喧嘩になる未来が容易に想像できたため、最初から別の店に決めていた。
イヴァンたちは魔力を授かっていないため、魔道具である必要はないしね。
あらかじめ目星はつけてあったので、買い物はすぐに終わった。
荷物を馬車に積み込み、俺はホークが戻ってくるのを待つことにする。
ちなみに帰りもヘルマー伯爵と一緒の予定だが、集合時間にはまだ余裕がある。
とはいえ、伯爵と男爵という立場だ。男爵が伯爵を待たせるわけにはいかない。
だからこそ、用事は前もってすべて済ませておこうとしていた。
――と、そこへ五人の男女が姿を現した。
ルナリアに、ダロンとランダ。そして監視役の王宮騎士が二人。
「メナト、もう帰るんだって? 何も言わずに帰るなんて、水臭いじゃない」
「申し訳ありません。王女殿下に、わざわざご挨拶するほどのことでもないかと思いまして……」
すると、ルナリアはぷくっと頬を膨らませた。
「メナト、私のことを王女殿下って呼ぶのは禁止。これからはルーナって呼びなさい。それと、そんな仰々しい敬語も禁止だからね!」
「えっ!? そ、そんなことしたら、僕の首が飛ぶどころか、お父さんにまで迷惑がかかっちゃうじゃないですか!」
「いいから! ダロン、ランダ。今の話、ちゃんと聞いたわよね?」
二人は顔を見合わせ、黙って頷くしかなかった。
そこへ、ようやくホークが買い物を終えて戻ってくる。
「る、ルナリア王女殿下!? な、なぜここに……!?」
するとルナリアは、俺とホークのもとへ歩み、王宮騎士たちに聞こえないよう小声で話そうとした。
しかし王宮騎士たちはルナリアの監視が任務である。聞き逃すまいと距離を詰めようとするが、近衛のダロンとランダが素早く前に出て、その行く手を塞ぐ。
「王宮騎士というのは、王女殿下の私語を盗み聞きするのが仕事なのか?」
「なっ……そ、そんなわけがあるか! ただ、殿下が誑かされるようなことを吹き込まれては困る。その確認のために――」
「ならば、その確認は我々が行う。お前たちは下がれ。近衛としての命令だ」
「な、何を言う! 我々は王宮騎士団長、ブロッサム侯爵の指示を受けている。近衛ごときに――」
ダロンはさらに一歩踏み出し、威圧するように言い放つ。
「では、我々は王の勅命で動いている。どちらを優先すべきか、分かるな?」
王と侯爵。
その天秤は、最初から答えが決まっている。
王宮騎士たちは苦々しい表情を浮かべながら、しぶしぶ後退した。
だがダロンはそれでも満足せず、さらに距離を取るよう命じる。
結局、普通の声で話しても聞こえないほどの位置まで下がらせて、ようやく場は落ち着いた。
一部始終を見届けたルナリアは、ようやく安心した様子で俺とホークに話しかけてきた。
「昨日捕らえたスティリクの褒美、本当に受け取らなくていいのかって、父が言っていました」
「はい。あれは口止め料ということで結構です」
そう答えたのはホークだった。
ルナリアは、昨日の光景を思い出すように、少し楽しげに続ける。
「それにしても、気分が良かったわ。スティリクを捕らえて王宮騎士団の詰所の前を通ったときの、ブロッサム侯爵や騎士たちの反応。自分たちが捕らえられなかった相手を、いったい誰が捕らえたんだって詰め寄ってきて……」
敵将を捕らえたのだ。
第一功を奪われかねない状況に、ブロッサム侯爵は冷や汗ものだっただろう。
「それで、スティリクは今後どうなるのですか?」
ホークの問いにルナリアは首を振る。
「そのあたりは、私にも分からないです。ただ、どうして潜り込んだのかは吐きました。どうやらキヴィタス皇国はヘロス王国の後継者問題に付け込もうとしているようで、しょっちゅう王宮騎士から逃げる私をターゲットにしていたと……彼の処遇に関しては、最終的には父の判断かと」
そう言って少し考え込むような素振りを見せたあと、ルナリアは「でもね」と言葉を継いだ。
「父が、可愛い娘を救ってくれた恩人をこのまま手ぶらで帰らせるわけにはいかないって言って、何か渡せるものはないかと私に聞いてきたの。それで、これを――」
そう言って、ルナリアは丁寧に包装された筒状の品を、俺に差し出してきた。
「これは?」
「あけてみて」
そう言われては、断る理由もない。
筒を開けると、中に収められていたのは――透晶石製のグラスだった。
色合いは、ルナリアを思わせるプラチナブロンドのような淡く美しい輝き。
表面には、三日月を模した文様が彫り込まれていた。
「帰ったら、そのグラスをいつもメナトのグラスの隣に置くこと。私以外の誰にも使わせないこと。それから私を思い出しながら、毎日メナト自身が磨くこと。これは王女としての命令です」
「え、ええ……褒美なんじゃないの?」
どう考えても罰ゲームだ。
しかし、ルナリアは俺の戸惑いなど意に介さず、さらに追い打ちをかける。
「近いうちに、私がテビリスへ視察に向かいます。そのときにきちんと磨かれているか確かめるから。メナトは愛情を込めて、そのグラスを大切に愛でてちょうだい」
この言葉には、俺だけでなく、ホークやダロン、ランダまでもが目を見張った。
だが、本当の衝撃は――次の一言だった。
「メナト。私をキズモノにしたんだから、ちゃんと責任は取ってよね?」
そう言って、ルナリアはウィンクをひとつ。
次の瞬間、ダロンとランダが俺に詰め寄ってくる。
「メナトッ!? お前、まさか――!?」
「これは王に報告案件だな。報告されたくなければ……分かってるよな?」
「あ、あれは……事故で……ごめんなさぁぁぁぃぃぃいいい!!!」
俺は【魔纏】を巡らせ、逃げるようにヘリザリムの街を駆けるのであった。




