第49話 ラージャン攻防戦――6
「よし! ヘルマー伯爵が死んだぞ!」
「活路は前にあり! 突撃だぁぁぁ!!!」
帝国兵たちが鬨の声を上げ、押し寄せてくる。
しかし、その進軍は伯爵の最後の魔法――【終護ノ命盾】によって阻まれた。
帝国兵の突撃は、見えない壁に叩きつけられるように弾かれる。
マヌスもまた巨人を操り、拳を振るって【終護ノ命盾】を殴りつけるが、その反動は【護界ノ盾】の比ではなく、巨人ごと大きく後方へ弾き返された。
当然、それを俺たちが黙って見ているわけがない。
騎士たちは【終護ノ命盾】の境界線に陣取り、帝国兵の槍は結界に防がせ、自らの槍だけを結界越しに突き出して敵を貫く。
魔法とは、術者のイメージを具現化したもの。
ヘルマー伯爵がラージャンを守るために発動したこの魔法は、俺たち守る側の攻撃だけを通す構造になっている。これもまた、紋章の力が成せる業なのだろう。
ヨーダも【終護ノ命盾】によってステラの安全が確保されたと判断したのか、前線へと躍り出る。
一閃、また一閃。次々と帝国兵の首が宙を舞った。
だが、このままではいつまで経ってもマヌスに刃が届かない。
仮に帝国兵をすべて倒したとしても、
マヌス一人が残れば、この街は壊滅する。
「お父さん! お母さん! ちょっといい!?」
俺は、少し離れた位置にいる二人に向かって声を張り上げた。
「僕に考えがあるんだ……逃げの最終手段――それを攻めに使っていい?」
「どういうことだ!?」
「うん! 【追憶の紋章】が【盾の紋章】を……伯爵の想いを吸収した。同時に、新しい魔法文字も覚えたんだ。だから、ぶっつけ本番になるけど……試してみたいことがあるんだ!」
内容を説明すると、ホークは険しい表情を浮かべる。
「確かに理屈の上では可能だ……だが、メナトが最前線に出ることになる。それも、あまりにもリスクが高すぎる」
「でも、ここまで来て撤退はできない! 【追憶の紋章】には伯爵の想いが流れ込んできている。ずっと護り続けなくてもいい……でも、マヌスの侵攻だけは――伯爵の最後の戦いだけは、勝利で飾りたい!」
「……分かった。ただし、少しでも危険だと判断したら、すぐに回収する。その時は必ず【魔纏】を使え。いいな?」
「うん!」
そう答えると、ずっと不安そうにしていたステラが、酒精の入っていないエーテルポーションを差し出してくれた。
「お兄ちゃん……この二本が最後だよ? 回復……する?」
正直に言えば、自分で持っていたエーテルポーションはすでにすべて使い切っていた。走りながら常に魔力を巡らせていたため、消耗が激しかったのだ。
もっと【魔纏】の精度を上げなければ――
「ありがとう。ちょうど二本分くらい、魔力を使ってたから……」
ステラから受け取ったエーテルポーションを飲み干す。
あれ? 思ったほど魔力が回復しない。
自分の魔力量は常に把握している。
本来なら、二本でほぼ全快するはずだった。
ただ、全快までは、あともう一本くらい飲まなければならない。
まさか……【盾の紋章】を吸収した影響で、最大魔力量そのものが増えている……?
と、その時――
俺たちを守る【終護ノ命盾】にひびが入った。
何度も、何度も巨人が拳を叩きつけ、ついに限界を迎えようとしていたのだ。
「お父さん! 【終護ノ命盾】が割れた瞬間に仕掛けるよ!」
「分かった! メナトも準備はいいな!?」
頷こうとした、その瞬間――
胸元の【追憶の紋章】が、淡く光を放った。
――えっ? 瓢箪瓶を持っていけ?
確かにそう伝わってきた。
【追憶の紋章】からの、はっきりとした意思だった。
迷っている暇はない。
俺は、今も両手を天に掲げ、俺たちを守り続けている伯爵のもとへ駆け寄り、腰にぶら下げられていた瓢箪瓶に手を伸ばす。
(絶対に勝つから! 僕たちを見守っててください!)
――その瞬間。
ついに巨人が【終護ノ命盾】を叩き割った。
盾は砕け散り、その反動で巨人の巨体が大きくよろめく。
今だ――!
「お父さん!!!」
「ウィン! メナトを!」
ホークの号令と同時に、作戦が実行される。
空中からマヌスを狙い続けていたウィンが急降下し――
【魔纏】を巡らせた俺の両肩をがっちりと掴み、そのまま宙へと羽ばたいた。
これが、俺たちの逃げの最終手段。
ウィンによる戦線離脱だ。
ウィンの握力は尋常ではない。
大人の肩でさえ、簡単に砕いてしまうほどだ。
だからこそ、【魔纏】が不可欠となる。
だが、今回は違う。
これは、逃げではない。
この方法を、攻めに使う。
巨人を――マヌスを、倒すために。
『【氷閃迅槍】!!!』
先手を切ったのはアイシャだった。
放たれた巨大な氷槍が、一直線にマヌスを貫かんと迫る。
だが、巨人の左手がよろめきながらもそれを止める。
『【風閃迅槍】!!!』
続けて、ホークの放つ暴風を伴った巨槍。
今度は巨人の右手が迎え撃つが、先ほどよりも明らかに衝撃は大きく、巨体は大きく体勢を崩し、今にも倒れそうになる。
マヌス自身も吹き飛ばされるが、すぐさま糸を収縮させ、再び巨人の肩へと戻った。
これまでは、ここまでだった。
次の一手がなかったからだ。
だが、今は違う。
俺の【追憶の紋章】には、
ヘルマー伯爵の【盾の紋章】が確かに内包されている。
俺は、二人の魔法を、空中をとんでもない速度で駆けるウィンに肩を掴まれながら見下ろしていた。
ラージャンの街は、まるで縦に引き伸ばされたキャンバスのようで、景色が視界の端から端へと高速で流れ去っていく。
めちゃくちゃ怖い。
こんな速さは、初めてだ。
ただ、泣き言は行っていられない! ここで決めなければならないのだ!
「ウィン! 離して!」
俺の叫びを聞いたホークが、即座にウィンへ命令を飛ばす。
超高速で飛行する中、ウィンは俺を巨人へ向かって投げるように手を離した。
ジェットコースターの安全ベルトが外れ、放り出されたような感覚。
身体が宙を舞う――その瞬間、俺は詠唱を始めた。
『我に埋みし猛毒よ、守りの盾となり、ここに立て……』
紫黒色の魔法文字が浮かび上がり、次の瞬間、白へと変わる。
『侵す者には毒を、毒は伝播し、すべての命を侵せ……」
再び紫黒へと染まった瞬間、巨人の肩にしがみついていたマヌスが、ようやく俺の存在に気づいた。
「め、メナト――ッ!? 貴様!? どうしてそこに!?」
ホークとアイシャの猛攻に意識を奪われていたマヌスは、俺の接近にまったく気づいていなかった。
慌てて巨人を操り、俺を叩き落とそうとするが、巨体はすでに大きく体勢を崩している。即座に迎撃など、できるはずもない。
『我が護界は甘からず、万物の命を奪い取れ――』
詠唱が終わり、魔法が完成!
『【護界ノ猛毒盾】!!!!!』
半透明の紫黒色をした巨大な盾が、俺の眼前に一気に展開した。
その勢いのまま、俺は盾と共に巨人へ突撃する。
衝突と同時に、【護界ノ猛毒盾】は一瞬で砕け散った。
だが、その代償として――
凄まじい音と砂塵を巻き上げ、巨人は大地へと叩きつけられるように転倒する。
さらに――
巨人を操っていたマヌスの透明な糸へと、砕け散った盾からヴェノムモリスの毒が伝播していった。
「なっ!? なんだこれは――!?」
マヌスが慌てふためき【傀儡ノ律】を解除。
その様子を確認した俺は、即座に腰の瓢箪瓶を掴み、残っていた中身を一気に煽った。枯渇しかけていた魔力が体内を駆け巡る。
同時に、【魔纏】を展開。
――来る!
狙い澄ましたような完璧なタイミングで、再びウィンが上空から降下し、俺の肩を掴んだ。
魔法の詠唱には、魔力を巡らせ、一気に放出する必要がある。
一方、【魔纏】は魔力を一点に集中させなければならない。
つまり、詠唱と【魔纏】を同時に行うことは不可能。
だからこそ、この方法しかなかった。
【魔纏】→投擲 → 詠唱 → 回復 → 【魔纏】 → 回収。
綱渡りどころじゃない、完全な一点突破の賭け。
作戦は大成功――
しかし、これで終わりではない!
まだマヌスは生きている。
俺は一瞬見失ったが、俺を掴むウィンの視線からは逃れられない。
その小さな身体は巨人を捨て、帝国兵の死体の山の下へと潜り込もうとしていた。
ウィンが羽搏き、ゆっくり俺を地面へと下ろす。
「マヌス、そこにいるのは分かっている」
ゆっくり近づきながらも俺は警戒を怠らない。
『【咎ノ剣】!』
剣を顕現させ、いつでも【魔纏】で魔力を巡らせる準備。
「め、メナト! お前を帝国の子爵に推薦しよう! だから俺と一緒に帝国へ――」
必死に言葉を絞り出しながら、マヌスは【傀儡ノ律】を伸ばす。
死体が、ぎこちなく起き上がり、俺へと向かってきた。
しかし、それはすでに読めていた。
『我が血潮よ、刃となりて空を裂け――』
【追憶の紋章】が深紅に輝き、剣を一閃――
『【紅ノ閃光ハ奔ル】!』
【風斬】とは違い、紋章の力を行使した斬撃の魔法。
赤い閃光が走り、【傀儡ノ律】は断ち切られた。
操られていた死体は、その場で力を失い、音もなく崩れ落ちる。
残るのは――
隠れる場所を失った小人だけ。
そこへホーク、アイシャ、ヨーダ、ステラ、さらにウルバンやカイサたちも駆け寄ってきた。
どうやら巨人が倒れたことで、帝国兵は戦意を喪失し、すでに投降したようだ。
「な、なんなんだ!? お前の紋章はッ!? 白に紫黒、赤と、でたらめに発光しやがって!」
そう叫びながらも、マヌスは右手を突き出し、ウルバンに狙いを定める。
『【傀儡ノ律】!!!』
――しかし、ウルバンが操られることはなかった。
魔法は発動しなかったのだ。
完全な魔力切れ。
マヌスは長時間にわたり巨人を操り続けていた。
その前から、イヴァンや近衛たちまで支配していたのだから、無理もない。
そのとき、もう一人――
マヌスの退路を塞ぐように、現れた者がいた。
「メナト、すまないが……こいつは俺にやらせてくれないか?」
パルブだった。
仲間を自らの手で討たねばならなかった過去を、清算したいのだろう。
「僕は別に。ラージャンを守れたので……あとはウルバン様にお任せします」
そう伝えた瞬間、突然、足元がふらついた。
揺れたのは足元だけではない。視界が歪み、吐き気がして頭がガンガンと痛む。
それに――ひどく眠い。
な、なんだ……これ……。
そう思った瞬間、脳裏にあの人の声が響いた。
(儂の酒は特別製だからな! もっと鍛えろ!)
緊張が解けて、酔いが回ったのか。
ヘルマー伯爵。
あなたの愛した街は、確かに護れましたよ。
そう告げて、俺は意識を手放した。




