第47話 ラージャン攻防戦――4
クソッ――。
あのとき、ペッパの体から淡い紋章の光が漏れていると思ったが……違う。
光っていたのは、人形の方だったのか!
ステラと二人、双子を探しながら裾野へと駆け下りつつ、俺は必死に思考を巡らせる。
もし、マヌスが人形に化けている、あるいは人形そのものがマヌスだとしたら。
これまでの不可解な出来事は、すべて辻褄が合う。
丘が見渡せる場所で、双子と一緒にサンセーラを摘んでいたのも、双子のためじゃない。あの場所から、偵察に来た傭兵たちを操るためだったのだ。
そこで祟り騒動を起こし、それを街にまで広げる。
そして、いつまでも解決できない伯爵家に不信と憎悪を向けさせ、混乱に乗じてラージャンを落とす。
密かに出回っていた
『領主や騎士団が動かないのは無能だ』
という内容の羊皮紙も、きっとマヌスの仕業だろう。
と、そのとき。
後ろを走っていたステラが、息を切らしながら俺の袖を引いた。
「お、お兄ちゃん……あそこ……下の端っこの方……」
妹が指さす先を見ると、街の裾野の端に人形を抱えたイヴァンの姿があった。
そのすぐ隣には、エヴァンも立っている。
「ステラ、ちょうど通り道にお父さんとお母さんがいる。ステラは二人と一緒にいてくれ! 僕は話してくる!」
そう言ったものの、妹を置き去りにするわけにはいかない。
俺はステラの手を引き、確実に二人の元へと送り届ける。
すると――
「メナト、父さんも一緒に行く! 母さんはステラを頼む!」
そう言って、ホークが俺の隣に並ぶ。
俺とホークは二人で、裾野の端を目指して駆け出した。
街の入り口では、ヘルマー伯爵が赤銅盾と【護界ノ盾】を構え、帝国兵を押し返している。
時折、操られた者たちが伯爵に襲いかかろうとするが、そのたびに近衛たちが必死に制止していた。
そして、ついに二人がいる場所へ辿り着く。
「はぁ……はぁ……イヴァン。その人形……ちょっと貸してくれないかな?」
【魔纏】を巡らせていたとはいえ、走り続けていた体は限界に近い。
息が上がり、肺が焼けつくようだった。
「ど、どうしたの? そんな……怖い顔して……」
イヴァンは人形を胸に抱いたまま、一歩、また一歩と後ずさる。
それを庇うように、エヴァンが前に出ようとするが――ホークが静かに制した。
「その人形……ペッパのものだろう? 少し見せてもらいたいだけだ」
俺がそう告げ、距離を詰めようとした、その瞬間――
人形の右手が、ほんのわずかに光を放つ。
そして聞こえてきたのは、低く、重たい声。
人形とは到底釣り合わない、不気味な詠唱だった。
『我が声を聞け、揺らぐ魂よ。意志は絡まり、選択は沈む。拒む心を眠りへ誘い、残るは動きのみ。我は王にあらず、ただ糸を引く者なり――』
まずい――!
イヴァンが抱えている以上、人形を攻撃することはできない。
一瞬の躊躇。
その隙を突くように、人形の周囲に限りなく無色で透明な魔法文字が浮かび上がる。
『【傀儡ノ律】!!!』
――っ!?
体が、重い。
鉛を流し込まれたかのように、四肢が言うことをきかない。
この感覚……丘で、ペッパたちを見つけたときと同じような感覚。
だが、強度は段違い!
マヌスが――俺を操ろうとしている!?
「メナト!? 【魔纏】だ! 魔力を巡らせろ!」
暴れるエヴァンを傷つけないように抑えながら叫ぶホーク。
言葉と同時に、咄嗟に体内へ魔力を巡らせる。
すると、抵抗するように重圧が弾け、体が一気に軽くなった。
「チッ……この距離で動きを封じることすらできないとは。なんて魔力だ……」
その声は、確かに――
イヴァンの腕の中にある人形から発せられている。
「お前が……マヌスか!?」
「貴様のようなチビに、俺様がお前呼ばわりされる筋合いはない!」
……相当、プライドが高いらしい。
なら、そこを突く。
「誰かの陰に隠れてしか物が言えないくせに、俺様だなんて滑稽だな。恥ずかしくないのか? 子供に守られている分際で!」
「なっ――!? 俺様を侮辱するとは……ッ!」
図星だったのだろう。
怒りに任せるように、人形はイヴァンの腕から飛び降りた。
――そして、宙に浮く。
……マジか。
驚いたのは浮遊したことだけじゃない。
人形が、本当にマヌスだったという事実だ。
だが、よく見ると違和感がある。
人形の表面には紋章がない。
その代わり、内部から淡い光が漏れている。
まるで、中に何者かがいるように。
ただ、イヴァンから離れてくれればこっちのターン!
ホークがイヴァンとエヴァンの二人を抑え込んでいる間に、詠唱を紡ぐ。
『我に埋みし黒き涙よ、光を飲みこむ槍となりて、敵を穿て――【盲魔ノ毒槍】!』
漆黒の毒槍が人形めがけて放たれる。
しかし、マヌスは宙を自在に駆け、毒槍をあっさりと躱した。
「くそッ……!」
的が小さすぎる。
それ以前に、まるで当たる気がしない。
よく見れば、人形の動きは不自然だ。
何かに引かれ、吊られているような――
「……糸か」
人を操る糸。
それを空中に張り巡らせ、自在に移動しているのだろう。
軽くて小さいからこそできる芸当だ。
だったら――
『流れし血は悔恨となり、魂は鉄へと変ず。我に刻まれし咎人の剣よ、顕現せよ――【咎ノ剣】!』
その糸ごと斬ってやる!
が、マヌスは余裕の表情。
「俺様の【傀儡ノ律】が、剣で斬れるわけが――」
その言葉が終わるより早く、一閃。
【咎ノ剣】が宙を裂いた瞬間、マヌスの動きが、明らかに乱れる。
「なっ――!? き、斬りやがっただとッ!? どんな業物でも断てないはずの俺様の【傀儡ノ律】を!?」
イヴァンとエヴァンを抑え込んでいたホークが、声を張り上げた。
「いいぞ! イヴァンが暴れなくなった! そのまま剣を振り続けろ! エヴァンを操っている糸も、いずれ斬れるはずだ!」
確かに!
無差別にでも剣を振るい続ければ、マヌスが張り巡らせた糸はすべて断てる。
そう確信した、その瞬間だった。
「やはり天才の俺様が思った通り、あれを先に準備しておいてよかったぜ!」
マヌスが不敵に笑い、街の外へ向けて【傀儡ノ律】を放つ。
ほぼ同時に、上空から偵察していたウィンの報告を受け、ホークが叫んだ。
「街の外だ! 何か……とてつもなく巨大な物が運び込まれている! まさか、マヌスは――!」
その言葉が終わる前――
ラージャンの街の外で、巨大な人型の影が、ゆっくりと起き上がった。
圧倒的な質量。
壁越しでも分かる異様な存在感。
そしてマヌスは、まるで最初からそこに帰る場所が決まっていたかのように、
人形から抜け出し、巨人の肩へと吸い込まれるように飛び去っていったのだった。




