第53話 ルーナ?
「う~ん……」
「どうした? ステラの土産が、まだ決まらないのか?」
宿に戻り、例の少女のことが頭から離れずにいると、ちょうど貴族との会食を終えたホークが部屋へ戻ってきた。
「うん……それもあるんだけどね……」
そう前置きしてから、俺は昼間に遭遇した、空から落ちてきた少女のことをホークに話す。
「……メナト。それは、絶対にステラにだけは言うなよ?」
「言わないよ……でも、どうして?」
「理由は聞くな。どうしてもだ……それにしても、気になる話だな。その子、追われていたんだろ?」
「うん。でも、追っていた人たちは、なんというか……悪い人には見えなかった」
「気になるなら、また明日も街を歩いてみればいいんじゃないか?」
「気にはなるけど……まずはステラのお土産を決めないと。ステラって、何が好きだったっけ?」
「まぁ、ステラなら、メナトが一生懸命選んだ物なら何でも喜ぶだろう。ただ、プレゼントする側はそれじゃあ困るんだよな」
その言葉に、俺も苦笑する。
確かに、ステラなら何を渡しても喜んでくれる気はする。
だが、どうせなら意味のある物を渡したい。
「あと二日ある。街を歩きながら、ゆっくり考えればいいさ」
「うん……ところで、お父さんの方はどうだった?」
「……そうだな」
ホークは一拍置いてから、静かに語り始めた。
「ヘロス王国は、オーロラ王国よりもずっとドロドロしている。オーロラ王国では、すべてがアリバ女王のためだった。権力も決定権も、すべて女王が握っていたと言っていい」
それに対し――と、言葉を継ぐ。
「ヘロス王国では、権力が分散している。それが混乱を生み、争いの種になっているようだ。中でも王宮騎士団はかなりの権力を持っていてな……それを文官たちが妬み、権謀術数を巡らせている、というのが今の状況らしい。父さんは軍家と思われているから文官たちの目がきつくてな……早速マークされそうだ。お前も気をつけろよ」
こりゃあ、早いところ土産を買って宿に籠もるのが一番だな。
そう思いながら、ステラのいないベッドへ向かい、俺は目を閉じた。
翌日――
今日も今日とて、あちこちの店を巡っては商品と睨めっこ。
棚に並ぶ品々を前に、腕を組んで悩んでいると――
「君、昨日の子だよね?」
背後から声がかかる。
振り向くと、そこにいたのは昨日の少女。
「あ、昨日のオオカ――」
そこまで口にしてから、とんでもない言葉を続けようとしていたことに気づき、慌てて言葉を止める。
だが、どうやら遅かったらしい。
彼女は俺の表情だけで察したようで、にやりと笑う。
「ふ~ん……しっかり変態さんかぁ……」
「い、いや! そんなことはないよ! あれは本当に咄嗟で――!」
「ま、私が可愛いのが悪いから、仕方ないけどねぇ~」
そう言って、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
改めてよく見ると綺麗な子だ。
ポニーテールにきっちりまとめられた髪は、イエローというよりプラチナブロンド。すっと通った鼻筋に、アンバー色の瞳は不思議と目を引く。
将来は間違いなく美人になるだろう。
「ち、ちょっと!? そんなにじっと見ないでよ!? 照れるじゃん!?」
「ご、ごめんなさい」
「ま、いいけど。君の名前は?」
「メナトって言います。七歳です」
「えっ!? 七歳!? 私と同じくらいかと思ってた。私は……ルーナ。十歳だよ」
やっぱり十歳だったか。
だが、俺が七歳だと知って、かなり驚いた様子だ。
「本当に七歳? 昨日、【魔纏】で頭を守ったんじゃないの?」
当然の疑問だろう。
「はい、実は去年、魔力を授かりまして……」
「去年って、六歳で!? そんな話、聞いたことないわよ!?」
「父も母も、そう言っていました」
「……メナトって、貴族でしょう?」
「いえ、まだ貴族では……」
「ふ~ん……『まだ』貴族じゃない、ね。ってことは、近いうちにご両親が叙爵される――つまり、オーロラ王国宮廷魔法師長官の系譜、ってわけ?」
この子、何者だ?
まだ公表されていないホークの叙爵の件を、なぜ知っている?
迂闊なことは言うな、と言われている。
ここからは慎重にいくべきだな。
「ルーナさんは、どうして昨日追われていたんですか?」
「ん? 昨日だけじゃないよ。現在進行形。ほら――」
そう言って店の外に視線を向ける。
そこには、昨日とは別の大人が二人。
明らかに、ルーナを監視するような目でこちらを見ていた。
「追われている理由は……うーん……私が逃げるから……かな」
ルーナは苦笑する。
悲壮感はない。
むしろ、どこか諦めきったような表情だった。
「で? メナトは何してるの?」
「妹へのプレゼントを探していて……でも、何がいいのか全然わからなくて」
「ふーん……妹思いなんだ。兄妹仲はいいの?」
「ええ、多分……一般的な家庭よりは……」
「いいなぁ……私も、そんな家庭が良かったな……」
ルーナは、どこか儚い視線を宙へと投げた。
兄弟仲は、あまり良くないのかもしれない。
「ルーナさんは、貴族なんですか?」
「ん? 私? 平民に見える?」
「……見えません。とても高貴な方、という印象です」
「まぁ、半分正解……かな」
そう言って、ルーナは軽く肩をすくめる。
「じゃあ、私はこの辺で。そろそろ出て行かないと、この店にまで突撃されそうだし」
それから、思い出したように付け加える。
「あと、妹さんへの贈り物。まだ決まってないなら、透晶石のグラスがいいと思うよ。透晶石で作られたグラスは壊れないから二人の関係も、絆も壊れないって意味を込められるしね」
そう言い残し、ルーナは店の外へと出ていった。
すぐさま、大人二人が護衛するように彼女の後を追う。
……あそこまで警護される存在、ということか。
その背中が完全に見えなくなるまで見送ってから、
俺は透晶石製のグラスを探すことにした。




