第34話 出陣
「お父さん? 騎士団って、これだけなの?」
帝国兵の討伐へ向かう道中、どうにも気になってホークに訊ねた。
同行している騎士団員は、ざっと見ても百人ほどしかいない。
「ああ。出立前に伯爵と少し話したのだが、今回はどうも様子がおかしい」
「様子がおかしいって?」
「数百程度の兵でラージャンを落とすのはまず不可能だ。ラージャンは天然の要塞のような場所だからな。だから伯爵は、帝国の狙いが別にあると踏んで、傭兵団含めて半分以上の戦力を街に残しているんだ」
なるほど、と納得がいく。
たしかにラージャンを正面から攻め落とすには兵力が足りない。
ただ、気になるのは、相手には紋章師がいるという点だ。
もしその紋章師が強力だったり、数が多かったりすれば状況は一変する。
まぁ、帝国軍の侵攻を聞いて、すでに多くの傭兵団が現地へ向かっている。
総戦力としては決して劣ってはいないはずだ。
歩くこと三時間。
ようやく、いつも偵察の際に俺たちが腰を下ろす丘が見える場所までたどり着いた。
だが、今日はまるで様子が違っていた。
丘の上には、帝国軍のものと思われる旗――黒地に、血のように赤い髑髏が描かれた不気味な旗がはためいている。
その丘の上から、押し寄せる傭兵団めがけて無数の魔法が降り注いでいた。
傭兵たちも、下から投石で応戦しようとするが、距離がありすぎて届くはずもない。こちら側の魔法師も明らかに数が足りず、帝国軍の陣形の一角を崩すことすらできていない。
それでも、なんとか近づこうと丘を登る者たちもいた。
中には、夫婦と思しき傭兵が傷を負いながらも大盾を構え、一歩一歩、必死に前へ進もうとする姿さえある。
また、傭兵の子供たちだろうか?
数十名に及ぶ子供たちが戦場の端で不安そうに丘を見つめていた。
その中にはあの双子、イヴァンとエヴァンの姿もある。
ってことは、彼らの親も参加しているということか。
戦場を見たヘルマー伯爵は、眉間に深い皺を刻み、不機嫌さを隠そうともせずに言い放つ。
「ふん……ここはもう帝国領だとでも言いたいのだろうな」
構わず、ホークがウィンからの情報をもとに、現在の状況を伯爵へ報告する。
「帝国の魔法師はおよそ五十名。その後方に帝国兵が三百。さらに、その中央、旗の下に紋章師と思われる者が一人、陣取っています」
「さすがホークだ……どの戦場にも、お前のような者がいれば心強い。帝国兵は三百以上か。こちらは傭兵含めて二百ほど……どう見る?」
伯爵は従者や騎士たちには視線を向けず、あくまでホーク一人に意見を求める。
それに不満を覚えたのか、三十前後くらいの男が口を挟んだ。
「父上、なぜ傭兵にばかり意見を求めるのです?」
どうやら、ヘルマー伯爵の息子らしい。
「ウルバンよ、ホークは……」
伯爵は言いかけて、周囲を一瞥しながらウルバンを手招きし、馬を降りる。
そして誰にも聞かれぬように、息子の耳元へそっと囁いた。
ホークの出自を公にしないための配慮だ。
短い説明を受けたウルバンは、一瞬目を大きく見開き、驚愕の表情を浮かべる。
そして、ホークに向き直ると、深々と頭を下げた。
「まさか……あなたが。先ほどは無礼をいたしました」
その変わりように、従者たちも息を呑む。
亡国とはいえ、魔法大国オーロラの宮廷魔法師長官の嫡男。
その肩書の重さは、やはり伊達ではなかった。
「いえ、こちらこそ。後で改めてご挨拶をさせてください。ですが、今はこのまま続けさせていただきます」
ホークも丁寧に頭を下げ、伯爵へ向き直ると助言を続けた。
「数では劣勢ですが、こちらにはまだ後続が控えています。時間をかければ、戦力差はこちらに傾くでしょう。それに、帝国側の増援は今のところ確認できません。伏兵らしき影もなし……無理に攻める必要はありません。戦いが長引けば長引くほど、こちらが有利になるかと」
そう言うと、ホークは手袋を外し、呪文を紡ぐ。
「【鷹の目】!!!」
ウィンと視界を共有し、遠くの紋章師を細部まで確認する。
「相手の紋章師が宿しているのは……【小火の紋章】のようです」
「【小火の紋章】……ジハルドのパルブ名誉男爵か」
エルの記憶を辿れば、ジハルドというのはかつてオーロラ王国の都市。
そこの紋章師――パルブが出張ってきているということか。
「して、いかがなさいますか?」
ホークが問うと、ヘルマー伯爵は不敵に笑った。
「当然、突撃する」
……え?
ホークの助言、聞いてなかったのか?
俺の顔に出たらしく、伯爵は楽しげに見下ろしてくる。
「なんだ? 儂はおかしなことでも言ったか?」
「あ、いえ……滅相もございません」
「よろしい。ではホークよ、負担をかけるが頼む。圧倒的な力の差というものを、見せつけてやりたい」
「はっ……仰せのままに」
ホークが頷くと、ヘルマー伯爵は大きく息を吸い込み、腹の底から響く声で号令を放った。
「ヘロス王国の同志たちよ! これより、愚かな帝国兵に天誅を下す! 皆の者、我が後に続け!」
宣言と同時に、伯爵は隊の先頭へ。
ホークがその隣に並び、俺たちはその後ろへついた。
その背後に騎士団と傭兵たちが続き、陣形は鋒矢の陣のように、矢の先端のような「∧」字型になり、丘へと突き進む。
当然、帝国兵が黙って見ているはずもない。
「先頭にヘルマー伯爵だ! 討ち取れ!」
丘の上から無数の魔法が、雨のように降りそそぐ。
だが、伯爵はまるで散歩中のように悠然と右手を掲げ、詠唱した。
『【護界ノ盾】!!』
半透明の巨大な盾が、半球状に展開する。
ざっと五メートル四方。俺たち先頭の一団を丸ごと包み込むほどの広さだ。
着弾した魔法が盾の表面で弾け、光の粒となって霧散する。
しかし、帝国兵も伯爵のことは知っているらしく、
「ヘルマー伯爵は魔力が衰えている! もう一度唱えさせれば、三度目はない!」
と、さらに魔法の雨を強めてくる。
やがて盾が限界に達し、光が砕け散るように消滅した。
すると伯爵は嬉しそうに再び右手を掲げ、同じ魔法を展開する。
帝国兵たちは知らない。
「よし、押せ押せ! 我々はまだ魔力が尽きんことを証明してみせろ!」
さらに勢いを増して降り注ぐ帝国の魔法。
そのときだった。
ヘルマー伯爵が、腰に提げた瓢箪瓶の栓を抜き、豪快に喉を鳴らした。
……まさか、その中身は。
「やっぱり、この酒は最高だな!」
そう、エーテルポーションである。
「父上、あまり飲みすぎるとお体に障ります」
背後にいたウルバンが慌てて止めるが、
「なに、民を――国を守るためだ!」
と、もっともらしい口実と共にさらに一口。
……突撃理由が酒じゃないよな? 本当に違うよな?
二度目の【護界ノ盾】が砕け散ると、伯爵は間髪入れず、三度同じ魔法を展開した。
『【護界ノ盾】!!』
「な、なんだとッ――!」
帝国兵たちが、一斉に動揺の声を上げる。
それを見て満足げに笑みを浮かべた伯爵が、今度は俺たちへと声をかけた。
「では、ホークたちにも活躍してもらうか」
「承知しました」
ホークが頷く。
すると父は、後ろでステラと手を繋いでいた俺の手を取り、伯爵とホークの間に立たせた。
「メナト、見せてやれ」
どうやら俺の魔法を伯爵に披露したいらしい。
「うん、分かった」
手袋を外し、詠唱を始める俺を、ヘルマー伯爵は興味深そうに注視している。
【追憶の紋章】が、底なしの闇を思わせる色で妖しく輝き――
『我に埋みし黒き涙よ、光を飲みこむ槍となりて、敵を穿て――【盲魔ノ毒槍】!』
子供の魔法と侮ったのか、帝国魔法師が【魔纏】で相殺しようとした瞬間、
漆黒の槍はそのまま魔法師の手を貫いた。
「ぐぁっ――ッ!? な、目が……目が見えないッ!?」
手と目を押さえ、地面に転げる帝国魔法師。
「……今の魔法は?」
伯爵が驚愕の声を漏らすと、ホークが簡潔に説明した。
「短時間ですが、敵を失明させる魔法です。威力も十分ですが……たとえ【魔纏】で相殺できたとしても、数秒は光を失う、極悪な魔法です」
……極悪扱いされている。
と苦笑していると、伯爵も唸る。
「相殺しても……か、とんでもない魔法だな」
「はい。でも、まだあれはかわいい方で、もっとえぐい魔法が――」
そこまで言った瞬間、伯爵だけでなくウルバンたちが、
「この子、本当に大丈夫か……?」
という冷たい目を一斉に向けてくるのだった――




