第52話 柄はオオカミさんでした
「うわぁ……凄い街だね……」
ホークとヘルマー伯爵、そして二人の従者と共に、俺は王都ヘリザリムの門をくぐった。
そこに広がっていたのは、誰もが一度は夢の中で迷い込んだことのあるような、懐かしさを帯びた異郷の街並みだった。
石畳は長い時を抱き込みながら淡く光を返し、遠くで鳴る鐘の音が、波紋のように重なり合い、街の奥へと溶けていった。
夜を照らすのは篝火ではなく魔晶灯だ。
贅を尽くしたそれらが通りの至る所に吊るされ、柔らかな光で街を包みこむのだろう。
高層の建物は街の中心部にのみ集められ、その中枢区画は、街中にもかかわらず、水が湛えられた堀と、高い壁によって守られていた。
ラージャンとはまったく趣の異なる、防衛の形だ。
「街の中心部へ入るには許可が要る。もっとも、貴族であれば問題はないがな。論功行賞は三日後、王城で行われる。それまでの間、ホークは私と共に各方面への顔合わせを済ませておくといい」
「ありがとうございます」
「先に言っておくが、迂闊なことは口にするなよ。貴族というものは足の引っ張り合いだ。軍家にも公家にも派閥があり、それぞれが次期王の後継者を担いでいる。どの派閥に入るか、または距離を取るか、見極めておく必要がある」
うえ……できることなら一生関わり合いたくない世界だ。
右手で握手しながら、左手にナイフを忍ばせるような連中の中になど、身を置きたくない。
「僕はそういうのは遠慮しておくから、街を散歩しててもいい?」
「うーん……まぁ、いいだろう。ただし、街中で魔法をぶっ放すのは控えろよ?」
どれだけ俺は信用されていないんだ。
そんなやり取りを交わしつつ、馬車は街の東側にある宿の前で止まった。
歴史を感じさせる佇まいの宿だが、館内は隅々まで手入れが行き届いている。
古き良き時代を、そのまま今に残したような場所だった。
「じゃあ、行ってくるね」
そう言って荷物を置くと、俺はすぐに宿の外へ出た。
王都で、どうしても果たさなければならない用事がある。
――ステラへの土産を買うことだ。
「お兄ちゃんとお揃いのものがいい」と、あれほど念を押されたのだから、いい加減な物で済ませるわけにはいかない。
そのための軍資金は、アイシャから預かっている。
金貨五枚。本来なら子供に持たせてはいけない額だが、ステラを本気で納得させる品を選ぶとなると、少ないより多い方がいい。
もちろん、高ければいいというわけではない。
だが、金があれば選択肢は増える。それだけの話だ。
ただ、店の数があまりにも多く、なかなか決めきれない。
服や雑貨、魔道具まで一通り見て回ったが、これだというものが見つからなかった。
――そもそも、ステラって何が好きなんだろう?
さすがに七歳でアクセサリーというのも違う気がする……。
そんなことを考えながら、店をしらみつぶしに巡って歩いているうちに、いつの間にか街の中心部をぐるりと囲む、水をたっぷり湛えた堀の近くまで来てしまっていた。
さすがは王都だ。
これだけ歩き回っても、まだ東側の一画しか見ていない。
このまま別の街区に足を延ばせば、日が暮れるだろう。
今日はここまでにして宿へ戻るか……そう考え、踵を返した、その時だった。
「あぶなぁぁぁあああい!!!」
頭上から、甲高い少女の声が降ってくる。
「ん……?」
反射的に空を見上げると――
パンツが――
いや、スカートをはいた女の子が、俺の頭を目がけて落ちてきていた。
瞬時に【魔纏】を頭部へ集中させる。
そして――
見事に、少女のお尻がダイブ。
「うわっ――!?」
そのまま顔で受け止め、俺は勢いよく地面に倒れ込んだ。
「いててて……だ、大丈夫ですか?」
【魔纏】のおかげで、ほぼ無傷の俺は、即座に体を起こすと、まだ地面に倒れたままの少女へ手を差し伸べた。
「えっ!? あ、あの……ケガは?」
まぁ、普通はそう思うよな。
だが、紋章師で、とっさに【魔纏】を使ったおかげだなんて説明したら、かえって面倒なことになりそうだ。
咄嗟に、俺は適当な理由を口にする。
「僕、石頭なので……」
少女は一瞬きょとんとした表情を浮かべ、それから恐る恐る俺の手を取ろうとした――その時。
「いたぞっ! あそこだ!」
「捕まえろ!」
背後から、二人の大人の怒鳴り声が響く。
彼らはまっすぐこちらを指さしていた。
それを見た瞬間、少女はハッとした顔になり、俺の手から離れる。
「ごめんねっ! でも、受け止めてくれてありがとう!」
そう言い残すと、少女は追手から逃げるように人波の中へと駆けていった。
大人たちも、その後を追うように雑踏の中へ消えていく。
――なんだったんだ、今のは……?
それにあの子はどこから落ちてきたんだ?
そう思って頭上を見上げるが、そこにあるのは高く聳える城壁だけだ。
あれは、軽く見積もっても十メートル以上はある。
あんな高さから落ちれば、普通なら無事では済まない。
いくら俺の頭がクッションになったとしても、だ。
だが、少女には怪我らしい怪我は見当たらなかった。
ということは――魔法師。
俺と同じように【魔纏】を使ったのだろう。
じゃなきゃ城壁から飛び降りようと思わないよな。
年齢も俺より少し上くらいに見えたし、何より手袋をはめていた。
もしかしたら紋章師という線もあるのか。
それにしても、どうして彼女は追われていたのだろうか。
追っていた連中が少しでも怪しければ止めることも考えたが、どう見ても身分のある大人たちだった。
しかも、大衆の目がある中でも堂々と追っており、周囲の人々も特に騒ぎ立ててはいない。
その様子を見る限り、追う側が悪人というわけではなさそうだ。
とはいえ、あの少女も悪人には見えなかった。
むしろ、服装や佇まいからして、かなり高い身分の者のように思えた。
――だからこそ、余計に分からない。
ひとまず、この件は帰ってからホークやヘルマー伯爵に訊いてみるとしよう。
そう考え、俺は宿へと足を向けた。
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします!




