第37話 予兆
今日もステラと一緒に空き地へ向かう。
目的はもちろん、イヴァンとエヴァン――あの双子と遊ぶためだ。
だが、ここ数日、空き地に来ても二人の姿はない。
今日こそは、と思って来たのだが……やはり見当たらなかった。
にしても、ステラはどうしてもあの二人と遊びたいらしい。
もしかして、どちらかのことが好きなのかもしれない。
まさか両方なんてことはないよな?
そんなことを思いながら、ステラと二人、空き地で時間を潰すことに。
後から双子が来るかもしれないしな。
周囲を見渡せば、空き地の中央では子供たちが輪になって大声で話し込んでいる。
俺とステラは少し離れた場所から、その話を盗み聞いた。
「なぁ、聞いたか? ユージオのところの傭兵団、偵察任務中に突然団員が暴れ出したってさ」
「ああ、昨日父ちゃんが言ってた。最近、そういうの多くないか?」
「昨日で三日連続だってよ……生き埋めにした丘の近くだろ? 母ちゃんが祟りだってうるさくてさ……」
「誰の父ちゃんだっけ? 生き埋めにしたの。責任もって収拾してほしいよな」
子供たちの噂話だ。
全部を真に受けるつもりはないが、それでも妙に引っかかる。
他の傭兵団の動向なんて、俺たちの耳にはほとんど入ってこない。
それだけに、この話題はやけに生々しかった。
と、そのときだ。
街の外から、傭兵たちの一団が中へ入ってくるのが見えた。
人数は多くないが、様子がおかしい。
誰もが険しい表情で、周囲を警戒するように歩いている。
「本当だ! 信じてくれ!」
突然、悲鳴にも似た声が響く。
「ふざけるな! お前がイシュアンを殺したんだろうが!」
「違う! 俺じゃない! 体が……体が勝手に動いたんだ! 自分でも止められなかったんだよ!」
声の中心には、一人の男。
両腕を後ろに縛られ、無理やり引き立てられている。
顔は青白く、目は落ち着きを失い、恐怖に見開かれていた。
周囲の傭兵たちは、その男を見る目に一切の情を宿していない。
どうやら、連行されている男も、同じ傭兵団の一員だったらしい。
話を聞く限りでは、傭兵団の一人が仲間を殺してしまった、ということらしい。
子供たちの噂話が事実だとすれば今日で四日連続。
明日は、俺たちが偵察に向かう日だ。
この情報は、ホークたちにも共有しておいた方がいいだろう。
「お父さん? この前戦った丘の上に行くと祟られるって話、知ってる?」
その夜、空き地で子供たちがしていた話を、ホークに振ってみた。
「いや、そんな話は初めて聞いたな。なんだ、それは?」
「うん。今日ステラと一緒に空き地で遊んでたんだけどね……」
子供たちの噂話。
それに加えて、実際に俺が目にした、縛られて連行される傭兵団員の件を説明する。
すると、話を聞いていたアイシャが、少し不安そうに口を挟んだ。
「た、祟り? 怖いわね……明日の偵察任務、何事もなければいいけど……」
「そうだな、十分用心して行こう」
「うん、でさ? パルブってどうなったの?」
丘の上で帝国軍を率いていた、【小火の紋章】の紋章師パルブ。
ヴェノムモリスの毒に侵されていながらも、帝国の内情を知る重要人物と判断され、彼はラージャンへ連行されていた。
もちろん、それにはホークの助言があった。
ヴェノムモリスの毒なら、治療は可能だと。
「ああ。今は騎士団の地下牢獄だ。エーテルの花と、茎漬けの毎日を過ごしている」
「まだ熱は下がらないの?」
「オーベとフェイも回復に一週間はかかったからな。あと数日はかかるだろうな」
「じゃあ、最後に言ったマヌスって言うのも分からないまま?」
「そうだな。意識が朦朧としていただけというのもあるが、気になる言葉だ」
結局のところ、本人の意識が戻らなければ、何も分からない。
不安材料だけが、静かに積み重なっていく。
「じゃあ、僕はもう寝るね? ステラは?」
「うん! 私もお兄ちゃんと寝るよ! 祟りとか怖いし。おやすみなさい!」
いつものようにステラと二人、布団に潜るのであった。
翌日――
数日前に戦った、あの丘を目指して歩いていく。
いつもはステラを護るように歩くのだが、今日はアイシャもお姫様枠。
どうやら母も、祟りだとか、お化けだとかはあまり得意ではないらしい。
俺はステラの手を引き、アイシャはホークと腕を組む。
ヨーダが先頭を歩き、当然のように上空ではウィンが監視の目を光らせていた。
歩くこと三時間弱。
ようやく、あの丘が見えてくる。
丘の頂上付近に見えるのは、以前はなかったはずの紫黒色の草。
ヴェノムモリスだ。
戦闘直後には、確かに咲いていなかった。
つまり、この数日の間に生えたということになる。
魔力を苗床にして咲くとは聞いていたが……ここまで成長が早いとは。
俺がそれを引っこ抜いていると、アイシャが自分の身体を抱くようにして、強張った声で呟いた。
「ね、ねぇ……なんか、こう……身体が重くなった気がしない?」
祟りが怖い、というだけではなさそうだ。
実のところ、俺も少し前から違和感を覚えていた。
体が重い。まるで、見えない重石を乗せられているような感覚。
それは、俺だけではなかった。
「……確かに。なんだろうな、この感覚は……」
ホークも眉をひそめる。
「……まさか、本当に祟りが存在するとはな」
低くそう言ったのは、ヨーダだった。
「ちょ、ちょっと! そんなこと言われたら、私まで重く感じてきちゃうじゃん!」
ステラは、まだ何も感じていないらしい。
だが、怖さを誤魔化すように、やけに大きな声を出している。
と、そのときだった。
ウィンからの情報を受けたホークが、思わず声を荒げる。
「なに――ッ!? 近くに子供たちがいるだと!?」
こんなところに!?
帝国が再侵攻してくる可能性も否定できない場所だ。
「よし、全員で行くぞ。ウィンは丘周辺を探ってもらう」
ウィンが反応を示した場所へと急ぐ。
そこは山の裾野――ちょうど、あの丘がよく見える位置だった。
……本当に、帝国との国境線すれすれだ。
そこにいたのは――
イヴァンとエヴァン、そして以前と同じ人形を抱えたペッパだった。
「ど、どうして三人がここにいるのさ?」
思わず声が出る。
すると、双子も驚いた声を出す。
「め、メナト。それにステラも……!?」
「どうしてって、ここにサンセーラがあるってペッパが教えてくれて」
ペッパも、少し言い訳するように口を挟む。
「薬師ギルドで買うと高いだろう? だから、ここで採取してたんだ」
言っていること自体は、間違っていない。
だが、場所が悪すぎる。
今度はアイシャがその場にしゃがみ込み、子供たちと目線を合わせて、優しく微笑みながら諭す。
「ここはね、帝国からの間者やスパイがよく通る所だから、危ないの。もう来ちゃダメよ?」
その言葉と、真剣な眼差しに、双子は頬をうっすら染め、そっと視線を逸らす。
「わ、分かりました……」
「ごめんなさい……」
ペッパも、慌てて頭を下げた。
「僕も……ごめんなさい。まさか、そんな場所だとは思わなくて……」
「うん、大丈夫。今日は、私たちと一緒に帰りましょう。それまでは、薬草採取をしてていいから」
そして、俺とステラを見る。
「こう見えても、この二人は薬草採取の名人なの。メナト、ステラ。二人を手伝ってあげて?」
思わぬ形で双子と遊べることになったステラは大喜び。
「うん! 私がこの辺のサンセーラをすべて採りつくしちゃんだからね!」
目が見えるようになっても、ステラの嗅覚は鋭いまま。
こうして、俺たちは三人と共に、楽しく薬草採取に精を出す。
――そのときは、まだ誰も気づいていなかった。
さっきまで感じていた体の重さが、
いつの間にか、嘘のように消えていたことに。




