第56話 論功行賞式典
ウルバン=ヘルマー伯爵
ジェイス=ブロッサム侯爵
表記が揺れますのでご注意を
翌日――
正装に身を包み、俺はヘルマー伯爵、ホーク、そして伯爵の従者と共に、街の中心部へと向かった。
高くそびえる城壁をくぐり、昨日足を踏み入れた王宮騎士団詰所の脇を抜ける。
その先に現れたのは、この街で最も高い建造物――ヘロス王国の象徴たる王城だった。
城を守る兵の案内で通されたのは、城の大広間。
天井は高く、声を出せば反響しそうなほど広い。
視線を戻すと、大広間の床には、これでもかと着飾った貴族たちがずらりと並んでいた。
絹、宝飾、香油。誰もが自分を少しでも大きく見せようとしているのが分かる。
当然、その中には王宮騎士団長でブロッサム侯爵家当主のジェイスの姿もあった。
彼は他の貴族たちから一目置かれており、歩けば挨拶、立ち止まれば声を掛けられる。
昨日の詰所とは違う、完全に政治の顔だ。
「貴族って……こんなにいるんだね」
思わず漏れた俺の呟きに、ホークが小さく頷く。
「そうだな。ヘロス王国は、オーロラ王国よりも領土が広い分、貴族の数も多い。それだけ派閥も増え、軋轢も生まれるということだ。気を抜くなよ」
俺とホークは玉座から一番遠い、最後尾にてその時を待つ。
やがて準備が整ったのだろう。
舞台袖に立つ進行役が声を張り上げる。
「――これより、東方におけるラージャン攻防戦、並びに北方オーネス奪還戦の論功行賞式典を執り行う! まずは、ヘロス国王陛下のご登場である!」
次の瞬間、俺たちの背後にある大扉が重々しい音を立てて開いた。
姿を現したのは、三十代半ばから四十歳ほどに見える壮年の男。
冠を戴き、真紅のマントを翻しながら進むその姿には、疑いようのない威厳が宿っていた。
自然と、貴族たちが一斉に平伏する。
その中央を、王は何のためらいもなく歩いていく。
さらに、その後ろを十名ほどの若い男女が続いていた。
恐らくは王族か、もしくはそれに準ずる立場の者たちだろう。
……だが、その中に。
「……ルナリア様?」
思わず、声が漏れた。
白いドレスを纏い、王のすぐ後ろを歩いていたのは、間違いなくルナリアだった。
ってことはまさか……その考えが形になる前に、彼女はこちらに気づき、ほんの一瞬だけ視線を寄越す。
そして、悪戯っぽくウィンクを一つ。
……やっぱり、ただ者じゃなかったか。
王が玉座に腰を下ろすと、ルナリアたちはその背後に整然と並んだ。
その様子を確認し、進行役が再び声を張り上げる。
「まずはオーネス奪還戦から始める!」
進行役は、オーネス撤退戦の経緯を語り始めた。
どうやらヘロス王国は、北方で隣接するキヴィタス皇国から侵攻を受け、一度は敗北を喫していたらしい。
だが今回の戦で、失われたオーネスの地を見事に奪還することに成功したという。 その戦が行われたのは、マルム帝国がラージャンへ侵攻してくる、少し前のことだったようだ。
「まずは第一功――王宮騎士団長ブロッサム侯爵!」
その名が告げられた瞬間、場内にどよめきが走り、やがて拍手喝采へと変わる。
「さすがは我が王宮騎士団長!」
「ブロッサム侯爵がいれば、ヘロス王国は安泰だ!」
「ブロッサム侯爵万歳!!!」
称賛の声が次々と上がる一方で、冷ややかな視線を向ける者たちもいた。
体格や雰囲気から察するに、恐らくは文官。
ブロッサム侯爵と政治的に対立する派閥なのだろう。
進行役は声を張り、功績を読み上げる。
「ブロッサム侯爵におかれては、オーネス奪還戦の総大将を見事に勤め上げ、かの地を奪還したのみならず、キヴィタス皇国の援軍をも撃破。その戦功を高く評価し、第一功とする! 褒賞として、金五百、並びに白銀十字勲章を授与。加えて、ヘロス王国最北領オーネスの一部を割譲する! では、ブロッサム侯爵。陛下の御前へ!」
平伏していたブロッサム侯爵が、ゆっくりと頭を上げる。
そして玉座に座す王の前へと歩みを進めた。
その歩き方は堂々というより、誇示に近い。
まるで主役は自分だとでも言わんばかりに、肩で風を切っている。
侯爵が歩き出すのに合わせ、徽章や証書を載せたトレーを持つ官吏たちが、王の側へと移動する。
「ジェイスよ、よくやった。これからも頼むぞ」
王の言葉とともに、白銀に輝く十字の徽章と証書が授けられた。
ブロッサム侯爵はそれを高々と掲げ、一瞬、場内の視線を独占する。
そして満足げに胸へと留めた。
歓声と、飲み込まれた妬み。
その二つが渦巻く中、ブロッサム侯爵は元の位置へと戻っていく。
その背中を見送りながら、同じく平伏していたホークが囁いた。
「……噂だがな。このオーネス奪還戦、ある種の自演だったという話がある」
「自演?」
「そうだ。本来、王宮騎士団が最初から動いていれば、オーネスが奪われることはなかった。だが、あそこの領主はブロッサム侯爵と敵対する派閥でな。一度陥落させて失態の責を負わせる。その後、自分と息がかかった者たちで奪還し、英雄として称えられる。力を誇示するには、これ以上ない舞台だ。だから、今回の奪還戦の功は、ほとんどがブロッサム侯爵派だと言われている」
そこまでやるのか……。
もしかすると、ラージャンも最初から奪わせるつもりだったのではないか。
そんな疑念を浮かべながら論功行賞を眺めていた。
やがて、オーネス奪還戦の表彰がすべて終わり、場の空気が切り替わる。
「次は、ラージャン攻防戦!」
進行役が声を張り上げ、ラージャンでの戦いについて語り始めた。
帝国子爵マヌスが密かにラージャンへ潜入し、街の人々を混乱に陥れたこと。
さらに巨人を用いて街を蹂躙しようとしたこと。
それに対し、ヘルマー伯爵をはじめとする者たちが立ち上がり、被害を最小限に抑えて勝利を収めたこと。
簡潔で、英雄譚として整えられた説明だった。
「まずは第一功! 前ヘルマー伯爵! ヘルマー伯爵は己の命と引き換えに、ラージャンを帝国の脅威から護り抜いた。その功績を称え、ヘルマー伯爵家には黄金大十字勲章、ならびに金千枚を授ける! 代理として――現ヘルマー伯爵家当主、ウルバン! 陛下の御前へ!」
ヘルマー伯爵の名が呼ばれると、場内の誰もが拍手を送った。
先ほどまでブロッサム侯爵を妬むような視線で見つめていた者たちでさえ、形だけは拍手をしている。乾いた音が広間に散らばるが、その表情はいずれも晴れやかとは言い難かった。
「ウルバンよ。シルズの件は、まことに残念であった」
王は静かに、しかし慈しむような声で語りかける。
「だが、余は誇りに思う。民を想う領主こそ、真の領主である。シルズは間違いなく真の領主であった。ウルバンよ、そなたもそうなることを、余は望んでおる」
穏やかな表情のまま、王は黄金に輝く大きな十字の徽章をヘルマー伯爵へと授けた。
「はっ! 身に余るお言葉にございます。これより先も、この命、王のため、そして国のために捧げることを誓います!」
その姿勢は、先ほどのブロッサム侯爵とは対照的だった。
威を誇ることもなく、功を示すこともなく。
ヘルマー伯爵は一礼すると、王や王族、さらにはブロッサム侯爵にまで気を配りながら、静かに元の位置へと戻っていった。
「では、同じく第一功! 傭兵団【曙光の鷹】団長・ホーク!」
――えっ!? 第一功!?
思わずホークへと視線を向けてしまう。
場内のほとんどの者がその名を知らず、ざわめきが一気に広がった。
「誰だ……?」
「聞いたことがないぞ」
「傭兵団長だと?」
しかし当の本人は、すでに話を聞かされていたのだろう。
ホークは周囲の反応など意にも介さず、いつもと変わらぬ堂々とした佇まいだった。
「ホークは常に帝国の動向を把握し、逐一ヘルマー伯爵へと報告していた。さらに、ラージャンへ侵攻してきた帝国兵を一番槍で討ち取り、戦局の主導権を握った。その功績は極めて大きい! よってホークには男爵位――アクィラ男爵を授ける! 褒賞として金千枚、そしてテビリスの地を与える! アクィラ男爵! 陛下の御前へ!」
名を呼ばれ、ホークはゆっくりと頭を上げると、堂々と王の前へ進み出た。
「だ、誰だ……あれは?」
「若すぎないか?」
「名誉男爵じゃない……いきなり男爵だと!?」
困惑と嫉妬の声が入り混じる中、王が口を開く。
「ホークよ。よくぞ叙爵を引き受けてくれた。お主が来てくれれば百人力。父の【雷伯】には、余も幾度となく助けられた。【曙光の鷹】は、これまで通り存続してよい」
まさかの言葉に今日一番のどよめきが広間を包んだ。
「よくぞ引き受けてくれた……だと!?」
「【雷伯】って、あのオーロラ王国の宮廷魔法師長官!?」
「【雷鳴の紋章】を授かり、女王アリバに次ぐ力を持つと噂された人物じゃないか……!」
ホークはそんな周囲の騒然とした空気を気にも留めず、王から授与された証書を静かに受け取る。
「はっ。ありがたきお言葉」
短く、それだけを告げるその姿は、地位や名誉に酔う者のそれではなかった。
なおもざわめきが収まらぬ中、ホークは気負う様子ひとつなく、俺の隣へと戻ってくる。
「第一功って分かってたなら、先に言っといてよ」
小言混じりにそう言うと、ホークは肩をすくめた。
「まぁな。でもな――驚くのはまだ早いと思うぞ?」
これ以上、何があるというのか。
そう思った、その瞬間だった。
進行役が、今日一番の声量で場内に響かせる。
「第二功! アクィラ男爵家嫡男・メナト!」
メナト?
あの戦いに、同じ名の者がいたのか。
ぼんやりそう思っていると、隣から何気ない調子の声が飛んでくる。
「おい、メナト。呼ばれているぞ?」
「ん? 僕じゃないでしょ? アクィラ男爵家って言って――」
そこで、はっとする。
先ほどホークが授かった男爵家の名――アクィラ。
思考が一瞬、止まった。
……え?
えっ!?
俺が、第二功……なのか!?
俺の動揺など意に介さぬ様子で、進行役は淡々と功績を読み上げていく。
「メナトは帝国子爵マヌスの正体を暴いただけでなく、その圧倒的な力をもって帝国魔法師の魔法を一身に引き受け、さらにマヌスが操る巨人を倒し、マヌスにとどめを刺した! よってここに白銀十字勲章、並びに金五百、加えて三年後のヘロス王立学校への無償入学を認める! アクィラ男爵家嫡男メナト! 陛下の御前へ!」
「は、はい!!」
裏返った俺の声が大広間に響いた瞬間、先ほどホークが呼ばれた時以上のざわめきが巻き起こり、無数の視線が一斉にこちらへ突き刺さる。
「こ、子供じゃないか……?」
「せいぜい十歳前後……だろ?」
「帝国子爵を、あの子が……?」
好奇と疑念と驚愕。
痛いほどの視線を浴びながら、足取りも覚束ないまま王の前へ進む。
玉座の王は、そんな俺を見下ろし、穏やかに微笑んだ。
「メナト。話はすでに聞いておる。お主には、大いに期待しているぞ」
そう言って、白銀に輝く十字の徽章を俺に差し出してくれる。
「は、はひ! ありがたき、お言葉で……!」
噛み噛みの返事にも、王は気にした様子を見せない。
「うむ。ルナリア、お前がメナトに徽章をつけてやりなさい」
その声を受け、王の背後に控えていたルナリアが一歩前へ出る。
震える俺の手から白銀十字勲章を受け取ると、すでに胸元にある赤銅盾勲章の隣へ、丁寧に留めてくれた。
「うん、メナト。どっちも似合ってるよ。三年後、学校で待ってるからね!」
「あ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」
気の利いたセリフ一つ言えないまま、俺はホークの下へ逃げるように戻ったのであった。
PVが10倍くらいに跳ね上がりました!
ありがとうございます!
ブクマ、★★★★★で応援していただければ嬉しいですm(__)m




