第50話 戦いの終わり
「……うう、頭痛い……」
気が付けば、いつものベッドで、いつものようにステラと抱き合うようにして眠っていた。
いつもと違うのは、酷い頭痛と吐き気だ。
これが二日酔いってやつか……。
仕方なかったこととは言え、もう酒は飲みたくない。
ふらふらとしながらリビングへ向かうと、そこにはホークとアイシャ、そしてヨーダの三人がいた。
「おはよう……」
「おはよう、メナト。大丈夫か? まだ寝てていいぞ?」
「メナト? お水飲みなさい?」
「……今日の朝練は免除してやる」
三人は一斉に振り向き、心配そうな表情を向けてくる。
「うん、ありがとう。ちょっと水を飲むついでに試したいことがあって……」
そう言うと、俺は皆の前で魔法を唱えた。
『【無毒ノ魔種】!!!』
現れたエーテルの種は、三十六粒。
いつもは三十粒しか出せない。それが六粒も増えている。
一粒で魔力を『5』消費する。
つまり、魔力が『30』増えた計算だ。
俺の魔力量は『150』から『180』に上がったことになる。
その意味を理解したホークたちが、息をのむ。
「まさか……魔力が増えたのか?」
「うん、多分だけど、【盾の紋章】を吸収したからだと思う。伯爵の魔力はいくつくらいか知ってる?」
「昔は『90』だったはずだが……今は『60』くらいだと聞いた覚えがあるな」
ということは、伯爵の魔力の半分が上乗せされたようなものか。
「それにしても、魔力『180』は過去を遡ってもそうはいないぞ。それを七歳のメナトが……」
確かに、魔法大国オーロラで宮廷魔法師長官確定と言われていたホークですら『150』。『180』は、やはり異常な数値だ。
……まあ、それはさておき。
「ねえ? 昨日、あの後どうなったの?」
「ああ。マヌスはパルブに焼かれ、その場で死亡。残った帝国兵は全員投降した。街への被害もほとんどなく、あるのは帝国兵の死体ばかりだ。近いうちに論功行賞が行われるから、メナトもぜひ出席してほしいとのことだ」
伯爵の捨て身の突撃がなければ、この街も大きな被害を受けていただろう。
「ねえ? 後で少し外に出てもいいかな? 街の様子を見たくて」
「そうね。じゃあ、お母さんと一緒に行きましょう。まだ動揺している住民もいるだろうから……」
「ありがとう。じゃあ、僕はもう少し寝るよ。おやすみなさい」
そう言って、俺はステラが眠っている寝室へと向かった。
「おぉ! 【曙光の鷹】だ!」
「街の英雄だ!」
「救ってくれてありがとうな!」
午後になり、アイシャとステラの二人と一緒に街へ出ると、すれ違う人々から次々と声をかけられ、感謝の言葉を向けられた。
この街に来たばかりの頃とは、まったく違う反応に少し戸惑ってしまう。
激戦となった街門付近まで行くと、帝国兵の死体処理はすでに終わったようで、血痕や瓦礫がまだ残る中、騎士団が住民を雇って復興作業に励んでいた。
と、そこに見知った顔が五つ。
イヴァンとエヴァン、包帯を巻いた男と女、そしてペッパだ。
彼らはきょろきょろと周囲を見回し、何かを探している様子だった。
「おはよう、イヴァン、エヴァン」
ステラが躊躇なく声をかけると、双子は少し気まずそうな表情で答える。
「お、おはよう、ステラ……メナト」
「ふ、二人とも……ごめんな」
どうやら、マヌスに操られていたときのことを覚えているらしい。
「ううん、あれは仕方ないよ」
俺がそう言うと、二人はほっとしたように表情を緩めた。
すると今度は、包帯を巻いた男女がイヴァンとエヴァンの後ろに立ち、深く頭を下げる。
「君たちがメナト君とステラちゃんだね。イヴァンとエヴァンから話は聞いている。二人の父のディノス。そしてこちらが妻のメル。迷惑をかけて本当にすまなかった」
ディノスが頭を下げると、それに倣うようにメルも頭を下げた。
ペッパの両親かと思ったが、双子の両親だったらしい。
「いえ、ディノスさんの言葉があったから、あの人形が怪しいと気づけました。こちらこそ、ありがとうございます。皆さんは、何を探しているんですか?」
「え、あ、ああ……ペッパ君が、その人形を探していて……って、その前に、その喋り方。メナト君は本当に七歳でいいんだよね?」
やばい、少し礼儀正しくしすぎたか。
もっと純粋無垢な子どもを演じないと。
そんな俺をさりげなくフォローしてくれたのは、アイシャだった。
「いつも二人がお世話になっております。メナトは少し特殊な子ですので、あまりお気になさらないでください」
「……確かに、七歳で紋章師ですからね。他の子たちとは違うのかもしれません」
ディノスはそう頷くと、話を元に戻した。
「それで、どうしてペッパの人形を探しているんですか?」
「ん? ああ。ペッパ君は、マヌスに強制的に連れてこられた帝国の孤児なんだ。それで、マヌスが潜んでいたあの人形……実は、ペッパ君がずっと大事にしていたものらしくてね」
なるほど。
人形の所有者はペッパだったのか。
「僕、心当たりがあります。多分、あっちの方かと……」
俺がそう言うと、ペッパがすぐに駆け寄ってくる。
「ほ、本当!? どこ!? 僕のカンタ君、どこ!?」
あの人形――カンタ君っていうのか。
それにしても、この子が一番の被害者かもしれないな。
こんな幼い年で、たった一人、知らない街に連れてこられて……。
それに、ディノスやメル、双子も本当に人がいい。
悪いのはすべてマヌスというのは分かっている……分かっていても、人によってはペッパを恨んでもおかしくない状況だろう。
俺は街の裾野の端から、少し外れた場所へと向かう。
すると、人形は予想していた場所の近くに落ちていた。
ただ、マヌスが人形から勢いよく飛び出したせいだろう。
カンタ君の背中は破れてしまっている。
「あ、あった! カンタ君! ごめんね、一人にして――こんな痛い思いをさせて!!!」
ペッパは人形を拾い上げると、涙を流しながら優しく抱きしめた。
孤児のペッパにとって、カンタ君はただの人形ではなく、心の支えだったのだろう。
この先、ペッパはどうするのだろうか。
帝国に戻されるのだろうか。
そんなことを考えた、そのときだった。
ディノスが、泣きじゃくるペッパの頭を優しく撫でながら、ぽつりと呟く。
「私たちが、この子を引き取ろうと思っています。ペッパ君は、ジハルドに戻ってもあまりいい思い出がないようで……」
そこまでしてくれるのか。
きっと、この人たちは困っている人を放っておけないのだろう。
そんな両親の背中を見て育ったからこそ、イヴァンとエヴァンも、ステラが失明していたときに面倒を見てくれていたのだ。
この親にしてこの子あり、だな。
その様子を見ていたステラが、そっとペッパに声をかける。
「ねぇ、ペッパ。カンタ君、痛そうだから縫ってあげようか?」
「……縫う?」
「うん。破れちゃったところを、違う布で縫うの。でも、お裁縫をやったことがないから、上手にできるか分からないけど……」
「本当――!? うん、やってほしい!」
ペッパは涙を拭うと、さっきまでが嘘のように、ぱっと笑顔になった。
「ディノスさんたちもご一緒にいかがですか? 私たちにはこの街の知り合いも少ないものですし……それに、メナトやステラも喜びますから」
アイシャがこんな提案をするのは、実に珍しいことだった。
母自身も自覚しているのだろう。
自分たちが、この街でどこか浮いた存在であるということを。
マヌスを討伐した今は別の意味で、浮いているというより、強く注目されているのだが。
アイシャに誘われ、ディノスとメルは互いに顔を見合わせる。
誘いを受けるべきか、少し迷っている様子だった。
しかし、その迷いを断ち切るように、ステラがすでに双子の袖を引っ張っていた。
「イヴァン、エヴァン、お家で一緒に遊ぼう! ペッパも一緒に、五人で遊んだらきっと楽しいよ!」
その無邪気な言葉に、場の空気が一気に和らぐ。
こうしてカラス屋敷に、客人が招かれることになった。
その夜――
皆で夕食を共にし、ディノス一家とペッパが帰った後のことだった。
アイシャが、ホークとヨーダに問いかける。
「どうだった? ディノスさんたち」
「ああ、あの人たちなら信用できるな」
「……俺も問題ないと思う」
何の話をしているんだ?
そう思ったのが顔に出ていたのか、アイシャが説明してくれた。
「本格的にエーテルの栽培を考えているの。今回の戦いで、酒精の入っていないエーテルポーションは全部使い切ってしまったでしょう? だから、安定して供給できる体制を作りたいと思って……」
アイシャは一息ついて続ける。
「そのためには人手が必要になる。でも、エーテルは扱いを誤ると危険でしょう? だから、信頼できる人に任せたいと思っていたのよ」
なるほど。
ディノスとメルに農業を任せる、という考えか。
「じゃあ、あの二人は適任だと思うよ。イヴァンとエヴァンも、両親には傭兵業を続けてほしくないみたいだから」
帰るたびに怪我だらけになる仕事を、子どもたちが嫌がっていることを伝える。
「そうか……では、あの件も前向きに検討するか」
「あの件って?」
俺が聞き返すと、ホークが少し表情を引き締めた。
「さっき、お前たちが外に出ている間に、ウルバン様が従者と一緒に来られてな。論功行賞はここでは行わず、王都で盛大にやると言われた。事前に褒美も告げられた。父さんは叙爵される……それも名誉男爵ではなく、正式な男爵として、だ」
「えっ!? 叙爵!?」
思わず声が出る。
ホークはオーロラ王国出身の、元貴族の家系だ。
そんな人物を他国で叙爵していいのか?
「知っているとは思うが、以前から何度か打診があったのだがな……今回は前向きに考えてみようと思う。ただ、父さんからも条件は出した。かなり厳しい条件だ。それでもウルバン様は問題ないと言われてな……だからそれならと答えた。ただ、本当に要求が通るか分からない。何しろ叙爵するのは国王だからな」
どんな条件なんだ?
そう思ったところで、話題は切り替わる。
「それと明日、ヘルマー伯爵の葬礼が行われる。必ず参列するように、とのことだ」
ついに、ヘルマー伯爵とお別れするときがきたのか。
ヘルマー伯爵の葬儀の日――
葬儀は伯爵家の屋敷で、盛大に執り行われた。
人々が静かに喪に服すものだと思っていたが、実際はその逆だった。
まるで祝いの席のように酒が振る舞われ、料理も驚くほど豪華だった。
「葬式って……こういうものなの?」
参列しながらホークにそう尋ねると、彼は苦笑いを浮かべる。
「いや、普通は厳かに喪に服するものだ。ただ、これはヘルマー伯爵の希望らしい。生前から『とにかく酒を飲め、それも旨い酒をな』と、口癖のように言っていたそうだ」
……なんて人だ。
やがて、俺たちが弔問する番が回ってきた。
数珠を持ち、形式ばった作法で抹香をくべる――
そんなことはしない。
棺の中で安らかに眠る伯爵の顔を見つめ、俺はある物をそっと隣に置く。
エーテルポーションを満タンに詰めた瓢箪瓶だ。
その後、手袋を外し、手を合わせて、お別れの言葉を述べる。
「伯爵……あなたの想いは、確かに受け継ぎました。そして、ラージャンを護ることもできましたよ。だから――どうか、安らかに」
【追憶の紋章】が俺の言葉に反応するかのように白く輝く。
「後のことは任せたぞ」
これにて第三章終了となります!
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