第44話 ラージャン攻防戦――1
「ついに来たな……」
ホークが呟いた。
その視線の先――ラージャンの街から東を望むと、黒い軍勢がこちらを目指して進軍している。帝国兵だ。
街の中腹から見ただけでも、その数は優に二千……いや、三千を超えている。
補給兵などを含めれば五千に届くかもしれない。
それでも通常であれば、ラージャンが陥落することはまずないという。
この街は天然の要塞であり、高所の利を生かして上から投石するだけでも、敵戦力を大きく削ることができる。
しかし、今回の戦はラージャンが落ちるかどうかだけの話ではない。
領主であるヘルマー伯爵、そして嫡子のウルバン、その両名が討ち取られれば、たとえ兵が生き残っていても敗北となる。
統率者を失えば、軍が瓦解するのは必然だからだ。
傭兵もまた、論功勲章をする者がいなければ、いかなる手柄も無に帰してしまう。
マヌスがどこに潜んでいるのか分からない以上、総大将であるヘルマー伯爵や、嫡子のウルバンが狙われる危険は拭えない。
そんな状況で、迫り来る帝国軍を見下ろしながら、俺はホークに問いかけた。
「お父さん、まだ現れないの?」
「ああ……まだだ。現れるまで、メナトは父さんたちと一緒にいろ」
俺が待っている人物――それはペッパだ。
あの夜、ペッパが残した光の残滓がどうしても頭から離れず、今回の戦では彼を徹底的にマークすることを志願していた。
紋章は、必ずしも手の甲に宿るとは限らないのかもしれない。
俺自身、十歳にも満たないうちに紋章を授かった。
ならば、これまで常識とされてきたことが覆る可能性も、十分にあるはずだ。
しかし、ペッパが現れないのであれば、俺はホークたちと共に帝国兵の迎撃にあたるのが賢明だろう。
俺たちは、バリケードが張られた街の入口へと向かった。
そこで指揮を執っていたのは、近衛を伴ったウルバンだった。
「無理をしてここで防衛する必要はない! 少しずつ後退し、勾配のきつい地点まで引け! そこまで下がれば、魔法師だけでなく投石や弓も有効に使える! 【曙光の鷹】以外の傭兵団は、全員カイサの指示に従え!」
ウルバンがそう叫び、視線をこちらへ向けると、騎士や傭兵たちが一斉に振り向いた。
【血の十字旗】の団長カイサもその中にいたが、俺と目が合った瞬間、さっと視線を逸らす。
「確か、あいつらが【曙光の鷹】だよな?」
「どうして、あいつらだけ特別扱いなんだ?」
傭兵たちの間から、不満げな声が漏れる。
おそらく彼らは【血の十字旗】と同様、丘の上での戦いには参加せず、ラージャンに残っていた者たちなのだろう。
「お前たちの気持ちは分かるがな……」
そう前置きして、カイサが一歩前に出る。
「【曙光の鷹】は、ここにいる誰よりも強い。これは噂でも評価でもない! 昨日、俺自身が身をもって思い知らされた事実だ!」
カイサが断言すると、先ほどまで上がっていた不満の声は、嘘のように静まり返った。
……危うくカイサが廃人になるところだったが。
どうやら、昨日あの剣を見せた判断は、間違っていなかったらしい。
そして――ついに、その時が来た。
帝国兵が、街の入口からもはっきりと視認できる距離まで迫ってきたのだ。
敵も陣形を整えてゆっくりと前進してきている。
最前列には板金鎧を纏った重装兵、その背後に通常兵、さらに後方に帝国魔法師が控える、典型的な布陣だった。
最初に号令をかけたのは、ウルバンだ。
「よし! 敵がこちらの射程に入った! まずは力の差を見せつけ、相手の士気を削ぐ! 一番槍はホーク、アイシャ、そしてメナト! お前たちに任せる!」
いきなりの指名だった。
ホークとしては本来、目立つ行動は避けたいところだろうが、今はそんなことを言っている状況ではない。
「承知しました。アイシャ、メナト、行くぞ」
ホークの合図で、俺たちは騎士団や傭兵たちの間を縫うように進み、最前列へと出る。
そして、ホークが右手を前に掲げ、即座に詠唱を始めた。
同時に、アイシャも。
『【風迅槍】!!』
『【氷迅槍】!!』
放たれた二本の槍は、先頭に立っていた帝国兵の板金鎧を容易く貫通し、一瞬で命を奪った。
「おおっ! この距離で、あの威力か!?」
「紋章師だ! 二人とも紋章師だぞ!」
一気に傭兵たちが沸き立つ。
その歓声は、後方で見守っていた住民たちにも広がっていった。
「この街に、こんな紋章師がいたのか!?」
「ヘルマー伯爵もいるし、これは安泰だ!」
「メナトの母ちゃんずりぃよ……あの顔で紋章師って……」
ざわめきが広がる中、俺も続いて詠唱する。
『【盲魔ノ毒槍】!』
俺の放った漆黒の槍は、二人の迅槍のように鎧を貫通するほどの威力はない。
刺さるのは、あくまで浅くだ。
だが、その効果は凄まじかった。
「う、うわぁぁぁあああ!!! 目がぁぁぁあああああ!!!」
突然、視界を奪われれば、人は容易くパニックに陥る。
帝国兵の絶叫が、戦場にこだました。
「マ、マジか……一家全員が紋章師って……あり得るのか?」
「しかも帝国兵が、悶絶しながら叫んでるぞ……」
「メ、メナトって、俺と同い年のはずなんだけど……」
さらに、カイサが続けて叫ぶ。
「なっ!? とんでもねぇだろ!? だがメナトのエグさはあんなもんじゃねぇ! お前ら、覚悟しろよ!? 本当の地獄はここからだ!」
出鼻を挫かれた形となった帝国。
このまま前進をやめると思いきや――
「進め! こっちにはアレがある!」
「アレが目覚めれば我らが勝利!」
「帝国が負けるわけはない!」
帝国兵たちは、まるで暗示にでもかかったかのように、恐怖を押し殺して猛進してくる。
「応戦だ! 魔法を撃て! ありったけの矢を放て!」
ウルバンが叫ぶと、魔法と矢が雨あられのように帝国兵へと襲う。
こうして帝国との第二ラウンドの火蓋が切られたのだった。




