第54話 手紙の意味
翌日――
昨日、ルーナと別れた後、俺は透晶石製のグラスを探して店を巡った。
しかし、どの店にも取り扱いはなく、最終的に紹介されたのは、かなり入りづらい、ハイクラスインテリア……いや、プレミアムインテリアのみを扱う高級店だった。
王都に来てから色々な店を回ってきたが、このレベルの店は、無意識のうちに避けていた場所だ。
時間も時間だったので、店の場所を聞き、昨日は撤収。
そして今に至るというわけだ。
意を決して扉を開けると、すぐに店員のお姉さんが寄ってくる。
「どのようなものをお探しでしょうか?」
「えっと……透晶石製のペアグラスを探していて……」
「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」
案内された先のショーウィンドウには、いくつものグラスが宝石のように並べられていた。
「こちらが透晶石製のグラスになります。透晶石という素材をご存じですか?」
子供の俺に対しても、きちんと一人の客として接してくれる。
「いえ、分からないです……」
そう答えると、お姉さんはにこやかに説明を始めた。
「透晶石とは、体長十メートルほどにもなる透晶亀という亀の甲羅を削って作られる素材です。非常に硬く、まず割れることがありません。王家や上級貴族御用達の品ですね」
へぇ……亀の甲羅なんだ。
割れないという実用性もいいが、何よりデザインがいい。
江戸切子のような繊細さに、バカラのような輝き。
このグラスなら、きっとステラも喜んでくれる。
そして気になる値段は――
一番高いもので金貨一枚。日本円換算で十万円ほど。
た、高い……。
とはいえ、俺の懐には金貨が五枚ある。
本当に、アイシャには感謝しかない。
「これって、どれくらいの強度なんですか? 大切な人への贈り物なので、割れてしまうと縁起が悪くて……」
そう訊ねると、お姉さんは店の奥から一つのグラスを持ってきた。
「同じ質問をされるお客様が多いので、当店ではサンプルをご用意しております。こちらを、床に落としてみてください」
言われるがまま、グラスを落とす。
乾いた音だけがして、ひび一つ入らない。
「こちらは銀貨五枚相当の商品の強度です。金貨一枚のものは、さらに耐久性が高く、デザイン性にも優れております。贈答用でしたら、そちらがおすすめですね」
……予算は大丈夫ですか?
そう言われている気がした。
「金貨二枚はあるので大丈夫です。では、そちらの二つのグラスをお願いします」
俺が指さしたのは、この店で最も高価な一組。
一つの星が、流星のように流れる意匠。
その星が、赤と青で対になったペアグラス。
これで無事にプレゼントは確保できた。
自信をもってステラに渡せる品だ。
そう思いながら、ルンルンで店を出たときだった。
「メ~ナト」
背後から、俺の名を呼ぶ女性の声。
この街で、俺の名前を知っている女の子など一人しかいない。
振り返ると――そこにはルーナがいた。
だが、彼女の背後には二人の大人の男が控えている。
「こんにちわ、ルーナさん。アドバイスの通り、透晶石のグラスを買いました」
「それは良かった。紹介した甲斐があったよ。で、今から少し時間ある?」
……断れる雰囲気ではない。
それは、彼女自身というより、背後の男たちが放つ圧のせいかもしれない。
「……あります。ただ、遠いところへ行くなら、父に一言伝えておきたいのですが」
「遠くはないけど別にいいよ。そのグラスもついでに置いてきた方がいいと思うし」
そう言うルーナとは対照的に、後ろの二人は渋い顔をしている。
どうやら、あまり時間をかけたくはないらしい。
だが、そんなことはお構いなしに、ルーナは歩き出した。
「ほら。場所はメナトしか知らないんだから、私たちを案内して?」
そう言って、彼女は俺の手を引いた。
――その瞬間、手の中に、くしゃっとした柔らかな感触が伝わる。
羊皮紙だ。
手に忍ばせていた紙を、俺に握らせたのだ。
「さ、行こう」
ルーナは、にこりと笑う。
だが、その瞳はただの笑顔とは違い、何かを強く訴えかけているように見えた。
宿へ戻るまでの間、俺たちは終始、当たり障りのない会話しかしなかった。
周囲を警戒しているのは、俺だけではないのだろう。
部屋に戻るなり、俺はすぐに、くしゃくしゃになった羊皮紙を広げる。
『注意。マークされている。……できるだけ隠せ』
文字の一部はくしゃくしゃになりすぎて読めない。
紙自体も小さく、誰にマークされているのかまでは書かれていなかった。
おそらく、書くスペースがなかったのだろう。
俺は別室で会談中だったホークを呼び、事情を説明した。
「……その子の後ろにいた連中、どんな法衣を着ていた?」
「緑に白のラインが入った法衣だったかな」
「……恐らく王宮騎士団だな」
「王宮騎士団? でも、魔法師っぽい人たちだったよ?」
「ああ。ヘロス王国には宮廷魔法師という制度がない。魔法師も紋章師も、すべて王宮騎士団に所属している」
なるほど……だから、そこに力が集まるのか。
「僕は、どうしたらいい?」
「特に何かを仕掛けてくることはないだろうが……『できるだけ隠せ』という一文が、やはり気になるな」
確かにそうだ。
王宮騎士の二人に気取られないよう、わざわざ手紙を渡してきたくらいだ。
問い詰めたところで答えてくれるとは思えないし、下手をすればルーナの身に危険が及ぶ。
「ウィンを飛ばしたいところだが、ほぼすべての会談で鳳鷹を見せてほしいと要望が来ていてな……今日も自由に飛ばすわけにはいかない」
鳳鷹は希少だからな。
それに使役された個体だから近くで見ても安全。
皆が見たいという気持ちも分かる。
「僕が紋章師だってことは、もう知られてるはずだよね?」
「まぁそう思っていた方がいいだろうな」
ラージャンの街で、俺がマヌスを討った紋章師だという話は広く知られている。
王宮騎士団が把握していないはずがない。
それに、ルーナもどこか知っているような口ぶりだった。
ただ年齢には、明らかに驚いていた。
紋章や魔力を授かるのは、原則として十歳以上。
それが常識だ。
年齢を隠せ、という意味か?
だが、紋章師だと分かっているなら、年齢を誤魔化す必要はないはず。
だとしたら――。
いくつか考えは浮かぶが、最もしっくりくる答えは一つだった。
「お父さん……これ、実力をできるだけ隠せって意味じゃないかな?」
「……その可能性は高いな。【追憶の紋章】は、本来は死後にしか宿らない紋章だ。それが、生きているメナトに刻まれている。効果を確認したいと思う者がいても不思議じゃない。万一に備えて、使う魔法と、使わない魔法を整理しておいた方がいい。ただ、広く知られている魔法もあるから、それを隠すと不自然だからな」
「分かった。じゃあ、行ってくるよ。あまりにも遅いと不審に思われちゃうし」
「ああ、でも身に危険が迫ったら思いっきりぶっ放してこい。最悪ヴェノムモリスの毒を撒き散らしても構わない」
俺は急いで部屋を出て、ルーナたちが待つエントランスへと駆けるのであった。




