第51話 出発
伯爵の葬儀から一週間後――
俺は、いつもの丘で元帝国の紋章師パルブと向かい合っていた。
『【火迅槍】!!』
【小火の紋章】が赤く輝き、激しい炎をまとった槍が俺へと放たれる。
対する俺は――
『【紅ノ閃光ハ奔ル】!』
深紅の斬撃を飛ばすと、パルブの炎の槍を真っ二つに斬り裂く。
斬撃はそのまま、空の彼方へと消えていった。
「……マジかよ……その威力で【火迅槍】と同じ消費魔力『5』はおかしいだろ? これじゃあ俺が、ただの魔法師みたいじゃねぇか……なぁ? 団長?」
パルブはそう言って、自分のボス――ホークへと視線を向ける。
「見た感じ、俺の【風迅槍】より威力は高そうだ。気を落とすな、パルブ」
団長と呼ばれたホークは苦笑を浮かべながらも、【紅ノ閃光ハ奔ル】の軌跡を目で追っていた。
実は伯爵の葬儀が終わった翌日、パルブは突然俺たちの家を訪ねてきて、入団を申し出たのだ。
こちらとしても、彼は願ってもない戦力だし、情に厚い人物だということも分かっている。二つ返事で了承すると、彼はヨーダと共に離れに住むことになった。
「でも、【紅ノ閃光ハ奔ル】は【咎ノ剣】じゃないと発現しないのが弱点なんだよなぁ……【風斬】の方が汎用性は高いし……」
「……そうだな。なら、これからも剣の訓練は怠るな」
今度はヨーダが会話に加わる。
だが、その視線はこちらには向かず、少し離れた三人を見ていた。
その三人というのは――
ステラ、イヴァン、エヴァン。
三人はヨーダ指導の下、木剣を無心に振るっている。
実は双子とその両親であるディノスとメルも、ホークが雇うことにしたのだ。
さらに、ペッパの面倒を見ると言った手前、彼も一緒に雇うことになった。
とはいえ、この五人は基本的に戦闘要員ではない。
役割はエーテル栽培だ。
ただ、まだ耕作地がないため、現在はこうして偵察任務に帯同している。
先日の大勝利を考えれば、帝国がすぐに攻めてくるとは思えない。
だが、念には念をとのことで、現ヘルマー伯爵のウルバンが俺たちを雇っているのだ。
なお、ディノスとメルはペッパと、少し離れた場所へ薬草摘みに向かっていた。
その上空にはウィンが飛んでいるので、奇襲の心配はない。
ちなみに給金は、パルブが金貨三枚。
ディノス一家とペッパの五人には、まとめて金貨五枚だ。
相場から見れば、紋章師であるパルブに対しては破格に安く、
逆にディノス一家に対しては、かなり高い待遇になる。
紋章師ともなれば、本来は最低でも金貨五枚が相場だ。実際、他の傭兵団からももっと高値でスカウトはあったらしい。それでもパルブは【曙光の鷹】を選んだ。
ヘルマー伯爵からは、金貨十五枚を提示されたとも聞いている。
条件の良いところを選ばなかった理由は、ヘルマー伯爵家に雇われてラージャンに留まれば、ジハルドの兵と戦う可能性が高まるからだ。
それに、彼は自分がエースになるという立場も好まなかったらしい。
誰かの下につきたい。そんな思いが、言葉の端々から見え隠れしていた。
一方のディノスは、収入が倍以上になったことを素直に喜んでいた。
ペッパを養ったとしても十分に余るらしく、顔をほころばせている。
まぁペッパに関しては、ホークとアイシャも目を掛けているから、大人みんなで育てているといった感じだ。
双子も、両親が危険な仕事に出なくて済むと知って大喜び。
最近では、あれほど避けていた傭兵ごっこにまで参加するようになっている。
ラージャンの街に戻ると、門兵に呼び止められた。
「ホーク殿。戻られ次第、メナトと共に屋敷へ来てほしいと、ヘルマー伯爵からの伝言です」
「分かりました。すぐに伺います」
俺はホークに連れられ、ヘルマー伯爵の屋敷へ向かった。
通されたのは、いつもの執務室だ。
室内には、先代ヘルマー伯爵が使用していた赤銅盾が、壁に飾られている。
「ホーク、メナト。よく来てくれた。偵察の結果、異常はなかったか?」
「はい。だいぶ帝国の戦力は削れました。数年は大丈夫かと」
捕虜にした帝国兵たちも、すべて王国側についた。
彼らは上からの命令で戦っていただけで、好んで侵略をしていたわけではない。
もちろん中には例外もいたが、そういう輩は有無を言わさず即刻斬首している。
「そうか……では本題に入ろう。明後日、王都ヘリザリムへ向かうことになった。だが、私と【曙光の鷹】が全員不在となれば、住民に不安を与えてしまう。そこで同行する者を絞りたいのだが、構わないか?」
「……はい。従います」
「では、【曙光の鷹】からはホークとメナト、二人だけで頼む。二人は今回の論功行賞の対象者だからな。私も近衛を最小限にするつもりだ。往復の警備で負担をかけることになるが、いいか?」
「承知しました」
確かに、まだ前回の戦いから一か月も経っていない。
この状況で、領主であるヘルマー伯爵と俺たちが同時に街を離れるのは得策ではない。
――ただ、それを許さない者がいた。
「やだ! 絶対に私も一緒に行くの!!!」
家に戻り、伯爵からの話を皆に伝えた途端、
普段は温厚なステラが、みるみる顔色を変えた。
「ステラ、お父さんを困らせないで。お母さんとステラはお留守番よ」
「じゃあお兄ちゃんも残ってよ!!!」
「メナトは命令だから行かなきゃならないの……遊びに行くわけじゃないのよ?」
アイシャの言葉にホークも続き、ステラを諭す。
「ステラ、イヴァンやエヴァン、ペッパもいるじゃないか? なるべく早く帰ってくるから少し我慢してくれ」
それでも、ステラはどうしても俺と離れるのが嫌らしい。
だが、この押し問答を続けても、互いに疲れるだけだ。
「ステラ。次は一緒に行こう。でも、今回は登城命令が出ているんだ。僕は行かなくちゃいけない。だからステラは、お母さんたちと一緒にこの街を護ってほしい」
そう言って妹を抱き寄せ、背中を優しくトントンと叩く。
「……嫌だよ……私、ずっとお兄ちゃんと一緒だったのに……離れたくない……」
「うん、ずっと一緒だよ。だから、これも今生の別れじゃない。ほんの少しの間だけだ……ね?」
「……分かったよ。じゃあ行くまではずっと一緒だからね! 帰って来てからもずっと一緒なんだからね!」
――今までも十分一緒だったはずなのに、
これ以上どうやって一緒にいるんだ?
そんなことを考えながら、俺は出発の日を迎えた。




