第38話 拷問より恐ろしいもの
「おい、聞いたか? 街の中でも祟りに遭うって……」
「薬師ギルドが襲われたらしいぞ。それも、別の傭兵団の三人がやったって」
「聞いた聞いた。俺、明日から外出禁止だってさ」
「お前もか? 俺も父ちゃんに外へ出るなって言われた」
「帝国兵を生き埋めにした奴に、ちゃんと責任取らせろよ」
今日も空き地では、そんな物騒な話ばかりが飛び交っていた。
戦場から離れたはずの街にまで、不穏が染み出してきている
。
「お兄ちゃん……怖くない?」
ステラが、俺の服の裾をそっと掴む。
「ああ……そうだな。イヴァンとエヴァンの姿もないから、今日は帰ろう」
丘で会ったあの日以来、双子とは一度も顔を合わせていない。
もっとも、俺にとっては、もう十分だった。
あの日、彼らから聞くべきことは、すべて聞いてしまったから。
イヴァンとエヴァンが、あの戦いの最中に丘の近くにいた理由。
それは、彼らの両親が傭兵だったからだ。
しかも、うちと同じで両親ともに傭兵業を営んでいる。
だが、魔力に恵まれているわけでも、特別な技を持っているわけでもない。
だから二人の役目は、いつも同じ。
戦列の最前列に立ち、大盾を構え、敵の攻撃を受け止める――壁役。
華はない。
だが、誰かがやらなければならない役目だ。
そのせいで、両親の体には生傷が絶えない。
出撃のたび、双子は必死に引き留めるのだという。
――行かないで、と。
だが、傭兵稼業は生きるための仕事だ。
引き留めたところで、別の仕事があるわけではない。
そして、先日の帝国兵との戦いで、両親は再び深手を負った。
今も布団に伏し、起き上がることすらままならないらしい。
だから、少しでも早く治るように。
イヴァンとエヴァンは、あの丘で薬草を採っていたのだという。
その話を聞いたステラは、ホークとアイシャに事情を説明し、あの丘から一緒に帰る際、双子に回復薬を手渡した。
回復薬といっても、魔力回復薬のように即座に効果が出るものではない。あくまで傷の治りを促進するだけの薬だ。
それでも、回復魔法の存在しないこの世界において、回復薬は非常に希少で高価なものだ。
最初、双子は受け取るのを頑なに拒んでいたが、ホークとアイシャが説得し、最終的には何度も頭を下げて家へと帰っていった。
家に戻ってから、空き地で耳にした話をホークに伝えると、父はすでに同じ情報を掴んでいた。
「ああ、ウルバン様から聞いている。どうやら住民の怒りの矛先が、ヘルマー伯爵や騎士団に向き始めているらしい」
「え? どうして?」
「領主や騎士団が動かないのは無能だ、という内容の羊皮紙が、密かに出回っているそうだ。そのせいで、騎士団は街中の警備をさらに強化することになった」
そう言って、ホークは少し言葉を切る。
「その件で、午後からお父さんは伯爵に呼ばれている。ついでに、メナトも来い」
「また? 午前中も行っていたのに? それに僕も?」
「ああ。伯爵はどうやらメナトのことを気に入っているようでな。何度もメナトのことを話題に出すんだよ。それに、メナトにしかできないことがある」
俺にしかできないこと?
すると、同席していたヨーダも頷く。
「……そうだな。メナトであれば、もしかしたら、という可能性もあるな」
「どういうこと?」
「行ってからのお楽しみだ。お前の得意分野だから頑張って来い」
俺の得意分野ってなんだろうか?
……もっと酒を作れとかかな?
理由は分からないが、伯爵から目をかけられているのは悪い話ではない。
そう自分に言い聞かせ、俺はホークと並んでヘルマー伯爵の屋敷へ向かった。
「おい、手土産はどうした? 酒は? あれがなければどうも調子が出ん」
執務室に足を踏み入れるなり、挨拶代わりに飛んできた一言に、ホークが苦笑する。
その反応に満足したのか、伯爵は喉を鳴らしてから本題に入った。
「さて、午前中に話していた件だがな、ホークの言う通りだ。異常な行動を起こしている者たちは、皆、魔力を持たぬ者だった」
「やはり、丘の上でパルブが言っていたことは正しかったですか」
「だな。あやつは知っていた。魔力のない者、紋章を持たぬ者は本人の意思に関係なく行動してしまうと……」
「で? パルブは相変わらずですか?」
「うむ。意識は取り戻しているが、何ひとつ喋らん。どんな拷問をしてもだ。そのくせ、出された飯はきっちり食う。一度は死んだ身――毒で殺されようと構わぬ、そんな覚悟だけは感じ取れるな」
……パルブは、もう目を覚ましているのか。
「で? ホークに策があると聞いたが?」
「ええ。拷問……ではありませんが、一つ、試してみたいことがありまして」
もしかして、俺が呼ばれた理由って……?
「ほう? どういうものだ。言ってみろ」
「はい。論より証拠です。今すぐ、地下牢へ向かいましょう」」
その言葉に、伯爵は口の端をつり上げ、俺をじっと見る。
「……なるほど。どうやら今日も面白いものを見せてくれるというわけか」
連れてこられたのは、騎士団の地下牢獄だった。
どう考えても、子供が入るような場所ではない。
ホークは、本当に俺のことを子供だと認識してくれているのだろうか。
そんな不安を覚えつつ、収監された犯罪者たちの檻の脇を通り抜けていく。
その中には、以前空き地で見かけた、同じ傭兵団の仲間を殺したとされる男の姿もあった。
やがて、地下牢の最深部――その最奥に投獄されているパルブのもとへと辿り着く。
両手は鎖で繋がれ、身動きは取れない。
全身には無数の痣があり、指先を見ると爪まで剥がされている。
……それでも、まだ口を割らないのか。
少し遅れて、ヘルマー伯爵の嫡子であるウルバンも姿を現した。
「父上、面白いものを見せるとは、一体……?」
「うむ。見せるのは、私ではない」
伯爵はそう言ってから、俺へと視線を向ける。
「メナト……でよいのだな? ホーク」
問いかけに、ホークは穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「はい。口を割るかどうかは分かりませぬが……一つ、試したいことがありまして。メナト、早速頼む」
もう、何を求められているのかは察しがついた。
「うん……でも、僕の魔法じゃ、どうにもならないと思うけど……」
そう言いながら、俺は詠唱を紡ぐ。
『流れし血は悔恨となり、魂は鉄へと変ず。我に刻まれし咎人の剣よ、今ここに顕現せよ――【咎ノ剣】!』
顕現した深紅の剣から、血の雫がぽたり、ぽたりと床に滴り落ちた。
「パルブさん? 僕はあなたを傷つけませんから、安心してください。ただ、この剣を頬に触れるだけですから……」
できるだけ怖がらせないよう、ゆっくりと【咎ノ剣】を近づける。
そして、その切っ先がパルブの頬に触れた瞬間――
彼の身体が、突然ガタガタと激しく震え始めた。
「わ、分かった! すべて話す! すべて話すから――ッ! 痛いッ! 死ぬ! 死んでる! もう死んでるからやめてくれぇぇぇえええ――ッ!!!!!」
耳をつんざくような絶叫の直後、
橙色だった髪は一瞬で真っ白に変わり、そのままパルブは失神した。
「あれ? 思ったより簡単に口を割ったね?」
その一言に、伯爵、ウルバン、ホーク、警備をしていた騎士団員――
全員が、言葉を失ったまま、俺を冷ややかな目で見つめていた。




