第36話 伯爵家の事情
「メナト、次は母さんの【氷槍】だ。父さんと同じように体は狙わない。安心して斬ってみろ」
ホークが、俺の握る【咎ノ剣】を見ながら言う。
「うん、任せてよ!」
剣を構えた瞬間、アイシャが一歩引き、俺から少し外れた地点に魔法を放つ。
『【氷槍】!』
鋭い氷の槍が空を裂く。
俺はその軌道を正面からとらえ一閃。
深紅の刃が氷の槍を斬った瞬間、氷槍はまるで存在そのものを否定されたように霧散した。
「……なんという……凄いな、その【咎ノ剣】は。普通、魔法を斬ること自体はできても、完全に霧散させるなんてまずあり得ん。斬っても残滓が飛び散るのが常だ。だが、今のは跡形もなかった……」
ホークでさえ感心するほどの反応。
昨日の戦いで帝国魔法師の魔法を斬ったのが偶然じゃないか、
それを確かめるための訓練だったのだが、どうやら結果は明白らしい。
「そうね。しかも右手に剣を握ったまま、左手に魔力を回して【魔纏】を展開できる。同時にやられたら……そう簡単にメナトの防御は崩せないわね」
「うん! お兄ちゃんは天才だもん! だって私のお兄ちゃんだもん!」
みんなからべた褒めである。
「にしても、昨日の最後の魔法師は何だったんだろう? 首を刎ねても襲い掛かってきて……」
「うむ……その件は後日、ヘルマー伯爵が改めて招集すると言っていた。何かわかれば知らせてくれるだろう」
「……うん。あともう一つ訊いていい? ヘルマー伯爵って、どこか身体の具合が悪かったりするの?」
「どうしてそう思う?」
「伯爵がエーテルポーションを一気に飲んだとき、ウルバン様がお体に障りますって……必死な雰囲気に何かあるなって感じがしたんだ」
「……そうか。実は、ヘルマー伯爵はもう長くはない。医師の話では……もって数カ月だと」
「……えっ?」
あれほど豪胆で、誰よりも前に立って戦う伯爵が余命、数カ月?
「信じられない……あんなに元気そうなのに」
「無理をしているのだ。いや……無理をしてでも立たねばならぬ立場と言った方が正しい。伯爵は、国境を守る盾として、倒れるわけにはいかんのだろう。だから昨日、圧倒的な力の差を見せつけたいと仰ったんだ。自分の体のことは顧みず、残りの命を惜しまぬつもりで」
ホークの声には、尊敬と哀しみが滲んでいた。
「伯爵が仰っていたぞ? 父さんが羨ましい、とな」
「どうして?」
「メナトがいるからだよ……ヘルマー伯爵はな、これまで何人もの女性との間に子をもうけ、どうにか紋章師を後継者にと望んでいたらしい。だが結局、一人として紋章を授からなかった。その結果、今のウルバン様がようやく後継者に決まったのだが……そこに至るまでが大変だったようだ」
大貴族の伯爵家の跡取りともなれば、それは争いも起こるだろう。
候補が何十人もいれば、それだけ派閥もできるし腹の探り合いもある。
それにみんな腹違いともなれば、派閥などもできて……。
国境を護るヘルマー伯爵家の当主ともなれば、当然力を求められる。
力を持つ紋章師が生まれれば、すぐに決まりもするだろうが、紋章師が生まれなければ……。
あー、怖い怖い。
俺もアイシャのような素敵な女性を見つけて穏やかに暮らしたい。
そのためにも今を頑張らなきゃな。
と、ここでもう一つ気になることを訊ねる。
「でさ……? さっきからどうしてステラが素振りをしているのさ。それも左手で」
俺が【咎ノ剣】の検証をしているときからずっと、ステラはヨーダに小太刀ほどの木剣で素振りを指導されていた。
しかも利き手ではない左手で構えて。
「うん! 私もお兄ちゃんみたいになれるように、頑張るんだ! だからこれからヨーダに剣を教えてもらうの!」
「……左手で構えているのは紋章を授かったときのため。ステラは紋章を授かるだろうからな。右手に紋章を宿したなら、魔法は右手を使う。ならば剣を持つのは左だ。メナトの【咎ノ剣】が特別であって、紋章師が剣を構えるのであれば左手と決まっている……と、言っても、そもそも紋章師が剣を持つこと自体、珍しいのだがな」
……なるほど、理屈はわかる。
けど、ステラはもう十分頑張っている。
これ以上努力を重ねられると、兄としての威厳が……。
複雑な気持ちで、汗を飛ばしながら素振りを続ける妹の姿を見つめるのであった。
午後――
「ねぇ、今日も遊びに行こうよ!」
「うん、いいよ。お父さん、お母さん。また空き地に遊びに行ってきていい?」
昨日の戦いのあとで街の外に出るのはさすがに気が引ける。
だから、行き先はしっかり伝える。
「そうね。空き地だったらいいわよ? でも違うところには行かないでね?」
アイシャが念を押してくる。
まぁ何かあれば、ウィンが俺たちを見つけてくれるんだけどね。
空き地に行くと、子供たちは昨日の戦いの話題で大盛り上がりだった。
「見たか!? うちの父さんが帝国の魔法師をやっつけたんだぜ!」
「いや、うちの父ちゃんなんて板金鎧の兵士を魔法で串刺しにしたんだぞ!」
「いやいやいや、一番の手柄はうちのお父さんだよ! 帝国兵を地中に生き埋めにしたんだからな! あんな悪魔みたいなことを考えつくのはうちのお父さんしかいないよ!」
「あー、あれは確かにヤバいな」
「あんなこと考えられるの人間じゃないよ」
「お前の父ちゃん怖くてもう近寄れないわ」
……しっかりと子供たちにまでディスられている。
俺の代わりに子供たちの標的になってくれたお父さんA、まじでありがとう。
まぁ子供たちには、俺たちが戦闘に参加していたのは分からないだろう。
ずっと先頭にいたし、丘の下からでは大人たちが壁になっていたおかげで見えなかったはずだし。
そんな話を聞き流し、今日もステラは俺の手を引き、隅にいる双子のもとへ走る。
と、そこには見たことがない子供が一人、双子と一緒に話していた。
手には可愛らしい男の子の人形を持っている。
かなり大人な雰囲気を醸し出しているが、年齢は双子くらいか?
「おはよう、イヴァン、エヴァン!」
「「おはよー、ステラ、それにメナト」
相変わらずのシンクロっぷり。
「うん、おはよう。そっちの子は?」
俺が、双子にもう一人の子の紹介を頼むと、彼は笑顔を見せて、自己紹介を始めた。
「初めまして、僕はペッパ。と言っても、僕は二人のことを前から知っていたけどね」
俺たちを?
「だって、前からこんなにお目々ぱっちりのかわいい女の子を連れて歩いているんだもん。みんな知っているよ」
「本当? 嬉しい! ね、お兄ちゃん!」
ステラが笑顔を咲かせる。
「うん、ありがとう。褒めてくれて」
無難に返す。
「ねぇ? 昨日遊べなくなっちゃったから今日こそはって思ったんだけど、どう?」
ステラが双子に聞くと、二人は申し訳なさそうな表情を見せる。
「ごめん、僕たちは薬を買ってきた帰りなんだ」
「少し寄っただけで、もう家に帰らないと」
そう言うと、布製の袋を見せる。
どうやら、薬師ギルドで買った薬がその中に入っているようだ。
「そうかぁ……じゃあしょうがないね。また今度遊ぼう!」
「うん、僕たちも二人と遊びたいし」
「また今度誘ってね」
そう言うと、二人は街の裾野へ向けて駆けていく。
その後を追うようにペッパも行ってしまった。
二人が昨日、戦場にいたのが少し気になっていたので、聞こうと思ったのだが……まぁいくらでも聞く機会はあるしな。
結局、俺たちは誰とも遊ばずに帰路に就いたのだった。
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